第11話 はじめての迷子



 ――身構えている時には召喚は来ないものだ。




「あ、目を覚ました!」


 可愛い声と気配にうっすらと目を開く。

 えっと、誰だっけ?

 ていうかここはどこだっけ?

 確かプールに行って疲れてはやく寝ちゃったはず、だった気がするんだけど……。


「母さん、勇者さまが目を覚ましたよ!」


 うん、目が覚めたぁ!


 がばっと起き上がる。そこは知らない家、知らない部屋、知らないベッドだった。

 怖すぎじゃない? 近くに見覚えのある少年がいなかったら大パニックだったと思う。私の理性をつなぎとめてくれてありがとう、少年。


 ぱたぱたと足音がして、やっぱり見覚えのある女の人が顔を出した。

 間違いない、この前スライムの中から救い出した少年と、そのお母さんだ。


「まあ、勇者様。ご気分はいかがでしょうか」

「だ、大丈夫です」


 最悪です、とはとても言えない。

 でもさあ、寝ている間に召喚は卑怯じゃないか?


「というか、私は勇者じゃないですよ。勇者は小鳥遊くん――、タイガくんなので」


 私は何故かオマケで呼ばれているだけだ。この世界では、小鳥遊くんがいなければよちよち歩きの赤ちゃん並に何もできない。知らない異世界で言葉が通じるのすら、おそらく小鳥遊くんと一緒に召喚されている恩恵だろうと思う。


「いいえ、お二人の力でこの子は助かったのです」


 てへ。

 そう言われると嬉しいけど、喜んでいる場合ではない。


「小鳥遊くん――、勇者タイガは、今どこにいますか?」


 おそらく真夜中に召喚をくらったから、小鳥遊くんだって眠っていただろう。

 私もぐっすり眠っていたので、状況が把握できない。わからんことはもう訊くしかないんだよ、私はこの国のこともほとんど知らない。


「タイガ様はここにはいらっしゃいません。私たちが外から帰ってきたら貴女様が家の前で倒れていたのです」

「近くに、いない?」


 ひえー、マジで? 困る!

 それにしても召喚されても地面に転がってもベッドまで運ばれても目が覚めない私、図太すぎないか? 昨日はプールに行ってそりゃあ疲れていたけど、女子としていかがなものかと思う。


「はい。今、主人が貴女様がいらしたことを、村長に報告に行っておりますので」

「報告? どうして!?」

「勇者様の到来は一大事ですし、魔物が出る可能性もありますから」

「なるほどお」


 名探偵が旅行に行くと殺人が起こる、みたいな?

 まあでも、強い魔物が出なければ召喚もされないはずだから、あながち間違いではない。問題は、小鳥遊くんが近くにいないことだ。もしかして私だけ呼ばれたとか? いや、それは全然意味無いな。


 私はベッドから起き上がり、自分の姿を見おろした。

 前回服装がヨレヨレ過ぎて懲りたので、最近は家にいるときもちゃんと外出できるレベルのハーフパンツとTシャツで過ごしている。ただ、またしても靴は無い。


「あのう、エリシャちゃ……、じゃなくて、巫女のエリシャ様は普段どこにいるんでしょうか?」


 小鳥遊くんの動向はわからないだろう。でも、エリシャはこの世界の人間で有名人だから、一般の村人でもどこにいるかくらいは知ってるかもしれない。


「エリシャ様は、お城の大神殿にいるはずです」


 と、お母さんが答えてくれた。しかしお城がどこにあるのかもわからない。


「お城まで歩いて行けますか?」

「歩いてですか? ええ、ここからだと半日ほどかかりますが」


 半日かあ。

 けっこうキツいけど、行くしかないよね。


「申し訳ないんですけど、道を教えてもらえます?」


 私が何も知らないせいか、畏まっていたお母さんの表情が少し柔らかくなった。


「ええ、もちろん。お城まで行かなくても街道まで出れば見張りの兵士さんが居ますから、そこでお話をされてみたらいかがでしょう。もしかしたら馬を貸してくれるかもしれません」


 それは助かる! 馬は乗れないけど兵士さんがいるなら話が通るかもしれない。

 半日歩くよりずっとハードルが下がるじゃん。


「ホントですか? ええと、街道まではどのくらいでしょう」

「街道までならすぐですし、安全です。カヤンに案内させましょう」

「ありがとうございます! カヤンくん、お願いできる?」

「もちろんだよ、勇者様!」

「うん、私は勇者ではないから、サトーって呼んでくれるかな」

「わかった! えっと、サトー様?」


 嘘だろ、めっちゃ可愛い。助けてよかったあ。

 実は私、弟が欲しかったんだよね。


「あのさ、……試しにお姉ちゃんって呼んでみてくれる?」

「え?」


 ちょっときょとんとしてから、カヤンくんはにっこり笑った。


「いいよ、お姉ちゃん」


 最高か。

 最高だ。


「是非その方向でお願いします。よろしくね、カヤンくん」





 街道に出るまでは森を歩く。


 共通の話題とえば、先日のでっかいスライム(精霊様)しかないので自然とその話になった。


「え、それホント?」

「うん。ホントだよ。湖で溺れて、もう死んじゃうと思ったら、でっかい精霊様が助けてくれたんだ」


 カヤンくんは神妙な顔だ。


「じゃあ、あの後スライム――じゃなくて、精霊様は?」

「ばらばらに小さくなって、普通の精霊様に戻って帰っちゃったんだって。きっと、僕を助けるために力を合わせてくれたんじゃないかって、村長さんが言ってた」

「うわあ……」


 良いスライム(精霊様)じゃん!

 小鳥遊くん、思い切り蹴っちゃったじゃん。

 でもカヤンくんを助けるにはあれしか無かったし。ごめんなさい、精霊様。


「精霊様に悪いことしちゃったな……」

「ううん、違うよ」


思わずつぶやくと、カヤンくんがふるふると首を振った。


「あのままずっと精霊様の中にいたらいつか死んじゃうから、勇者さまには感謝しなさいってみんなが教えてくれた。僕、眠ってたから覚えてないけど、勇者さまとお姉ちゃんが助けてくれたんでしょ?」

「私はちょっぴり手伝っただけ」


 何をしてくるかわからない巨大なスライム(精霊様)に挑んだのは小鳥遊くんだ。私にはそんな勇気も能力も無い。


「僕を助けた後、勇者さまはキラキラ光って消えちゃったって、お母さんが言ってた。あんな不思議な魔法ははじめて見たって」

「あー、あれはね、帰るときにいつも光るの。私たちじゃなくて、巫女様の力だよ」

「でも、巫女様は消えないでしょ?」

「そうだねえ。巫女様は歩いて帰れるけど、私と小鳥遊くん――、勇者様は歩いては行けないところに住んでいるから、巫女様に送ってもらうの。その時キラキラ光るんだよね」

「どうして?」

「わかんない」

「勇者さまにもわからないことがあるんだ」

「わからないことばっかりだよ」



 そんな話をしているうちに、街道へ出る。

 右へ少し行ったところに簡易的な柵がたっていて、どうやら関所のような場所だとわかった。すぐ脇には小屋もあって、兵士が一人その前に立っている。


「こんにちは」

「ああ、お前がカヤンか」


 皮鎧の兵士は、カヤンの顔を見て、それから私の顔をちらりと見た。


「さっき村長から使いが来たが、その娘が勇者さまのお仲間か?」

「そうだよ。ね、お姉ちゃん」

「はあ……はい、仲間っていうか友達というか、オマケというか」


 夏休みに入ってから小鳥遊くんとは顔を合わせていないので、微妙に不安になる。そもそも小鳥遊くんはこっちに来ているんだろうか。召喚されたら一人、というケースもはじめてだ。


「本当かあ?」


 兵士は疑り深そうな顔で頭から足まで値踏みするように私をまじまじと眺めた。


「強そうではないな。まさか、魔法が使えるのか?」


 ええ~、なんかちょっと嫌な感じ。


「いえ、魔法なんて使えません」

「ふーん」


 小さく鼻を鳴らしてから、兵士は横柄に頷く。


「まあいい。交代の時にでも言付けをしておいてやる」

「交代って、いつですか?」

「明日の朝だ」


 明日の朝!?

 今までは異世界から帰ると、だいたい召喚された場所、召喚された場所に戻ることができた。でも、それはこちらにいる時間が短かったからかもしれない。悠長なことは言っていられない。


「あの、じゃあ、歩いていきます」


歩いて半日なら、自分で歩いたほうが早いもん。


「そうかい。日が暮れるとちょくちょく魔物が出るから、行くならはやいほうがいいぞ」

「魔物?」

「ああ、ガラテアの山からでっかい鳥の魔物が現れて、このあたりの獣を獲っていくらしい。昨日は川向こうの村の牛が獲られたとかで、騒ぎになっててな。おかげでこっちは一回交代ナシで見張りだよ」


 ガラテアって、確か仲の悪い隣国だっけ?

 考えていると、カヤンが服の裾をちょんと引っ張った。


「お姉ちゃん、本当に夜は危ないんだ。今夜はうちに泊まって、お城へ行くのは明日にしたほうがいいと思う」

「うーん、そうかな……」


 確かに、命あっての物種だもんね。だけど、お城まで歩いて行って、そのあと門番に事情を離したら信じてもらえるのだろうか。


「いやあ、勇者様のお仲間だっていうなら楽勝だろ。とてもそうは見えないけど」


 兵士はにやにやしている。

 あ、これ、もしかして煽られていますね?

 まあ確かに、私は一人ではなにもできないし魔物が来たって戦えない。でも仕方ないじゃん、オマケなんだぞ! 小鳥遊くんを呼び寄せることはできるけど、本人がいないんじゃどうしようもないし。


 ん?

 どうしようもないか?

 試してみる?


 思いついて、私は指輪を外した。





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