第16話 どうして君はそんなふうに
今日はゆっくりしておこうかな。
風呂を済ませて軽い勉強も終え、自由時間。ベッドの上でまだ読み終えていなかった小説を読んでいたら電話が掛かってきた。
相手は紗英さんだ。どうしたんだろう。
「もしもし」
「ねぇ、今ちょうど小説の続きを寝る前に読んでいたところなんだけど」
それは良かった。興味をしっかりと持ってくれているのはありがたい。
「このさ、自分勝手なところはあるけれど、それもまた彼女の良さではないだろうかって私のことだよね?」
もしかして怒ってる? いや、もしかしなくても声で分かる。
どうしたものかな。実際それは榮沢さんに当てはめた言葉であるし、僕が書いたことには間違いないし、逃げようがない。
「前に言ったと思うんだけど、完璧なキャラっていうのはどうしても愛着が湧かないというかさ、人間味が無くて、そういう穴をつけたかったんだ」
「だからって裏表がはっきりしていて性格が悪いって、それ穴になるの? ヒロインなんでしょ?」
うーん、さすがにこの説明じゃ納得してもらえないか。
「この作品のコンセプトは恋愛でしょ。人を好きになるっていうのは長所ばかりに目をやるんじゃなくて、そういう欠点ですら包み込んでいくものだと思うから、そういった壁が必要なんだ。せっかく読んでくれている紗英さんに先の展開を伝えるのはなんだけど、一人ライバル的存在がいて、そいつはそういう部分を受け入れられずに去っていくから」
「……まあ、そこまで考えてのものならいいけど」
ふぅ、なんとか理解はしてくれたみたい。まあでもモデルにされて悪く書かれるのが嫌だっていうのは分かるし、僕が悪い部分は大いにある。でも、ここで折れたら作品が全て無に帰ってしまうからプライドで守るしかない。
「ありがとう」
「でも、これって龍斗くんが私に対してこんなふうに思ってるってことだよね?」
「あー、まぁ、否定はしない」
実際わがままなシーンはあったと思う。それ以外にも当然穴は感じたけど、今回は必要以上につけるとただの嫌な人になってしまうからそこをピックアップした。
「私、なにかした? そんな自分の意見が通らないからってあーだこーだ駄々こねるとかはなかったと思うんだけど。むしろ龍斗くんに寄り添ってあげたし」
「そこは脚色があるから」
実際、自分勝手という言葉にまとめているけど今の言葉からもわかるように、上から言葉を発していることは幾度かあったし、昨日の会話からもすこし独占欲のようなものが渦巻いている感じもする。
あとは一応役ではあるのに、私第一みたいな空気感で話されるのも辛い。
たしかに僕は紗英さんが好き……だった。柔らかい笑みを浮かべ、いつも藤宮たちと仲良さそうに集まっては話している。髪型だったり、その雰囲気だったりが好みで第一印象で特別視していた。
ただ、やっぱり穴はあったということ。
「脚色しすぎだよ。龍斗くんも好きで書いている子をそんな悪くしたい?」
ほらまた。状況的に僕が密かに紗英さんに恋心を抱いていたのは明白だったから、いつ気付いたのかは分からないけど、それなりにこういうあなたの好きな私をもっと愛でなさいみたいな空気を感じてしまう。
「そこは心を鬼にして書いてるよ。でも、嫌だったよね、見せられて」
「そりゃそうでしょ」
「それはごめん。でも、書き直してたらまたただの良い人が出来上がるだけだから、紗英さんとは程遠い難点をつけておくよ。それでも結局それが本心かどうかは分からないだろうから、読んでもらうのも控える」
「そうね。そうした方がいいとは思う。私も変なとこ足突っ込みすぎちゃったのかも。恋人役ってのも本当はテスト終わりのお出かけが済んでから解消しようと思ってたけど、ここらで一回やめておくべきね」
そこまで来たか。
まあ、嫌だったんなら仕方ないし、そういうところをそのまま反映させちゃうのが僕の穴だったのかな。
それに全般的に悪いのは僕なんだから。
「わかった、そうしよう。じゃあ、また学校でね」
「うん。バイバイ」
パッと切られ、ツー、ツーと流れる音が非常に耳障りだ。
ああ、やってしまった。
なんとなくだけどいつかはこうなるとわかっていたはずなのに、胸の痛みは引かないみたい。今回のことで言えば、もっと配慮すべきだったことと、感情に任せて執筆をするものではないと反省点はたくさんある。
ああ、もう何もしたくない。眠気もどこかへ飛んでいったし、さっきまで読んでいた小説でさえ興味が失せた。胸の奥がずっとモヤモヤしてそれがストレスでものにあたりたくすらなる。
こんなときに気楽に話せる相手でもいたらいいんだけど……ちょっとかけてみるか。
コール音が数回、次には留守番電話に繋がるんじゃないかというところで出てくれる。
「こんな夜遅くにどうしたの? 眠いんだけど」
「いやー、ちょっと誰かと話したくてさ。寝たかったら切ってもらっていいから、ちょっと付き合ってほしいな」
「仕方ないなー。本当ちょっとだけだかんね」
「ありがとう」
眠いという割には明るい声で振る舞ってくれる藤宮。今の僕には光でしかない。
「それで何話す? さすがに勉強のことはやめてよ」
「さすがにないない。ちょっと聞きたいことっていうかさ、聞いてほしいことがあるんだよ」
「ふんふん、なにかなー?」
可愛い声だなー。ふわふわしてて本当に眠いんだ。それに傷が癒されていって幸福感が半端ない。
「たとえばさ、気になる子がいたけどそりが合わずに疎遠になりそうになっていたとする。そういうとき、手を伸ばすべきかどうか。藤宮はどうする?」
「自分次第の話だからね。まあでも、あたしなら必要以上に干渉しないかな。だって無理に近付いて嫌な時間をつくりたくないし、結局そういう合わないって感じた部分を上手く消化してあげられなかったのなら時を置いても変わらないんじゃない。自分の本質的な問題でもあるだろうから」
思っていた数倍の真面目な答えが返ってきた。
もっと気楽に行きなよぐらいの軽い言葉でもいいからと思っていたが、まさかここまでとは。それに話してくれたことは理解できるし、共感もしやすい。
なにより大事にすべきは自分で、そこを無理に崩してまで付き合う相手なのか。そういった判別ができるようになった方がいいよね。
「別にその子が人生の全てじゃないんだから、もっと視野広げてこうよ。うちらのグループでもわかるように寧音みたいな自分の欲望に忠実なタイプもいれば、紗英のような気が強くて独占欲の高いタイプもいる。それから背が小さくて胸が大きいっていう特徴を生かして好きな趣味に没頭する明梨みたいなタイプもね。
そこでいろいろな人がいるんだって知れたから。もちろんみんな可愛いし、楽しいしね」
「ありがとう。そうだよね、自分から狭くする必要ないよね」
「そうそう。それこそ、今の小笠原って多分だけど幅広げられてるんじゃない? 紗英とか今日は寧音と仲良さそうにしてたし、あとは明梨だけじゃん」
その内の一人が相談内容の人物なんだけどね。まさか恋人役なんてやっていたとは思わないだろうな。
「言われてみればね。まあ、寧音さんには弄られてただけなんだけど。そう思うと一番距離が近くなったのはなんだかんだ藤宮かもね」
紗英さんとは役になっただけで接し方が近くなったような雰囲気はあまり感じなかったし、僕がどうしても緊張しちゃっているところがある。
「距離は遠くなったけどね、たった一つの出来事で」
「いや、あれは……すみません」
「ふふっ、別にもう何とも思ってないよ。それに今日なんだかんだ言ってあたしが気まずい感じで全然話せなくて、むしろごめん」
「いやいや、そんなの当たり前だから藤宮が謝ることなんて何もないよ」
あれは本当に最悪の出来事だったけど、そこまで時間をかけずに藤宮が切り替えてくれたおかげでこうして話せているわけだし、学校で話さないのはこれまでとなんら変わらないし、気にするようなことでもない。
「それにしてもさ、せんせぇもやっぱりああういうの好きなんだね」
「いや、呼び名……」
昨日も少し感じてはいたけど、藤宮はこのニックネームの使い方を楽しみすぎている。ただ二人のときに親しみを込めたものではなくて、ほとんどがからかうために使われている気がしてならない。
まあ、なんでも可愛いからいいんだけど。多分今もこの空気感を楽しんで笑みを浮かべてくれているはずだ。
「まあ、男だからねとしかコメントのしようがないんだけど。何が欲しいの?」
「んー、実際うちら四人……って明梨のこと覚えてる?」
「一応外見はね。さっき言っていたように特徴的な人だから。茶髪のミディアムヘアだったよね」
「へー、髪型のこともわかってるんだ」
「なんとなくだけどね」
本当に簡単なことしか知らないが、小説を書く上でキャラクターの設定をつくるために覚えていたし、リアルで見れた方が頭のなかで置き換えがしやすいから容姿は特に覚えていることが多い。その分、花房さんみたいに名前をちゃんと記憶できていないから良いか悪いかで言えば微妙なところだけど。
「わかってるならなおさら知りたいんだけど、うちら四人だったらどういうタイプが好みなの?」
「それ、選択肢のなかに入ってる藤宮で言うの嫌だよ」
「まあまあ、いいじゃん。別に誰選んでもその子に伝えとくみたいなことはないからさ」
余程知りたいことなのか引かない。
それにそういうことをするとは思えないけど、問題はそこじゃないんだよね。ついさっきまでなら迷わず榮沢さんって答えていただろうに、今は何とも言えない。
もちろんみんな平等なんて面白くない答え方はしないし、嫌がり続けて答えないなんてこともしないけど、どうしようかな。
「藤宮を信頼して応えるからちゃんと黙っててよ」
「おけおけ。んで、誰?」
「それは、まあ……」
うぅ、やだなー。これ口にするの。
「今は藤宮かな」
「だろうなーって思ってたよ」
「なにそれ」
うわー、凄い恥ずかしい。顔がもう真っ赤っか。いや、もちろん紗英さんのことは好きだったし、そんなすぐ切り替わるのかと言われれば違うと思う。でも、僕が好きだったのはあくまで紗英さんの表面だけで現状知っている情報を合わせたら申し訳ないけど、気分は全く上がらなかった。
花房さんや明梨さんを選ばなかったのは逆に何も知らなさすぎるから。
その点、藤宮は喫茶店に行ったときに思ったけど店の雰囲気を壊すような言動はしないし、その場の楽しみ方を理解して動いているように思える。それとやっぱり昨日の事件の対処の仕方が凄く好印象だった。最終的に僕に責任を押し付けてきたり、誰かに晒すようなことをしたり、そういった道徳心の内容なことは今のところ見られないうえにこうして電話にも出て話があると言えば真面目に意見を発してくれる。
そんな中身を少しでも知っているからこそ、選択肢は藤宮以外すぐに消えていった。
あと、だろうなーって可愛すぎる気しかしません。
「忖度でもなんでも嬉しいもんだね」
「さすがにこんなことで忖度なんてしないって」
「えー、さらに持ち上げてくれんじゃん。逆になんかキモいんだけど」
「なんでそうなるんだよ」
うーん、こういう反応のひとつひとつがまた堪りませんな。こうも明るく負の言葉をぶつけられても全然痛くないし、こっちがちゃんとそこを冗談だろうと流さず改善していこうと受け取ればプラスにしかならない。
「まあ、でも、本当に嬉しいよ」
そして、こういう言い方がズルイ。それとさっきまでと違って明るさに振り切っていた声色ではなくて、小さく実は音を拾われない距離で呟いたんじゃないかと思うぐらいの声量。
こんなの好きにならないはずがないんだ、人として。誰だって自分が好みだと思う子と仲良くしたいし、そのなかで特に感情が揺さぶられるような子と恋愛してみたいと思うもの。だからこそ、もう僕の心は鷲掴みされている。
この距離感でいいからずっと仲良くしていたいと思わされている。
「はいはい。じゃあ、今日はここまで。話聞いてくれてありがと」
「早く切り上げようとして、恥ずかしかったんだ。本当可愛いねー、せんせぇは」
これ以上は僕の心が持ちません。いろんな感情ではちきれてしまいそうです。
どうしてそんなすらすらとからかうような言葉が出てくるんですか。可愛さの権化ですか、あなたは。
「ふわぁ、まあでも、あたしも流石に眠いかも。おやすみー」
「はい、おやすみ」
ふぅ……良かった。これで僕の心は救われた。
よし、頭が変な方向に思考を変える前にもう寝てしまおう。
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