第5話 はじめての噂



 つい気になって小指を触ると、そこにはやっぱり見えない指輪がはまっている。


 魔法マジ魔法。

 ていうか、同級生のお母さんが元異世界のお姫様で巫女様で魔法使いで、その人に魔法をかけてもらうってなかなかできる経験ではないよね。


 そんな貴重な経験ではあったけれど、正直異世界云々はもういいやって気持ちが強い。漫画やアニメやゲームは人並みにたしなんできたけれど、だからこそ『異世界』というキーワードに惹かれる部分はあるけれど、実際体験してみると良いものではないんだなって身に染みました。


 だって、戦場だったんだもん。

 平和すぎる日本で育った私には刺激が強すぎた。

 遠目に見たリアル怪獣も怖かったし、怪我をしている人もいた。土埃と油の混じったようなあの匂い、斬ったらドバっとあふれる怪獣の体液、それを浴びて戻ってきた小鳥遊くん――、ぶるぶる、やっぱ思い出したくはない。



『残念だけど、しばらくお互いに距離をとるしかないと思うの』


 次の召喚がまたセットにならないようにと、お母様がアドバイスをくれた。

 残念もなにも、日直で一緒にならなければほぼ接点のない私たちだ。


『ふたり一緒に召喚されたのは一回きりだし、大河に聞いた話では、佐藤さんが戦ったわけでもないから……、縁を薄めれば、次は大丈夫だと思うわ』


 二人セットの召喚は特殊だから、とお母様は何度も言った。

 確かに、ソシャゲの召喚ガチャでも二人セットでになっているカードは少ない。イベントなんかの特殊召喚か、生前よほど縁があったとか、完全にバディだとか、ちゃんと納得できるような理由がある。『たまたま日直が一緒だったから』なーんて薄い理由なんてありえないよね、うん。


 そんなふうに考えながらベッドでゴロゴロしていると、スマホの通知が鳴った。

 チャットを開くと、咲良からメッセージが入っている。


『明日、日本史のノート持ってきて~!!』


 おおう、なるほど?

 明日からはテスト週間で来週末は期末テストだもんね、そういうことだろう。咲良は理数系なので基本文系の授業は寝て過ごしているのである。


『了解、お礼はフルーツサンドでいよ』


 と返信するとキラキラした絵文字が返ってきた。

 そう、学生はいろいろ忙しくて、異世界なんぞにかまけている暇はないのだ。





 テストの範囲が発表され、テスト週間に突入した。


 約束通り日本史のノートを持参したということで、帰り道にある行きつけの喫茶店で恒例の作戦会議兼写本の時間である。


「やばーい、今回日本史の範囲広すぎじゃない?」

「ノートは提出するに決まってるのだから、板書くらいすればいいでしょう」


 頭を抱える咲良に辛辣かつまっとうな意見をぶつけているのは如月文佳だ。私たちの中では一番成績が良く真面目、そして天然の刃を持っている。


「だってぇ、眠くなるんだもん」

「夜更かしのしすぎです。生活習慣を改めるべきでは?」

「うわ、お説教?」

「助言です」


 どうしてこの二人が仲良いのか未だにわからないし、私を含めた3人組も傍からみたら謎集団に見えるだろう。同じ中学出身だけどタイプは全然違うし、中学時代にめちゃめちゃ仲がよかったというわけでもない。なのにちょくちょく集まってしまうのである。特にテスト前はお互いの弱点を補い合えてちょうど良いいんだよね、これが。


「そういえばさ」


 ノートを半分ほど写したところで、カフェオレを飲みながら咲良が私の顔を見た。


「なにやら事件があったらしいじゃない」

「事件?」

「とぼけちゃってぇ~小鳥遊大河といい感じだって聞いてるよぉ」


 あー、その話。

 さすが咲良、耳が早い。ていうかうちのクラスでもそこまで話題になっていないから、誰が漏らしたか見当はつく。見当はつくぞ、覚えてろよ有村。


「全然なにもない。日直が一緒で、たまたま金田先生にこきつかわれて、ちょっと話をするようになったってくらいだよ」

「ふーん?」

「咲良、あまり詮索する話ではないでしょう」


 黙って英語の課題を進めていた文佳が呆れた声で言った。咲良は軽く頬を膨らめたけど、たぶんポーズだけだ。あざとい。


「だって、ハルカの浮いた話なんてはじめてなんだもん」

「確かにレアですけど、現時点で信ぴょう性は薄いと思います」

「どうしてわかるの?」

「ハルカの反応で、なんとなく」


 文佳は唇の端をあげて微笑した。


「本当に浮いた話があるのなら、隠そうとしてもっと慌てるでしょう」

「あは、わかる~」


 なんだか不本意な理解をされているけど、本当のこと(異世界とか召喚とか)を言ったら頭がおかしいと思われるに決まっているので、とりあえず二人を睨みつけておく。うん、全く効果無いけど!


「でもさ、小鳥遊くんておっかないけど、ちょっと格好いいじゃーん?」

「そうでしょうか?」

「そうだよー、なんかこう、ほんのちょっぴり翳がある感じ」

「それ、不愛想なだけでは?」

「なんて言って、ほかのクラスなのに文佳だって名前と顔を知ってるんだもん、カッコイイってことでは?」

「目立ちますから、彼」


 好みは千差万別、捉え方も千差万別。

 とはいえ、話が盛り上がっているところ恐縮だけど、小鳥遊くんの話題が続くのは避けたい。からかわれるのが嫌だとかそういう可愛い理由ではなく、とにかく小鳥遊くんとの関わりを極力避けたいのだ。一緒に召喚されるのを防ぐには関わらないことが大事だとお母様に教えられたからね! 名前を出すだけで少し不安になるのヤバいな、とにかく話題の方向を変えよう。


「なるほど、咲良はああいうのが好みなんだ?」


 名前を口にしたくないので『ああいうの』と称したことを許してほしい。どちらかといえば小鳥遊くんじゃなくてお母様に心の中で手を合わせる。

 案の定咲良は右手をひらひらさせてのっかってきてくれた。


「一般論だよ、一般論。どっちかっていうとあたし、金田先生のが好みかな」

「あー、大人気だもんね、若いし、イケメンだし」


 それはそう。金田先生本人も人気は自覚はしているだろうけど、あの人はたぶんきっちり境界線を引くタイプだ。どの生徒に対してもビジネスライクで、そこがまた一部の生徒に火をつけるのか、アンダーグラウンドでは相当な数のガチ恋勢がいるらしい。


「そうそう、金田先生が担任なんていいな~、マジで羨ましい」

「相手は教師ですよ。自重してください、咲良」

「自重してても好みのタイプなのは仕方ないでしょお。でもさ、金田先生、近藤先生とあやしくない?」

「え、ホントに?」


 よし、金田先生に逸れた! そして近藤先生との話は詳しく教えて欲しい!


 どうしようもなく話が脱線していく予感がしたけれど、これが制御できたらむしろ女子高生失格でしょ。長期戦を覚悟して、私は追加注文のメニューを考え始めた。







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