第4話 はじめてのお宅訪問



「まあ、いらっしゃい!」


 ドアが開いて現れたのは、お姫様だった。

 えっと、お姫様?

 お母様のはずでは?


 清楚な紺色のワンピース、髪は亜麻色で瞳は灰色。外国の方だと聞いていたから、別に不思議ではない。とても若々しいけれど、年相応の装いで落ち着いている。それなのに、全体を見るとどうしても“お姫様”なのだ。


 一目で緊張した。


「あ、あの、いつも小鳥遊くんにはお世話になっています!」

「ええ、佐藤さんね、佐藤ハルカさん。お会いできてよかったわ。私、大河の母のレイナです」


 小鳥遊くんてば、このお母様に『異世界に行きました』、なーんて話をしてるの?

 ちらっと横を見ると絵に描いたような仏頂面だ。


「来ていただいてありがとう。私の日本語、おかしかったらごめんなさいね、どうぞ」

「とんでもない。あの、お邪魔します」


 お母様の先導で、私はリビングに通された。

 ふっかふかのソファ、高価そうなローテーブル、壁掛けのでっかいテレビ。これはもしかしてお金持ちなのではないだろうか。おしゃれなカップに注がれた紅茶、お茶請けのクッキーはまさかの手作りかもしれない。優雅過ぎん?


「本当に、わざわざごめんなさい。でも、少し面倒なことになるかもしれないし、直接話したほうがはやいと思ったの」

「面倒な、こと?」

「そうよ。ハルカさん、大河と一緒に異世界に召喚されたのでしょう?」

「えっ」


 やっぱり小鳥遊くん、お母様に全部話してるんだ。

 てことは、私はどう応えるべきなんだ? 

 小鳥遊くんがお母様に話している以上、誠に遺憾ながらあれは現実なのだろう。でもさ、普通の母親が息子からそんな話を聞いたら正気を疑うんじゃない?


「えっと、」


 どう応えようか言いよどむと、横に座った小鳥遊くんがとても面倒そうに口を挟む。


「いきなり言っても、こいつはまだ半信半疑だ」


 いやっ、やっぱ筒抜けじゃん! 心を読まれている! 防御しなきゃ! 歌!

 とりあえず心の中でなるべくうるさく校歌を歌い始める。


「あら、そうよね。佐藤さん……落ち着いてきいてほしいのだけど」

「はい」

「実は私、異世界の人間だったの」

「はい……は?」


 何を言い出すんだこの人は。


「話せば長くなるのだけど」

「簡単にまとめろ」

「まあ、大河ったら意地悪ね」


 ぷっと膨れるお母様、マジで可憐なんだけど?

 思わず見とれていると、それに気づいたのかにっこり笑ってくれた。


「私の元の名は、レイナ・ミステア。ミステア王国の巫女であり、王女でした」


 おうじょ。

 王女?

 うわー、やっぱお姫様じゃん!!


 お姫様なお母様は、胸に手を当ててすらすらと言葉を紡ぐ。


「その昔、私の国が危機に陥ったとき、召喚した勇者様が救ってくれたのです。私は勇者様が大好きになってしまって、わがままを通して勇者様についてこちらの世界に来たのだわ」

「もしかして、小鳥遊くんのお父さんがその『勇者』だった、ってことですか?」

「ええ、その通り」


 古式ゆかしい異世界転移ものだ!!

 小鳥遊くんのお父さんは勇者として召喚され異世界のお姫様と恋に落ちて、お持ち帰りしちゃったってことだよね。そういうエンドの漫画やゲームって時々あるけれど、前々から疑問に思ってたんだー。

 現代日本じゃ戸籍とかが無いと絶対生きにくいでしょ?


「ここだけの話だけど、ニホンには異世界人が割といるのよ」

「え」

「そもそも異世界転移や異世界転生が起こりやすい地域ではあるみたいなのだけど……」

「母さん、話がズレてる」

「あら、ごめんなさい」


 異世界転移や異世界転生が多いって、もしかして漫画やゲームや小説で、そういう話が多いから? いや、逆か? 現象として異世界転移や転生が多いから、そういう物語が流行したとか?


「私は今、そういう人たちを支援する仕事をしているの」


 お母様はさらりとそう言った。






 ここではない、どこかの世界。

 ロズワルドという大陸にミステアという国がありました。ある時、ミステア王国のすぐ近くに魔物が大量に押し寄せ、戦争になりました。圧倒的な魔物の力に困り果てたミステア軍は、王の妹の魔力に頼ることにしました。王の妹、レイナは光の巫女と呼ばれ、異世界から勇者を召喚する力を持っていたのです。


 呼び出された勇者の名はカズヤ。その圧倒的な力に魔物たちは屈服し、魔物の王は封印され、ミステアには平和が戻りました。そして巫女レイナと勇者カズヤは恋に落ち、ともに生きる決意をしたのです。こうして、巫女レイナは勇者カズヤとともに異世界へ旅立ったのでした。

 めでたしめでたし。



「で、大河くんが生まれたってワケですか」

「そうそう、その通りよ」

「おいやめろ」


 なるほどなー。

 異世界もので恋愛が入ってハッピーエンドを目指すなら、残留エンドかお持ち帰りエンドだもんね。


「ミステア王国は平和になったはずだったの。だけど、一年ほど前から今度は大河がロズワルドに召喚されるようになってしまって」

「はあ……、それは大変ですね?」

「そう、大変なのよ。あんまり学校を休むと勉強も遅れてしまうし、出席も足りなくなるでしょ?」


 お母様は無邪気に現実的なセリフを放った。


「向こうとこちらとでは時間の流れが違うから、大河を呼び出しているのは私がいた時代よりずっとあとの巫女らしいの。また魔物が出ているのよね?」

「魔物っていうか、怪獣っていうか」


 この前見たのなんかガ●ラそっくりだったもん。ちょっとすっぽんぽかったけど。


「でも、大河は仕方ないわ。私の息子ですもの。問題は佐藤さん」


 母子が同時に私のほうを向いた。


「前提として、二人一緒の召喚なんて特例中の特例よ。普通じゃないの」

「普通じゃない……、」

「どうして佐藤さんも一緒に召喚されたのかしら」


 確かに。特に仲が良いわけではない、ただのクラスメイトだもんね。

 当日、偶然日直だったというだけで……、


「日直か」

「日直!?」


 ええ?


「そうね、一緒に仕事をしていて、お互いをパートナーだと認識していた瞬間に召喚されてしまったから……それくらいしか理由が思いつかない」


 ちょい待って、確かに一緒に日誌を書いていたから『今日の日直小鳥遊くんとペアだけど、わりと真面目だよねこの人。助かるー』くらいのことを無意識下で考えていたかもしれないけど、それでパートナー扱いの召喚ってガバガバじゃない!?


「ガバガバだな」


 ああ、またもや声に出してない意見に同意された!


「召喚ってね、とっても繊細で、影響力のある魔法なのよ?」


 と、少し困ったようにお母様が首を傾げた。


「このままでは、二人の境界があいまいになっていくかもしれない」

「は、」

「なんだそれ」


 げ、それはやばい。

 しかも心当たりがあるぞ。


「このまま二人で召喚され続けたら、お互いの考えていることが筒抜けになってしまうかもしれないということ」

「……」

「……、」

「それで今日、急いで来てもらったのだけど」


 やっぱり気のせいじゃなかった。ちょいちょい聞こえる小鳥遊くんの声って、そういうことだよね? まずいまずい、意識したらヘンなことを考えてしまいそう。とりあえず歌、歌、もう一回校歌でいいや!


「……もしかして、もう手遅れだったかしら」


 言い難そうなにそう問われたけど、私は校歌で忙しい。代わりに、隣の小鳥遊くんが口を開く。


「筒抜けってほどではないけど、時々心の声が聞こえる」

「まあ」

「ちなみに今こいつは全力で校歌を唱えてる」

「大変だわ」


 あまり大変そうでもない様子で、お母様は傍らに置いてあった小さな箱から何かを取り出した。


「そんなことじゃないかと思って、これを用意しておいたの」


 それは小さな指輪だった。


「私が幼い時に身に着けていたお守りよ。精神への干渉をある程度遮断してくれるはず」

「精神への干渉?」

「心のバリアみたいなものかしら。ああよかった、小指なら入りそう」


 つけてみて、と促されたので素直に小指にはめた。

 細いシルバーの指輪だ。小さな青い石がひとつついている。


「どうかしら」

「どう、と言われましても……小鳥遊くん、どう?」


 小鳥遊大河は、口をへの字にしてみせた。


「今、お前に呼びかけてるけど、どうだ?」

「……聞こえない」


 おお、さっきまではちょくちょく小鳥遊くんの心の声が聞こえてたのに、今はまったく聞こえない。すごい! いや、聞こえないのが普通なんだけどさ、なんか麻痺してきたぞ?


「よかった、とりあえず大丈夫みたいね」


 はい、大丈夫です、感謝感激!

 だけどこの指輪、学校につけていくのはちょっと目立っちゃうなあ。先生に見つかったら、最悪没収されちゃうかもしれない。


「そうそう、校則違反になってしまうわよね」


 ひっ、今度はお母様に心を読まれた!?


「簡単な目くらましをかけておくから、手をこちらへ」


 あ、違う、気を使ってくれただけでしたか。

 素直に左手を差し出すと、お母様が人差し指で指輪にちょんと触れた。


「わ、わ、すご!」


 マジですうっと指輪が消えたんだけど!


「ねえ、すっご! 魔法みたいだよ、小鳥遊くん!」


 興奮して小鳥遊くんを見ると、彼は口の端をちょっと上げて言った。


「残念ながら魔法なんだよ」








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