第10話 はじめてのお惚気
夏休みがやってきた!
アルバイトをしようと思っていたけど、急な異世界召喚に対応できる気がしないので諦めました! よってお金がありませーん!
というわけで。
「あーあ、プールかあ。海が良かったなー」
「あら、私はプールのほうが好きですよ」
「えぇ、なんで?」
「塩辛いじゃないですか、海」
「まあ塩辛いよね」
当たり前なんだけど、いかにも文佳らしくて笑ってしまう。咲良が海へ行きたがるのも解釈一致だ。
咲良と文佳と私、という変わりないメンバーだけど、気を使わないのは楽でいい。
本日訪れたのは市営のレジャー施設なので、平日とはいえ夏休みの子供たちでほどほどに混んでいる。私たちは流れるプールでぷかぷかしていた。このくらいが正しい高校生のあり方かもしれない。
「つぎ休憩が来たら何か食べる~? あたし焼きそば食べたい」
「そうですね、そろそろお昼ですし」
「私、たこ焼きがいいなあ」
およそ色気のない会話だし、私たちは油断していた。
いや、市営プールだし女子3人でのんびり涼みに来たんだから、いいんだよ油断していても!
とにかく、すっかり気を抜いていたことは間違いない。
「ね~、君たち3人で泳ぎに来てるの?」
それは唐突にやってきた。いや、ナンパはたいてい唐突だけどさ。
市民プールとはいえ、夏休みだもの。しかも女子高生3人、さらにギャルが含まれているとなれば、まあナンパのひとつくらいされても不思議ではない、たぶん。
「よかったらさ、この後一緒に食事でもどう?」
はい、超定型文なんだけど!?
声をかけてきたのはどうやら二人連れだ。大学生かな~、なんとなく高校生っていう感じではない。いかにも軽そうな真ん中分けと女殴ってそうなマッシュのコンビである。ここは咲良にお任せするのが一番かもしれない。
「あ、今日はそういう気分じゃないんで」
ごく軽く、しかしきっぱりあっさり咲良が切り捨てた。一刀両断だ。
こういうときの咲良はホントに頼りになる。
「えー、いいじゃん。カラオケでもボーリングでも映画でもおごるよ?」
「夏休みに市民プールだけなんて寂しいだろ、ね?」
あれ、めげないなあ、ぐいぐい来るじゃん。これはわりと困るタイプかもしれない。
「あら、私たちは3人で来ていますから、全く寂しくはありません」
「そうだよ。今日は女の子だけでのんびりしてるんだから、およびじゃないの」
文佳は正論パンチだし、咲良の語気も強くなった。
だけど真ん中分けは一向に気にした様子もなく、文佳の腕を掴んだ。
は?
「つれないこと言わないでさ、一緒に楽しく遊ぼうよ」
はい、アウト。いきなり腕を掴むのはもちろんダメだし、(見た目は)大人しそうな文佳のほうに手を出す時点で器が知れるってもんだよ。とにかく気持ち悪いので、私と咲良は割って入ろうと動く。
「ちょっと、やめなよ」
「そうだよ、手を離して」
当然周囲も気づいているし、こちらの様子をうかがってはいる。微妙な空気だけど、今のところ誰も口を挟もうとはしない。まあね、このところ老弱男女関係なく、キレたらやばい事件を起こしたりすることもあるから、遠巻きに様子見しちゃう気持ちはわかる、わかるけど!
「まあまあ、じゃあ昼飯だけ一緒しようよ」
「そうそう、焼きそばでもたこ焼きでもおごるからさ」
うっ、さっきの会話を聞いてたな?
だけど私たちは私たちだけでご飯を食べたいんだってば。
「結構です。あの、あまりしつこいと……、」
文佳が腕を振り払おうと男を睨みつけたその時だ。
「ハルカ、君たちの連れか?」
と、頭の上から知らない声が私を呼んだ。
知らない?
ううん、どこかで聞き覚えがある。斜め後ろを見上げて顔を見たら、思わず声が出た。
「あ、」
私を呼んだのは、黒いラッシュガードの背の高い男性だった。間近なので、めちゃめちゃ筋肉がついているのがわかる。確信をもって男性の背後を探すと、やっぱり知った顔がいた。にっこり笑って口元に人差し指をあてている。
私は視線を男性に戻した。
「凌さん」
「ああ。ハルカ、この人たちは、君の連れか?」
凌さんが、咲良と文佳、それからナンパ男二人の顔を順に見回した。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な、みたいな妙な迫力がある。
「私の友達は、女の子ふたりです。あちらの二人は知らない人で」
困っているんですと説明する前に、男は顔をひきつらせて文佳の腕を離した。そのままじりじりとプールの流れに乗って遠ざかっていく。情けない、けどまあわかる。凌さん迫力あるもんね。
「はは、なんだぁ、連れの方がいるなら言ってよ、なあ」
「そうそう、……お邪魔しました!」
ナンパ男がすすーっと人ごみにまみれると、周囲の緊張が解けた。私たちもほっとして、やっと息をつく。遠くなっていた音が近づいた気がした。
「はー、もう、このご時世にまだにいるんだ、ああいうの」
「どんなご時世でもいると思いますよ」
咲良が口をとがらせ、文佳は眉を顰める。
私は、といえばようやく恩人のほうに向きなおってペコっと頭を下げた。
「凌さん、ありがとうございました、助かりました!」
「いや」
「それから、遠野さんも!」
呼びかけると、少し離れたところで見守っていてくれた遠野さんが、ニコニコ近づいてくる。
「よかったわ」
遠野さんは水色水玉のワンピースで、この前会った時より少し幼く見えた。
「困っていたみたいだから、凌さんに声をかけてきてって頼んだのだけど、うまくいったみたいね……、大丈夫だったかしら?」
「はい、おかげさまで」
「凌さんもありがとう。うまく穏便に追い払ってくれてよかった」
「いや、声をかけただけだが」
「そうね、でもすごく効いたみたいよ、ね?」
にっこり笑う。
前会った時も思ったけど、遠野さんはすごい美人ってわけではない。ないのだけれど、ものすごく笑顔がチャーミングなのだ。咲良と文佳が一瞬ぽーっと見惚れたの、見逃してないぞ。
「うん……、じゃなくて、あのぉ、助かりました。ありがとうございました」
「本当に。ハルカ、お知り合い?」
文佳に問われて、思わず遠野さんと顔を見合わせる。知り合いといえば知り合いだけど、お互い深く知っているわけではない。深くはないけど特殊な知り合いではある。説明するのは難しい。
「うん、前にお世話になったことがあるの。こちらは遠野さんと、凌さん。あの、こっちは私の友達の咲良と文佳です」
「危ないところを助けていただいて」
「ホント、ダル絡みされて困ってたから助かっちゃいました!」
咲良と文佳が口々にお礼を言ったので、咲良さんは胸の前に両手でパーを出すと、ふるふると小刻みに左右に振った。
「とんでもない。凌さんの強面が役に立ってよかったわ」
「強面って……」
本気で言ってそうなのが、ちょっと可笑しい。
「迫力あるイケメンパワーっていうか」
「そうですよぉ、めっちゃ素敵な彼氏で羨ましい!」
「咲良、いきなりそういうのはちょっと」
きゃいきゃい反応する私たちに対し、遠野さんはニコニコしているし、凌さんは若干困惑している。
でもさ、遠野さんと凌さんが市民プールに遊びに来るなんて意外だし、ちょっと安心しちゃった。それだけこの世界になじんでるってことだもんね。
考えてみて欲しい、夏休みでにぎわうプール、子供たちの笑い声、そして女子高生を助けてくれる異世界人(とその恋人)……、うん、よく考えたらすごい。
「だってカッコイイじゃん。ホントのことしか言ってないもん」
「ありがとう、自慢の恋人なの」
だけど臆面もなく遠野さんがそう答えたので、私たちは顔を見合わせた。
「千早、」
少しだけきまり悪そうに、でも優しい声でそう呼んで、凌さんが遠野さんの肩に手を回す。
はい、ラブラブ。やっぱ絶対乙女ゲー系異世界転移だよ。
本当に、ごちそうさまでした!
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