第7話 はじめての感謝



 魔物退治はまだしも、子供の救出は重いなー、重すぎる。


「中の子供は無事なのか?」

「わかりません」


 案の定小鳥遊くんも難しい顔をしてエリシャに聞いた。エリシャは小さく首を振ったけれど、控えめに言葉を続ける。


「ですが、あの中で動いていたという報告があります」


 スライム(仮)は悪さをしてこない。ただ、非常識に大きく中に生死不明の子供をとりこんでいる。難しいなあ。下手に刺激したら中の子供がどうなるかわからないし、かといってこのまま見守っていたら餓死とか衰弱死の可能性が高い。


「エリシャちゃん、あれって倒せるの?」

「小さい個体なら普通に倒せます。中身はほとんど水なので、斬ればパシャって」

「じゃあ、これも切ったら水が抜けて小さくなるんじゃない?」

「ええ、そう思って試してみたのですが」


 エリシャがゆっくりと歩いて、でっかいスライムに近づいた。小鳥遊くんと私もそれに続く。間近でみてもプルプルしているだけで無臭、何もしてこない。でっかいだけで害のないスライムに見える。


「この大きさでしょう、表面の、皮の部分に相当厚みがあるので、斬ってもすぐに再生して元通りになってしまうのです」


 なるほど、皮がジェル状なのね。


「長槍で突き刺してみたらわずかに水が漏れたという話ですので、おそらく中のほうはもっと水っぽいかと思うのですが」

「子供が入っている丸いのはなんだ?」

「わかりません。気泡のようなものなのか、それとも膜になっているのか、もっと堅いのかも、何も」

「攻撃して、はずみであれが破れる可能性があるってことか」

「それは……可能性としては、はい」


 まずいじゃん。もしもあの膜が破れたら中にいる子供は息もできないし、水圧が一気にかかったりしたら命にかかわる。さらにそれもこれも全部、あの子が生きていればという仮説なのがせつない。


「勇者様! 巫女様!」


 突然、兵士たちの間を縫って痩せた女性が近づいてきた。

 ぎょっとして固まっている間に、私のすぐ足元に膝をつき、胸の前で手を合わせる。


「お願いでございます、どうかあの子を救ってください!」


 声が掠れていた。

 目元は腫れていたけれど、涙は流していない。たぶんもう、涸れはててしまっているのだろう。女性のすぐ後についてきた男性が、支えるように肩を抱く。


「どうかあの子を! あの子は、カヤンは泳げないのです……、可哀そうに……」


 最後の声は消え入りそうだった。それだけ言って、半ば土下座するように背中を丸める。ああ、つらいなあ。きっとあの子のお母さんだ。


「あの子のご両親ですね」


 と、エリシャちゃんがおごそかな声を出した。


「はい、巫女様……妻が失礼を致しました」


 男性のほうはいくぶん落ち着いた声で、それだけいって顔を伏せる。


「お二方、どうぞお気を強く持ってください。もちろんわたくしたちは最善を尽くします」

「よろしくお願いいたします……、」


 地面に額を擦り付けるように、二人は頭を下げている。


 ようやく私は、エリシャの、小鳥遊くんの立場を理解した。二人には力があって、この国の人たちに頼られている。そして、そのぶん重い責任を負っている。


「時間が無いな」


 子供の両親が兵士たちに連れられて後方に下がるのを見送ってから、小鳥遊くんがつぶやいた。


「子供の所まで行くだけなら、俺一人でなんとかなる。水だろがゲルだろうが、貫いて一直線だ」

「さすが勇者様ですわ」

「うん、小鳥遊くんは大丈夫だよね。問題はあの子だよ」

「そうだな。子供を抱えて脱出するのに、急いでも5、6秒はかかる。呼吸はもつとしても、水圧がかかれば危険だ」

「一瞬で帰ってこれる方法があればいいんだけど――あ」


 顔を見合わせる。


「そうか!」


思いついたのはほぼ同時だったと思う。

 私はダッシュで小鳥遊くんから離れ、ついでに小指の指輪をはずした。意思の疎通は速いほうが良い。小鳥遊くんもすぐに察したらしく、頭の中に声が響く。


“試しにエリシャを運んでみる”

“おっけー”


「あのっ、勇者様?」


 遠くでエリシャの声が戸惑っている。


“掴んだぞ”

“小鳥遊くん、すぐにここへ来て!”


 スライム(仮)の中には声は届かないかもしれない。だから、予行演習として心の中で叫んだ。瞬間、目の前に小鳥遊くんとエリシャがぱっと現れる。


「よし」

「行けるね!」

「あの、お二人とも、今のは……」


 エリシャちゃんはおろおろしているけれど、説明は後だ。今の要領でいけば、子供を助け出せるはず。


「よし、行くぞ!」


 小鳥遊くんが猛然と走り出した。速いはやい、勇者補正だろうけどおそらく日本新記録くらいは出てる! スライム(仮)の手前で踏み切ると、小鳥遊くんはまたもや人間離れした跳躍を見せた。


 行け、小鳥遊大河!そのままキックだ!!

 と、ハイテンションで思ったかもしれない。そのまま小鳥遊くんに伝わったかもしれない。


「とりゃああああ」


 正しくヒーローっぽい声をあげて、小鳥遊くんはスライム(仮)にラ●ダーばりのキックを繰り出した。ずもももも、と皮の部分をえぐり、めりこんでいく。すぐに表皮のゲルを抜け、そのあとはごくごく細かい泡を撒きながら子供が閉じ込められている球体へ一直線だ。


 たぶん、こちらの声は聞こえない。

 子供のところへ到達すると、一切躊躇なく手を伸ばす。水の抵抗と、膜の抵抗がわずかにあって、小鳥遊くんが子供の腕をつかんだ……ように見えた。


“佐藤!”


 頭の中に声が響いて、私は叫んだ。


「小鳥遊くん、戻ってきて!!」

「――ナイス!」


 叫び終わると同時に、小鳥遊くんが子供を抱えて目の前に現れた。

 

 あー、瞬間移動、超便利! 

 小鳥遊くんを呼び寄せる能力なんて何の役にたつんだよって思ってたけど、めっちゃ便利だあ。えらいぞ、私。すごいぞ、私。頑張ったぞ! 誰に褒められなくても自分を褒めたい!


「エリシャ、子供を」

「はい」


 すかさずエリシャちゃんが浄化魔法をかけたので、小鳥遊くんも子供もさっぱりと乾いた。どうやら助けた子供は男の子みたいだ。少年の顔色は悪くない、でも油断はできない。兵士が用意してくれた毛布に横たえると、胸のあたりがすうっと上下した。


「生きてる!」

「ああ」

「誰か、この子のご両親を呼んできてください!」


 エリシャがそう命じているうちに、体がキラキラしてきた。

 小鳥遊くんを見上げると、彼もキラキラ光を放ちながら微かに笑う。


「帰還だね」

「そうだな。エリシャ、今日の条件は?」

「はい、『子供を助けるまで』です。お二人とも、お疲れさまでした」


 子供の無事を確認したからか、エリシャちゃんは晴れやかに笑った。駆け付けたご両親もこちらを見て手を合わせている。


「ありがとうございます、勇者様」

「お二人とも、この御恩は忘れません」


 私はほとんどなにもやってないけどね。


「いや、お前がいてくれたおかげだろ」


 と、考えたことに小鳥遊くんがすかさず応えたので、指輪を握りしめたままだということに気付く。いかんいかん、また思考を読まれたじゃん恥ずかしい。急いで指輪をはめると、キラキラが強くなった。


「ところで、別々の場所から召喚されたよな」

「うん」

「別々に帰るか?」

「えっ、やだ、迷子にならない?」

「お前は運がいいから大丈夫だとは思うけど、まあ、念のためな」


 そう言って手を差し出されたので、私はぎゅっとそれを握った。召喚されて、はじめてちゃんと人助けをした。うん、わりと悪くない気分だ。まぶしくなって、エリシャの姿も見えなくなって、目を閉じる。






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