第19話 はじめての密会


「無理を言って悪かったね」

「いっ、いえ、はじめまして!」


 ひえー、なんか緊張する!

 まあ、同級生のお父さんにわざわざ会うっていうのも普通じゃないし、相手は元勇者様だし、緊張しても当たり前じゃん。


「こんな場所で悪いけど、レイナの前では話しにくいこともあるから」


 そう、つまり密会なのである。


 にこ、と笑うお父様は小鳥遊くんとはタイプがまた違う。どっちかっていうと、典型的な主人公タイプ? おじさんになっても爽やかを保ってるのだから、さぞかし昔はモテただろうな~ていうか、今でも普通にモテそう。


 ちなみに場所はカラオケボックスである。周囲に気兼ねなく話せるから、というチョイスらしいけど、大正解だと思う。大人・高校生・高校生で異世界のディープな話とか周囲に不審がられること間違い無しだもん。


「まずは謝らなければね」

「え?」

「うちの大河が、大変なことに巻き込んでしまって申し訳ない」


 言いながら、お父様はぺこりと頭を下げた。

 いや、そういうの、困る。別に小鳥遊くんが巻き込みたくて巻き込んだわけじゃない。むしろ私が巻き込まれて召喚されていることで、足手まといになっているところもあるし、彼の負担は増えたかもしれない。


「誰のせいでもないと思うので、あの、謝られると困ります」

「そう言って貰えるのは嬉しいけれど、やはり危険はあるからね。大事なお嬢さんを危ないめにあわせているのだから、本来は君のご両親にも挨拶と謝罪に行くべきなんだろうが……、」


 そこまで言って、左右に首を振る。


「流石に信じてもらえないだろうから」


 ですよねー。

 ていうか、家に来られて謝られても困る。異世界なんて話を出したら馬鹿にしてるのかって怒りそうだし、絶対に妙な邪推をされそうだ。


「とにかく、大河には命をかけて君を守るように言ってあるから」

「えっ」


 私は思わず隣の小鳥遊くんを見た。小鳥遊くんはといえば、当然みたいな顔をしている。

 いやいやちょっと待ってよ、命をかけてとか、重くない?

 確かにあの怪獣を見たら危険が無いと言い切れないのはわかるよ。でもさ、私を守って小鳥遊くんに何かあったらこっちとしては責任を感じるじゃん!

 となれば、私ができることはひとつしか無い。


「……じゃあ私、危ない目に遭わないように気をつけます」

「ふむ」


 お父様は1秒ほど私の顔を眺めて、それから小鳥遊くんのほうを見た。


「話のわかるお嬢さんじゃないか。お前は運がいい」

「母さんに比べたら誰でも『話がわかるお嬢さん』だろ」

「はは、それはそうだな」


 えー。

 お母様、おっとりしたお姫様に見えるけどなあ。

 まあ、あんまり深く踏み込まないでおこう、嫌な予感がする。


「さて、じゃあ今日の本題だ」

「本題? そんなのあったのかよ」

「もちろんだ。でなきゃわざわざ佐藤さんを呼びつけた意味が無い」

「普通に面白半分かと思った」

「ま、息子のクラスメイトに会ってみたいという気持ちはあるけどな」


 軽く笑ってみせてから、お父様は小鳥遊くんと私の顔を順番に見た。


「今日話したかったのは、ガラテア王国の魔法障壁についてだ」

「ああ、あれか。俺もちょっと不思議に思ってた」


 小鳥遊くんが真顔になって頷く。


「いくらガラテアの王族が強力な魔法使いでも、誰か1人の魔力であんな頑丈ででっかい障壁を10年近く保ってられるもんなのか?」

「そう、それだよ」


 確かに。

 国ひとつをまるごと囲んで守っているって、ちょっと想像がつかない。異世界の『国』はこっちだと世界史で習った『都市国家』みたいな感じ? それほどは大きくはないイメージだけど、それにしたって充分すごいと思う。


「実は、当時のガラテア王とは知り合いだったんだ。共に魔物と戦った戦友と言ってもいい」

「は? ガラテアは昔からミステアと敵対してたんじゃなかったか?」

「仲は良くなかったが、そのころは魔王軍という共通の敵がいた。国の存続がかかっていれば敵国であろうと協力もするさ」


 お父様がひょいと肩をすくめる。うーん、この人やっぱりモテただろうな、という仕草だ。


「で、当時からガラテアでは魔法道具の作成が盛んだった」

「魔法道具?」

「そう。簡単なものなら、佐藤さんが嵌めているレイナの指輪も魔法道具だ。魔王との戦いでは、ガラテアの道具にずいぶんと助けられたよ」


 そう言っておいてから、お父様は唇に人差し指をあてた。


「あ、この話は絶対にレイナの前ではしないように。ここだけの話、私たち3人の秘密だ」

「なんでだよ」

「当時のガラテア王は女性だったのさ、それは麗しい女王様だった」

「……」

「…………」


 あー……なるほどお、察しました。

 おそらく小鳥遊くんも同じ気持ちだったのだろう、あからさまな呆れ顔だし。


「親父、あんたマジで、その女癖なんとかしろよ」

「私は何もしていないよ。何故か好意を向けられることはあるけれど、レイナ一筋だからね」

「はー、そうかよ」


 ごちそうさま、というべきか。

 無自覚タラシめ、と糾弾すべきか。

 どっちにしても、このお父様には無駄な気がする。

 しかも驚くべき事に、お父様の言ってることは大概なのにまったく嫌な感じがしない。むしろちょっとずつ好感度が上がっている気さえする。さすが元異世界転移系主人公、おそるべし。


「ははは、まあ当時は本当に色々あったんだが……詳しく聞きたいか?」

「聞きたくねぇよ」

「あ、私も遠慮しておきまーす」

「それは残念」


 にっこり。

 ほらまた私の中でピロンと好感度が上がる音がした。このお父様やばい!

 今、この場では焦点をぼかしてくっきり見ないことでしか自衛する手段が無いんですけど?


「まあ、色んな人と協力して魔王を倒したわけだが、魔王の肉体から溢れた魔力が強烈でな。その魔力を魔法道具に封じ込めたんだ」

「死んだら魔力も消えるんじゃないのか?」

「普通はそうだ。だけど、魔王は規格外だった。身体に膨大な魔力を溜め込んでいて、そいつが溢れ出した。そりゃもう、身体を切ったら血が溢れるのと同じように、淀んだ魔力がドバッとな」


 うわあ。

 この前見た亀の怪獣を思い出しちゃったじゃん。


「そのままにしておけば周囲に悪影響を与える、というわけで、ガラテアの女王があらかじめ用意しておいた魔法道具に、魔王の魔力をそっくり封じ込めた」

「封じ込めた? 消したわけじゃないのか」

「おいそれと消せるもんじゃない。だから、封じ込めるしかなかった」

「それって危なくないか?」

「危ないよ。しかも厳重に保管してゆっくり魔力が衰えていくのを待つしか無い。女王は、千年単位の話になると言っていた」

「電池の放電みたいですね……」


 思わず呟いた。

 いや、放電に数千年はかからないだろうけど、イメージとしてはそんな感じだ。

 お父様は私の顔を見て、小さく頷く。


「そうだね……国一つどころか大陸ごと吹き飛ばすくらいの魔力を封じ込めた電池になってしまったが」


 それは電池じゃなくて爆弾です。

 そんな魔王相手に勝っちゃうなんて、やっぱりお父様は相当強かった、そしてきっとモテモテだったんだろうな~、ある意味正しい異世界転移もののヒーローの姿だといえる。


「そんな物騒なモン、遺すなよ」


 ホントだよ。だって封じ込められた魔力とやらを利用すれば、魔王並のことができてしまうってことでしょ――あ。


 国をぐるりと囲む魔法障壁。

 非常識なほど膨大な魔力をまかなっているのは……もしかして。


「……ちょっと待て、その魔法道具、今どこにあるんだ?」


 同じ事を考えたのか、小鳥遊くんの声が低くなった。

 お父様はまったくひるまず、無敵の笑顔だ。


「もちろん、ガラテア王国だよ」

「は?」

「仕方ないだろう、あれを扱えるのはガラテアの女王だけだった。敵対国の女王とはいえ、彼女は信頼できる女性だ」


 ガラテアの女王様、美人だったんだろうな……。

 そしてお父様は、ほんっとうに女王様のことは信頼していたんだろうな……。

 お母様、たぶん気苦労が絶えなかっただろな……。


「じゃあもしかして、あの障壁は」


 小鳥遊くんの声は低いままだ。

 指輪を外さなくても、ドン引きしているのがわかる、わかるぞ。それでもなお、お父様はちっとも悪びれなかった。


「ああ、話に聞いただけですぐピンと来たよ。ガラテアの魔法障壁はおそらく、昔封じ込めた魔王の魔力を利用して作られている」







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