第17話 はじめての返り血



「おお、タイガよ。待ちかねたぞ」


 現場についてみると立派な天幕があって、王様がいた。

 もちろん護衛の兵士もいるし、偉そうなおじさんたちが何人か並んでいる。


「カシュー……、お前、なんでここにいるんだよ」

「むろん、タイガの活躍を見るためだ。そのために急いで陣を敷いたのだぞ」


 ちらっと横を見ると、エリシャちゃんがとても困った顔をしている。連日の魔物退治だから、準備を整えるのにも王様の許可とか色々大変だったに違いない。だけどぶっちゃけ、これだけたくさん人がいたら魔物が警戒しないかな?

 私はとっとと魔物を倒して現実世界へ戻りたいです。


「アホか。こんなに兵士がいたら敵が警戒するだろ」


 うんうん、小鳥遊くんの言う通りだよ。


「勇者殿、陛下に向かってアホとは、口が過ぎますぞ」

「左様。こたびの急な出陣が叶ったのは陛下が是非にと仰ったからじゃ。慎みなされ」


 王様の左右に立ったおじさんたちがいかにも偉そうに口を揃えた。

 だけど王様は機嫌が良さそうだ。


「いや、かまわぬ。タイガの言うことももっともだ」

「そう思うなら帰れ」

「まあそうつれなくするな。心配せずとも囮の準備は川向こう、しかもこちらが風下で距離も充分とってある」


 そう言って、王様がちらりと私を見た。


「エリシャから聞いた話では、そこのサトーという娘が移動魔法を使うのだろう? 是非ともそれをこの目で見たくてな」

「厳密に言うと魔法ではない」


 小鳥遊くんがはあ、とため息をつく。


「エリシャ、今日の段取りは?」

「はい。陛下の仰る通り、敵をおびき寄せる場所は川向こうです。囮には山羊を準備しておりますわ」


 山羊かあ。牛よりは小さいよね。鳥の魔物がちゃんと見つけて寄ってきてくれるといいけど。


「山羊など準備せずとも、その娘が囮になればはやいのではないか?」


 ギク。

 気付いてしまいましたか。

 確かにわざわざ囮を準備しなくても、私自身が囮になれば手っ取り早いのでは……と、ちらっと考えたこともありました。でもさー、やっぱおっかないじゃん。


「アホか、それじゃ佐藤が危ないだろ」

「そうですわ。サトー様はタイガ様のお仲間で、大切なお客様です」


 うう、小鳥遊くんエリシャちゃんありがとう。

 この世界で信じられるのは二人だけだよ。所詮私はオマケ、偉い人たちにとっては囮の山羊くらいの価値しかないらしい。


「勇者タイガの仲間なのだろう? そのくらいの勇気があっても良いと思うが?」


 特に国王陛下、あなたの株はストップ安です。

 一瞬でも王様の境遇に同情した私が馬鹿だった。帰るためじゃなかったら、そしてエリシャちゃんがいなかったら、絶対こんな国のために働きたくなーい!


「勘違いするな。何度も言うが、佐藤は巻き込まれただけだ。縁もゆかりも無いこの国に手を貸してくれるだけでありがたいと思えよ」

「勇者タイガ、重ね重ね言葉が過ぎるぞ」

「陛下に向かって不遜にもほどがあろう」


 左右のおじさんが勢い込んで止めに入るのを、カシュー王が片手を上げて止めた。


「いや、良い。理解したぞタイガ。サトーを客人と認めよう」


 ぜーったい解ってないでしょ!?

 客人として認めて欲しいとかそういう話じゃないのに、この王様マジで話が通じない。てか、ただただ小鳥遊くんが大好きなだけでしょこれ。


「エリシャ、客人サトーのため、特に太った山羊を用意しろよ」

「はい、かしこまりました」


 エリシャちゃんは胸に手を当てて目礼する。


 もしかしてこの国でまともなのはエリシャちゃんだけなのか? 

 それとも国境に駐屯しているという軍隊にはもうちょっとまともな家臣が存在するのか? 


 現在確認している限り、小鳥遊くんとエリシャちゃんがいなかったらミステア王国、速攻で滅びそうなんだけど!





“小鳥遊くん、聞こえてる?”

“聞こえる聞こえる。心配するな”


 前回と全く同じやりとりだけど、今日潜んでいるのは藁ではなくて草むらだ。どっちにしてもチクチクするんだけど、贅沢を言っていられる状況ではない。囮の山羊に比べたらまだマシな扱いだよね、いや、そもそも山羊と自分を比べるのも納得いっていない。


“自分で比べてるんだろ。馬鹿なこと考えてないで集中しろよ”

“でもさー、王様が山羊も私も価値は一緒って言ってたじゃん”


 くつり、と笑っているような気配がした。


 最近気付いたことがある。小鳥遊くんは普段あんまり笑わないけど、こうやって心の中で会話していると結構面白がってるなっていう感情を読み取れるのだ。普段からもっと表情に出せばとっつきやすくなるのにね。


“そう怒るなよ”

“王様にめっちゃ好かれてる小鳥遊くんに言われると、複雑”

“好かれても大事にされても全然良い事ないぞ”

“……確かに?”


 こっちに永住するつもりなんてさらさら無いんだから、王様に好かれても仕方ないか。

 今は目の前のお仕事をきっちり済ませよう。油断したら私だって危ないかもだし。


“心配しなくても、ちゃんと守ってやる。すぐ呼べよ”

“やだ、かっこいい。ドキッとした”

“全然してないだろ”


 あはは、バレてる。

 でも、少し嬉しいのはホント。小鳥遊くんの強さは間違い無いし、信頼もしてるからね……ってこれも伝わってたらちょっと恥ずかしいな。


 あまり深く考えるとドツボにはまるので、私は囮の山羊の寝顔を眺めた。

 牛より小さいので、10頭くらい寄せ集められて寝ている。山羊とか牛とかに愛情を感じたことはないけれど、こうして見るとなかなか可愛い動物だ。

 数日前にも、この村の山羊が魔物に襲われたという。鳥の獲物は学習していて、一度狩りが成功した場所を再び訪れることが多い――というのは、全部エリシャから聞いた話。


 暢気に眠っているけど、もし魔物にさらわれたらたぶん食べられちゃうんだろなあ。そう考えるとちょっとせつない……なーんてしんみりしていたら、上空からバサ、と微かな羽音が聞こえた。


 来た。


 流石に昨日の今日の二度目なので間違いないと思う。今夜は藁を被っているわけではないので視界は開けている。首空を見上げると、巨大な鳥の影がぐんぐんと近づいて来た。月が明るいせいか、型で抜かれたみたいに黒く、くっきりと姿が見える。


“来たよ、小鳥遊くん”

“了解、いつでも行ける”


 できるだけ近づくまで待って、だけど山羊たちに触れないうちに、


“小鳥遊くん、来て!”


 呼べば即座に現れる。


「いい距離だ!」


 そう言って剣を横薙ぎに払うと、鳥の魔物の首あたりからぱっとしぶきが散った。気配に気付いた山羊たちがメチャメチャ怯えているすぐ近くに、バランスを崩した魔物がずんっと地響きをたてて地面に落ちる。


「やっべ、すげーかかった」


 かかったって何が?

 と訊く前に小鳥遊くんが振り向いたので、思わず『ひぇ』と声が出てしまった。胸元から顔にかけて、赤い色がぱっと散っている。


「血、血、ついてるよ」

「お前もな」

「え、」


 言われてシャツを見ると、お腹から胸のあたりにぽつぽつと暗い染みがある。幸い、たいした量ではないけれど、返り血を浴びるなんてやっぱり愉快ではない、怖い。


 恐怖を悟られないうちにと思って、ポケットから指輪を出して小指にはめた。立ち上がってもう片方のポケットを探るけど、召喚されたときは寝てたんだもん、当然ハンカチなんては持っていない。そうこうしてる間に、小鳥遊くんは袖口で顔を拭った。


「エリシャに浄化してもらわねーと、このまま戻ったらやばい奴だなこれ」

「うん、完全にやばい人だね」


 もし今もとの世界に戻れるなら、ちゃんと元いた自分の部屋、できる限り同じ時間に戻れますように……! もしもうっかり道ばたとかに戻ったら、間違い無く通報されてしまう!


「……とりあえず川で顔洗ってくる」

「浄化してもらえば綺麗になるでしょ?」

「目に入ってすげー痛いんだよ」


 小鳥遊くんは顔をしかめた。よく見ると、右目あたりに血を拭ったあとが残っている。


「えっ、それまずくない? はやく洗ってきて、ほらほら」


 魔物の血でしょ!?

 毒とか刺激とかありそうで怖いじゃん。


「ん。もし魔物が動いたらすぐ呼べよ」


 物騒な台詞を置いて、小鳥遊くんが川へ走って行った。

 大丈夫かなあ。あの急ぎ方はけっこう痛そうだ。小鳥遊くんはけっこうやせ我慢するところがありそうだから、気をつけなきゃ。


 そう考えたとき、いつものキラキラが現れた。


「え、」


 帰れる?

 てことは、このところ暴れていた鳥の魔物は2匹だったってことだろう。小鳥遊くん、ちゃんと顔を洗えたかなと躊躇っているうちにキラキラが強くなる。


 やばい、これ呼んだ方がいい?

 転移するとき一緒じゃないと、迷子になる可能性があるとか言ってたし、ちょっと怖い。


“小鳥遊くん、戻ってきて!”


 心の中でそう呼んだけど、返事はなかった。

 どうして? と一瞬真っ白になって、それから思い出す。そうだ、指輪、指輪をしていたんだった。最近呼ぶときは指輪を外していたから、心の中で呼ぶのがくせになってた。


「小鳥遊くん、来て!」

「遅ぇよ!」


 息のあがった小鳥遊くんが正面に現れてこちらに手を差し伸べた瞬間、キラキラがまぶしくて目をあけていられなくなった。







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