第9話 はじめての提案
ミステア王国に魔物が侵攻してきたのは、今は昔のこと。
時の王ヘーゼルは妹の姫巫女レイナに命じ、異世界から勇者を召喚した。
勇者は見事魔物たちを討ち果たし、姫巫女レイナを伴い異世界へと帰還した。
それから数十年。
ミステア王国に、新たな脅威が迫っていた――
「ふむふむ、で、新たな脅威とは?」
「ひとつは巨大な魔物だ。国境沿いにある西の森から湧いてきて、最近では城門近くに迫ることもある」
「あの亀みたいに?」
「そう。他にも森や山で、あるいは街道で、魔物の数が増えているらしい」
「あの怪獣の相手は、普通の兵士じゃ無理そうだよね」
「まあな。だから俺が召喚されるわけだ」
小鳥遊くんって、ちょっと歴史の先生みたいだ。
口数が多いわけではないけど、話は理路整然としていてわかりやすい。
「もうひとつ、隣国の問題がある」
「これまでの話には全然出てこなかったけど」
「そりゃそうだ。隣国のガラテア王国は10年以上鎖国してるから」
「鎖国? もしかして島国なの?」
もちろん島国じゃなくてもできるだろうけど、陸続きの国で鎖国はハードルが高そう。
「いや、ガラテアは魔道国家だ。噂によると王家が強力な魔力を持っていて、魔法障壁で国と城を守っている」
てことは、王様が魔法使いってことだよね。そもそも魔法使いって、どのくらいいるんだろう。私が知っているのはエリシャの召喚と浄化だけだから、いまひとつイメージが湧かない。あ、お母様の目くらましも魔法だっけ? どちらにしても攻撃的な魔法ではない。
「で、ガラテアとミステアは仲が悪い」
「仲が悪い?」
「歴史的にな。昔はひとつの国だったんだ」
「あー、なるほどお」
現実世界でもよくある構図なので、深く聞くのはやめておこう。
「ミステアでは、ガラテアが魔物をけしかけてきているんじゃないかと疑ってる連中もいる。なにせガラテアのほうは無害だからな」
「障壁があるからじゃないの?」
「そうかもしれないけど、納得できないやつもいるってことだ」
うーん、ガラテアのほうは国交問題だから、私たちにはどうにもならない気がする。とりあえずは怪獣をどうにかするのが優先事項かな。
「まず、スライムの出た森を調査したらどうかな」
「行くとしたら絶対俺が召喚される」
「それは仕方ないよ。ね、今度召喚されたときにエリシャに相談してみたら?」
「他人事みたいに言うな。それにおそらく、お前も巻き込まれるぞ」
「うーん、それは困るかも」
「困るのかよ」
それに、王様が小鳥遊くんを異世界に引き留めたがっているっていうのもちょっと気になる。もしも今度召喚されたら、エリシャにそのへんのことを訊いてみようかな……。
「まあ、そんなことがあったのね」
お客様が帰ってから、小鳥遊くんが今日の顛末をお母様に報告することになった。お母様は相槌を打ったりところどころ聞き返したりしながら、真剣に話をきいてくれた。
「別の場所にいたのに一緒に召喚されるなんて、普通では考えられないわ」
うーん、と少し首を傾げる。
「そもそも召喚士によって召喚のスタイルは違うのだけど……、困ったわねえ」
あんまり困ってなさそうだ。
「でも、召喚されないように王国を平和にする、というのは正しいと思います。平和になれば勇者を召喚する必要がなくなるもの。むしろ疎まれることだってあるわ」
「疎まれる? 勇者なのにですか?」
「ええ、勇者って過ぎた力だから」
「過ぎた力?」
「だって強過ぎるでしょ。周囲の国々には警戒されるし、疑り深い王様なら国を乗っ取られないかと心配するし、力を利用しようとして近づいてくる国もあったりして、要はバランスブレイカーなの」
そこまで言って、お母様はクスっと嬉しそうに笑った。
「ほら、カズヤさんがとっても強かったから、当時も大変だったのよ」
「あー、はいはい。親父の話は聞き飽きたって」
「少しくらい聞いてくれても良いじゃない、大河は意地悪ね」
お母様、隙あらば惚気に持っていこうとしますね、ラブラブだあ。
故郷も家族も置いてついてきちゃうくらいだもん、まーそりゃラブラブだろうけど……もしかして小鳥遊くんって結構苦労してるな?
「母さん、佐藤がどん引きしてる」
「あら、私ったら……ごめんなさい、ハルカさん」
ごめんなさいと思っているとは思えない笑顔を浮かべて、お母様はこほんと小さく咳払いした。
「とにかく、勇者を召喚できるのがミステアだけだったせいもあって、ガラテア王国との関係は昔から微妙なの。もともとひとつの国から分裂して独立した国だし、妬み妬まれ、いろいろと難しいのよ」
そういう話、現実にもあるよね。
世界が違ってもおんなじように争ってるなんて人間は愚かだ……ごめんなさい、言ってみたかっただけです。
「魔物のほうは、カズヤさんが滅ぼした魔王軍の残党が暴れ出したのか、封じた魔力が漏れているか、どちらかだと思う。私とカズヤさんは直接異世界に干渉できないから、あとは大河が頑張るしかないわ」
ごめんなさいね、と可愛らしく謝ってから、お母様は私のほうを向いた。
「ハルカさんも。巻き込んでしまって本当に申し訳なく思っています」
「いえ」
お母様のせいではありませんから、と言いかけて止める。
小鳥遊くんのお母さんに『お母様』ってどうよ。けど、『小鳥遊くんのお母さん」は長すぎる。だからと言って『おばさま』は絶対違うでしょ?
個人的には『姫君』か『姫様』がしっくりくるけど、ちょっと勇気が要る。ここはあれだ、普通に、苗字でいいだろう。
「……小鳥遊さんのせいではありませんし、指輪を貸していただいて、本当に助かっていますから」
いやっ、なんか緊張して声が裏返っちゃった。隣に座っている小鳥遊くんが何故か口元を抑えてにやにやしている。なんだよ、お前のお母さんがお姫様過ぎるからこちとら困惑してんだぞ!
「あら、私のことはレイナで良いのよ。お友達はみんなそう呼んで下さるわ」
「えっ」
お友達!?
いや、お友達???
お姫様なお母様とわたしが、お友達ですか!?
「遠慮なさらないで」
にっこり。
なんかめっちゃ可憐だけど、めっちゃ圧を感じる。
これが抗いがたいプリンセスパワーってやつですか?
「あ、ありがとうございます、レイナ、さん?」
そう答える以外の選択肢があるだろか、いや無い。
なにが面白いのか、隣の小鳥遊くんの肩が小刻みに揺れている。気づいてないと思うなよ?
お母様……じゃなくてレイナさんはといえば、満足げににっこりと頷いた。
「では、話を戻しましょうか。私もハルカさんの意見には賛成です。魔物が出たらその都度対処、ではキリがないでしょう。それに、精霊のスライムが巨大化していたというのも気になるの」
「気になるって、どのへんが?」
精霊と言いつつレイナさんもスライム呼びなのが可笑しい。
こっちで生活していたら、やっぱあれはどこからどう見てもスライムだからね。
「あれは基本大人しくて害のない、小さな精霊よ。大きくなって、しかも子供を取り込むなんて普通では考えられません。どこかで膨大な魔力が発生して、周囲の精霊たちに影響を与えているのかも」
「魔力か」
小鳥遊君が腕を組んだ。
「けど、あのスライム、嫌な気配はしなかったんだよな」
そう、そうなんだよ。
「私も同じです。周囲に攻撃をすることもなかったし、小鳥遊くんがキックしても無抵抗でしたし、子供も生きていました」
「ええ、魔力の影響を受けて大きくなってしまっただけで、本質は変わらなかったということね。子供を中に取り込んだのも、何か理由があったのかもしれません」
うん。
プルプルと震える巨大なスライム、子供はその中で膜に覆われて守られているようにも思えた。すぐに帰還しちゃったからわからないけど、あれからどうなっただろう。
あの子、元気になってるといいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます