わたしはオマケの佐藤です

タイラ

第1話 はじめての召喚



「今日の日直って誰だっけ?」


 帰りの挨拶も終わってざわざわしだした教室で、担任の金田先生は思い出したようにそう言った。よく通るいい声なので聞こえないふりもできない。


「はい」


 と手を上げると、ひとつ飛ばして左斜め前の席の小鳥遊くんも無言で手を上げている。


「佐藤と小鳥遊か……悪いけど日誌書いたら二人とも職員室に来てくれ」

「ええ?」

「……」

「運びたいものがあるんだけど、一人じゃ難しいんだ。よろしくな」


 にこっといい笑顔で言われては文句も言えない。小鳥遊くんは、といえばそもそも文句を言うつもりもなさそうだ。仕方ないなあ。


「わかりました」

「頼んだぞ」


 ひらりと手を振って出ていく先生を見送って、私は机から学級日誌を取り出した。

 高校生にもなって学級日誌ってどう? と思わなくもないのだけれど、一学期の間だけ生徒同士がお互いに慣れるよう、いい感じの雰囲気を作れるように、日誌は自由に、でも真剣に書くこと――というのが担任の方針なのである。

 実際、それぞれ思い思いに書いた日誌はほぼ交換日記、面白い読みものになっていて、意外に好評だ。

 ま、それはそれで自分の番になると傷跡残さなきゃって、ちょっとプレッシャーだけどね。


 そんなわけでみんなが部活の支度や帰り支度をはじめるのを尻目に、私は小鳥遊くんの席へ日誌をもって向かった。


「小鳥遊くん、日誌だけど」

「ん、ああ」

「先に書く? あとに書く? それとも小鳥遊くんが考えて私が書こうか?」

「お前が考えてお前が書くという選択肢はないのかよ」

「ないですね」


 小鳥遊くんはしゃーねえなあと呟きながら差し出した日誌を受け取った。


 小鳥遊大河。

 2年から編入してきた生徒で、進級当初はかなり話題になった男子だ。正直、見た目はちょっとおっかない。噂によるとお母さんが外国の方らしく、髪の色は金茶色、背が高くて、すこし日本人離れした顔立ちをしていて、目つきが悪い。


「何書くかな」


 わりと素直に日誌を開いて、小鳥遊君はシャーペンをカチカチと鳴らした。

 私は前の席の椅子を拝借して、小鳥遊君の机に向かう。


「前回と一緒で良いんじゃない?」

「猫の話はもういいだろ」


 そう、この男は前回の学級日誌に飼い猫の紹介を書いたのだ。それもかなりの親馬鹿日記だったので、うちのクラスで小鳥遊くんを怖がる生徒はいなくなった。それはそれとして、さほど愛想が良いわけではないんだけどね。ま、猫好きに悪い人はいないでしょ、という結論に至ってからはわりと普通のクラスメイトである。


「……ちょい考えるから先に書け」

「いいよ」


 そんなに書くスペースがあるわけじゃないから、困ってるなら私が埋めてもいいかと仏心を出したその時だ。


「うわ」

「え?」


 突然小鳥遊くんの体がキラキラと光り出した。席は窓際だけど、もう夕方だしそもそも曇っている。えっ、光源がないんだけど、なにこれぇ!


「やばい、離れろ」

「ええ、どうしたの、それ」


 びっくりして思わず手を伸ばした瞬間、完全に小鳥遊くんが光りはじめた。その光の粒が、私にもまとわりついてくる。なるほど、光源は小鳥遊くん自身? っていうかこれおかしくない? やばくない?


「馬鹿、さっさと離れないから……」


 と、聞こえたときには、まぶしくて目を開けていられなくなった。目を瞑ってしまったから見えないけど、たぶん小鳥遊くんの手が私の手首をぐいと掴む。


「ひゃっ、なに!?」


 反射的に腕を引っ込めようとすると、すぐ近くで低い声。


「大人しくしてろ、はぐれたら迷子になるぞ」

「迷子?」


 何を言っているんだ。いやいやそれ以前になんで小鳥遊くんは光っていたんだ。あのキラキラは何、二次元のアイドルか?

 ふわっと謎の浮遊感があって、さらにぐいと引き寄せられる。なにが起こっているのかわからないけど、目を瞑っていても強烈な光を感じた。今開いたら網膜が焼けてしまいそうだ。


「危ないから暴れるなよ」


 危ないの?

 でも、何が?

 尋常じゃないのは確かなので、私は言われたとおりに大人しくした。

 まぶしい光の気配も浮遊感も、ほんの数秒のことだったと思う。


 不意に重力を感じてしゃがみ込む。


「おい、もういいぞ」


 そう言われて目を開けた。無意識のうちに近くのものにしがみついていたらしい。しがみつかれているのは当然小鳥遊くんで、彼も地面に片膝をつけて私を覗き込んでいた。


「大丈夫か?」

「大丈夫……、かも、」


 身体はどこも痛くない。そういう意味では大丈夫だ。

 だけど顔を上げて、何も言えなくなる。


「タイガ様!」


 えー?

 まず視界に飛び込んできたのは金髪の美少女だった。

 繰り返して言おう、金髪の超絶美少女だ。


「エリシャお前な……、気軽に呼ぶなっていつも言ってるだろ」

「申し訳ありません。でも、わりと危機的状況です!」

「戦況は?」

「良かったら召喚なんてしません」

「ま、そりゃそうだ」


 エリシャの後ろに控えていた鎧姿の男の人が、大きな剣を小鳥遊くんへうやうやしく差し出した。

 

 鎧姿?

 大きな剣。

 なんで?


 おそるおそる顔を上げると、そこは戦場だった。







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