第12話 はじめての乗馬
視界に小鳥遊くんはいない。
そもそもこっちに来ているかもわからない。
来ているといいな~という願望を込めて、呼びかける。
“小鳥遊くん、小鳥遊くん、聞こえますか? 今、貴方の心に直接呼びかけています”
どこかで聞いたようなフレーズになってしまった。
3回ほど唱えたところで、遠くからざらりとした感覚。
“……お前な、非常時にそういうのやめろ!!”
おおう、なんか怒ってる?
でもちゃんと届いた!
“小鳥遊くん! よかった~”
“いいから今すぐ俺を呼べ!”
向こうがどこで何しているのかわからないのが不安だったけど、これで心置きなく呼べる。
距離があるから一気にここまで呼べるかどうかは別として、意思の疎通ができるだけでめっちゃホッとして崩れ落ちそう。
「小鳥遊くん、来て!」
「お前なあ!」
「はやっ」
毎度のことながら前触れもなく瞬時に現れるのは心臓に悪い。
せめてエリシャの召喚みたいにキラキラしてくれたら心の準備ができるのに。
「うわあ!」
「勇者様だ!」
兵士は驚いて腰を抜かし、カヤンくんは喜んでぴょんと跳ねた。
小鳥遊くんはスウェットの上下でちっとも勇者っぽくなかったけれど、背は高いし姿勢は良いし顔もまあまあなので見栄えは悪くない。ちょっとズルくない?
「こっちに来てるならなんですぐ呼ばないんだよ!」
「だって、さっき目が覚めたんだもん」
「は?」
「召喚されたの夜中でしょ? 私、ぐっすり寝てたから」
「召喚された時点で起きるだろ、普通」
「んー」
カヤンくんを見ると、ちょっと笑いをこらえた顔で彼も私を見上げている。
「ごめん、地面でぐっすり寝てた」
「はあ?」
「カヤンくんの家に運び込まれても起きなかったみたい。ね?」
「カヤンくん?」
小鳥遊くんは、ようやく私の横にいる少年が誰なのか認識したらしい。
「……もしかして、この前の」
「カヤンといいます。勇者様に助けてもらったこと、母さんから聞きました」
行儀よく頭を下げる。
まだ小学校低学年くらいかなって感じなのに、しっかりしてるなあ。
「ありがとうございました、勇者様」
そして素直だ。
これには何故か激おこ小鳥遊くんもにっこりなはずである。
ほーら怖い顔してないでにっこりして? ね?
「そうか、無事ならよかった。あんまり親に心配かけるなよ」
ポン、と頭に手を置いて、勇者さまは唇を斜めにした。
男子高校生にあるまじきクール加減なんだけど、なんじゃそれやっぱ勇者だから?
「はい、勇者様。それから、お姉ちゃんの言っていたことは本当です。家の前に倒れていて心配したんですけど、ぐっすり寝ているだけでした」
「なるほど?」
小鳥遊くんが私を横目で見た。
「お前、どういう神経してんだよ」
「仕方ないじゃん、ノンレム睡眠中だったんだよきっと」
「……」
「ええっと、心配かけたなら、ごめんね?」
はっきり言葉にはなってないけど、ずっと心配してくれていたらしい気持ちが流れ込んできて、急に申し訳なくなった。意外と心配性? ていうか、いい人かもね、小鳥遊くん。
「別にいい人じゃねーから」
「え、あっ!」
指輪を外してるの、またもや忘れてたぁ!
てことは、ここまで私の考えていたこと、ダダ漏れか? 慌てて小指に嵌めなおすけど、今更遅いですよね~。やばい、なんか変なこと考えてなかったっけ? いや、ホッとしてたから邪念の入る余裕はなかったはず。大丈夫大丈夫。
百面相な私を眺めてから、小鳥遊くんは大きく息をついた。
「まあいい。とにかくいったん城へ行こう」
「お城に?」
「今回の敵は夜しか現れないらしい」
「夜しか現れない?」
私は座り込んでいる兵士を見る。
さっき大きな鳥の魔物が夜になると現れる、とか言ってったっけ?
「それって、大きな鳥の魔物?」
「良く知ってるな」
「ちょうどさっき話をきいたところだったの。そこの兵士さんに」
煽られたんだけどさ。
まあでもいっか、びっくりして腰を抜かしてるし私は確かに何もできない、できそうにも見えないんだから仕方なし。
「奇遇だな。こっちも、その魔物について話を聞いていたとこだった」
「エリシャちゃんに?」
「いや、国王」
「ああ、国王――、王様!?」
小鳥遊くん、王様としゃべったの!?
「何驚いてるんだ、エリシャの従兄弟だぞ」
「いとこ?」
「つまり、うちの母の子孫。親戚だろ」
関係人物がみんな王族だった件について。
いやー私のオマケっぷりが際立っちゃうなあ……はあ。
「えーっと、エリシャちゃんの従兄弟ってことは、王様って若いの?」
「正確な歳は知らん。けど、若いぞ」
ふーん、なんとなく白髪がくるんと巻いてて髭のある王様を予想していたからちょっと残念。そんなことを考えていたら、小鳥遊くんがすうっと目を細めた。
「お前、トランプのキングみたいなの想像してただろ」
「なんでわかったのぉ!?」
兵士は馬を貸してくれた。兵士の馬ではないけどな!
まあ、これで私を煽ったことはチャラにしましょう。小鳥遊くんが王様の話を出したくらいから、可哀そうなくらいビビってたし。
カヤンくんにお礼を言って別れてから、私と小鳥遊くんは馬に二人乗りだ。
『俺が抱えて走ってもいいけど』と言われたけど丁重に辞退させていただいて、馬は妥協である。どっちで行っても小鳥遊くんとはゼロ距離だけど、恥ずかしいとか緊張しちゃーうとかそういう甘酸っぱい感情を抱く余裕は全く無いので安心してほしい。
落ちそうで怖い!
太ももに力入れろって言われるけど辛い!
揺れるとお尻が痛い!
の3本でお送りしたいと思います。
「やっぱ俺が抱えたほうが速かったかもな」
「そうかも」
「おい、あんま緊張するな。つられて馬が緊張する」
「そうかも」
「人の話を聞いてるか?」
「そうかも」
「……ダメだな、これ」
そんな会話を続けながら、城門についた時にはもうへとへとだ。地上に降りた時には心底安心してマジで泣きそうになりましたとも。
「死ぬかと思った……」
「死なん」
小鳥遊くんはにべもない。
こっちは足がめっちゃガクガクしてるんですけど!? 歩くのすら大変なんですけど!?
勝手知ったる様子でずんずん進んでいくスウェット上下の小鳥遊くんに対し、兵士は敬礼するし文官みたいな人も立ち止まって会釈というか、目礼をする。やっぱ勇者は伊達じゃないんだ。
「どんどん入って大丈夫なの?」
「ああ、ちょい前にひと月くらい住んでたことがあるから、まあ家みたいなもん」
「ひと月!?」
「編入する前の話」
「ふうん」
あまり話したくはなさそうなので、頷くだけで止めておく。
きっと大変なこともいっぱいあったんだろうな~。前に異世界は不便だってぼやいてたのは滞在済だったからか。
「じゃあさ、王様ってどんな人?」
「あーそうだな」
小鳥遊くんはちらりと私を見て、少し困った顔をした。
「面倒な奴だけど悪気はないから、何を言われても流せ」
「え、流すようなこと言われるの?」
「おそらく」
「私が?」
「ああ」
「何を?」
「まあ、会えばわかる」
なーんか歯切れが悪いよね。どんな人かわかれば心構えもできるのに、とか考えている間に、長い廊下に出た。扉につながる階段の前、左右に立派な鎧をつけて長い槍を持った兵隊さんが立っている。
「カシュー王は?」
「はい、エリシャ様とご一緒に中でお待ちです。タイガ様が来たらすぐに入っていただくように仰せつかっております」
左の兵士さんが落ち着いた声で応えた。
わー、もしかして騎士様ってやつ? それとも近衛兵? 親衛隊?
いまいち違いがわかってない私だけど、とにかく今まで見た兵士さんたちと違うことはわかる。
「失礼ですが、お連れの方は?」
今度は右の兵士さんが私を見て言った。
「俺の仲間」
お、クラスメイトから仲間にランクアップじゃん。
「佐藤っていうんだけど、いろいろトロいから何かあったら手を貸してやってくれ」
「は」
「かしこまりました」
おい、紹介の仕方! 確かになんもできないけど、いろいろトロいはひどくない? ひど……くもないか? オマケで召喚されてるし、召喚されても連絡せずぐーすか寝てるし、馬にも乗れない、戦えない。うん、この世界ではトロいと言われても仕方ないですね。
「じゃ、入るか。開けてくれ」
「は」
二人の兵士さんが槍の柄でダン!と床を叩く。
「扉を開けよ!」
その声と同時に、両開きの扉が開き始める。なるほど、さっきのダン!は合図だったわけだ。開けているのは、中にいる人らしい。
扉はゆっくり開いていって、奥のほうに誰かがいるのが見えた。
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