第6話 はじめての救出



 終わった。

 テストが終わった、いろんな意味で。


 まーでもね、テスト週間は小鳥遊くんに関わっている暇もかったし、もうすぐ夏休みだ。ちなみに彼とはあれから一言もしゃべってないしもちろん接触もしていない。指輪の効果か声も聞こえない。もしも今小鳥遊くんが召喚されたとしても、私が一緒ということはまずないだろう。ないと信じたい。ないといいな、という気持ち。油断せずに行こう、うん。


 学校から逃げるように帰宅する。

 父も母も兄もこの時間は仕事なので、誰もいない。そしてここ数日テスト勉強と課題に追われてめちゃくちゃ眠い。テストが終わった今日くらいはゆっくりお昼寝してもバチはあたらないのではないだろうか、うん。


 ベッドに入る前に軽くシャワーを浴びようと、着替えをもって脱衣所に向かう。この季節はテストを受けて帰ってくるだけで汗だくだあ。

 ぱっぱと脱いで下着姿になったところで、異変に気付いた。


「えっ」


 キラキラしている。

 ちょっと待って、見覚えがある。これ、やばくない?

 瞬く間にいろんな可能性が頭をよぎった。今は傍に誰もいない。小鳥遊くんもいない。なのにどうして、とは思うけど、これはほぼ間違いなくあれだ。召喚だ。


「やっば」


 とりあえず服!服を着なきゃ!

 着替えに持ち込んでいたTシャツを慌ててかぶる。袖に腕を通す暇も惜しんでショートパンツを掴んだ。はやく、はやく履かなきゃ! これが召喚の前兆だとして、召喚先で下着姿は恥ずかしすぎるううう!

 どうにか短パンに脚を通して引き上げた瞬間、キラキラが強くなった。はーい、もう絶対召喚です。でも、一人でなんてどうなっちゃうの? せめて召喚先に小鳥遊くんかエリシャが近くにいますように! いますように!


 お願いしますうううぅ!!






 光の気配が消えて、そっと目を開く。


「大丈夫ですか、サトー様」


 エリシャちゃんのドアップが飛び込んできて、あまりの眩しさに瞬きをした。うう、麗しい顔を拝めたのは嬉しいけど、また召喚されちゃったあ。だけど今日はどうやら戦場ではない。野外ではあるけれど、周囲は静かな森だ。


「佐藤」


 落ち込んでいる暇もなく、背後から呆れたような小鳥遊くんの声が飛んできた。よかった、小鳥遊くんもいてくれたという安心半分、召喚されてしまったという失望半分、裏腹な乙女心だ。


「……お前なんでそんな恰好してるわけ?」


 まあね、全体的にヨレヨレの部屋着なうえTシャツの袖に腕を通す暇もなかったから上半身芋虫状態だし。ていうか、ギリで短パンを履いただけでも褒めてほしいよ。


「シャワー浴びる直前だったの!」


 ついでに前後も逆だったからぐるっと回転させて、袖に手を通す。使い古しで超気の抜けた格好だけど、下着よりは全然マシだ。グッジョブ自分。

 もちろん裸足だったけど、さすがに危ないと思ったのかエリシャがサンダルっぽい履物を貸してくれた。準備がいいということは、小鳥遊くんも裸足で召喚されたことがあるのだろう。

 履きながら召喚の状況を説明すると、小鳥遊くんはわずかに同情してくれた。


「あー、そりゃ災難だったな」

「災難だよ! ていうか、どうしてまた私まで召喚されてるの?」

「風呂中とかトイレ中じゃなかっただけマシだ、諦めろ」


 ひえ、トイレは考えてなかった。確かにそれが最悪かも……ぶるぶる、考えたくない。まあでも、キラキラがはじまってから少し余裕があることはわかったから、落ち着いて行動すれば大丈夫かな……って何を考えているんだ自分!


「ま、二回ともエリシャに一発で辿り着いてるんだ、お前は運がいい」

「ええ……」


 ええ、エリシャちゃんの召喚なのに、違うところに出ちゃう可能性があるってこと?

 しれっと怖いことを言われたんですけど……一人でこの世界に放り出されて、前みたいに戦場だったら生き残れる気がしない。正直、今も小鳥遊くんがいてくれてめっちゃほっとしてるもん。


「申し訳ありません、サトー様」


 私たちのやりとりを聞いていたエリシャちゃんが、しょんぼりと肩を落とした。

 いかんいかん、エリシャちゃんだってお仕事で召喚しているんだよね。責めてはいけない。


「いや、エリシャちゃんのせいじゃないから」

「じゃあ誰のせいだ?」

「誰のせいでもありません! 無事だったし裸じゃなかったからよし!」


 そう、呼ばれて来てしまったものは仕方ない。切り替えるつもりで振り返ると、小鳥遊くんはちょっと面食らったように目を開いてからにやりと笑った。


「なるほど?」


 なーにを考えているんだ?

 指輪を外したらわかるかもしれないと思いついたけど、そうなるとこちらの考えていることも筒抜けになっちゃうなと考え直す。


「呼ばれちゃったものは仕方ないもん。えっと、また怪獣?」

「かいじゅう……、はい、魔物です」

「じゃあちゃっちゃと片付けて帰ろ!」

「片付けるのは俺だけどな――、ま、さっさと帰りたいってのは同意だ」


 ジャージ姿の小鳥遊くんは、腰に手をあててエリシャちゃんに一歩近づいた。


「場所はどこだ? 案内してくれ」

「はい、すぐ先の湖です。お急ぎください」


 湖かあ。

 また亀の怪獣だったらどうしよう。それどもネッシー的な何かとか?

 想像力の限界を感じながら、私はエリシャのあとについて歩き出した。






「わーあ……」


 思わず間抜けな声が出た。

 湖だ。天気が良いのでとても景色がいい。

 周囲には兵士がいるけれど、武器を持つわけでもなく、ただそれを見上げている。


「なんだこりゃ、スライムか?」


 と、小鳥遊くんがつぶやいた。


「うーん、どう見てもスライムだよねえ」


 形状からみて、スライムなのは間違いないと思う。

 むしろ国民的な例のゲームの例のスライムそのままで、顔が無いのが不思議なくらいだ。肉まんみたいな形をしていて、色は少し濁った水色。うーんやっぱりそっくり。そっくりなんだけど。


「……それにしちゃ、デカいな」

「あ、やっぱり?」


 この世界の常識がわからないからはかりかねていたけど、とにかくでかい。この前の亀よりひとまわり大きい。デカけりゃいいってもんじゃないだろうに、でっかい。


「しかし動かないな。エリシャ、こいつなんか悪さでもするのか?」

「いえ、悪さは特に」


 エリシャは困ったようにそう言って、小さく首を傾げる。可愛い。


「もともとこの子は湖の周辺に住む害のない魔物で、普通は人の頭くらいの大きさなのです。このあたりでは『水の精霊』と呼ばれて親しまれておりました」

「あー」

「なるほどそっちか」


 まあわかる。わかるけど、やっぱり見れば見るほどスライムなんだよね。でも、害が無いというのならどうして小鳥遊くんが呼び出されたんだろう。


「三日ほど前のことです。近くの村の子供がひとり、行方がわからなくなりました」

「子供か」


 小鳥遊くんがすうっと目を細めた。私もなんとなくいやーな気持ちになる。


「村人たちがその子を探しているとき、これを見つけたのです」


 エリシャはじっとスライム(仮)を見つめていた。


「タイガ様、サトー様、見えませんか?」

「え、見えるって何が?」

「あの精霊の、真ん中に」


 真ん中といっても高さも幅も奥行きもあるし、半透明だ。それでも目をよく凝らしていると、確かに真ん中あたりに何かが浮いているような気がする。ちょっとずつ移動して角度を変えると、くっきりとそれが見えるポイントにあたった。スライム(仮)の体のなかにボールのようなものがあって、何かが入っている。ガチャガチャのカプセルにフィギュアが入っているみたいな感じだ。


 フィギュア、人形、人のかたち。


「あ」

「あれ、中にいるの子供か」


 なんとなく察していたけど、確信が持てました。

 でっかいスライム(仮)の中に透明な球体が浮かんでいて、その中には子供がいる。つまり、あれが行方のわからなくなった子供なのだろう。


「その通りです」


 エリシャがコクリと頷いた。


「勇者様には、あの子の救出をお願いしたいのです」






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