第7話 外堀から埋めていく

 修たちにモテ期襲来だなんてからかわれてしまった。

 大本命からの希望が既にないに等しいから胸に来るものがあったな。まあ、ここからその本命さんと藤宮さんとの勉強会というイベントだから楽しみなことには変わりないけど。

 これがファミレスみたいな場所だったら勉強会という名のお喋り会で仲良くなれるチャンスだったのにとは思う。図書室指定は本当に教えてほしいだけで僕からは下心出せないし、全力で学力をアピールするしかなさそうだ。ただ、言っても中の上ぐらいの高校だから自慢にもならないんだよね。

 とにかく頑張ろうと意気込んで図書室まで向かっている途中、まだ校内にいた寧音さんが明らかな体育会系の男二人と歩いていたのは見なかったことにしよう。


「うわっ、人多いなぁ」


 ガラガラと扉を開けると音が気に障ったのか十数人もの視線を一身に受ける。

 そのなかから見覚えのある二人を見つけたまでは良かったものの、その配置に疑問を浮かべるほかなかった。

 三席の内、最奥に藤宮さんが、そして手前に榮沢さんがノートを広げて待っているのだけど、僕が真ん中に座るってことですか? いやいやいや……えっ? いやいやいや……マジか。

 たしかに両者に教えるのであればそれが最適解だというのはよく分かる。わかるけどもだ。端っこの席ならまだしも中央近くで対面には見知らぬ女性が並んでいるじゃないか。

 そこに今から僕は行くのか。

 ああ、逃げたくてもちょうど今藤宮さんと目が合ってしまった。声を出さないように手で招いてくれている。

 ここはもう覚悟を決めて向かうしか道は残されていないようだ。


「お待たせ」


 榮沢さんの前に来たところでようやく小声で話しかけた。


「うちらも話しながら待ってたから大丈夫だよ。ほらっ、ここ座りな」


 席取りの為に置いていた自分の鞄を恐らく自習期間中にのみ設置されているのだろう荷物置きのかごにいれた藤宮さんに言われた通り、開いた席に座る。

 もうこの時点で前方からの視線が痛い。僕も荷物をかごのなかに仕舞おうとしている間も遠慮なく視線をちらつかせてくる。

 そりゃそうだよね。前髪が片目にかかっていて体格が良いわけでもない陰キャに見られて仕方のない男が可愛い女の子二人を待たせてやってきたんだから。僕でもそんな現場見たらついつい気になってしまうもの。

 なにか言って空気を悪くするのは迷惑だからここは我慢しておこう。普段はこんな場所に晒されることがないから耐えられるか心配だなー。


「ねぇ、小笠原さ、あたしは古文教えてほしいんだよね。意味が分からな過ぎて授業全然入ってこないんよ」

「その問題集を教えて欲しいの?」

「そうそう。マジ日本語使えって感じだよね」

「ハハ……」


 うーん、可愛すぎませんか神様。いつも楽しくおしゃべりしているところばかり見てきたからイメージとしてちょっと頭は悪いのかなーなんて思っていたけど、案の定で安心した。

 こういう言い方は失礼だけど、これでもさらに下には榮沢さんがいるんだよね……。

 顔をそちらに向けると偶然目が合ってしまう。


「あっ、今私のこと本当に馬鹿なんだなって思ってたでしょ。優美より下だって知ってるから」

「さすがにそれはないって」


 流暢に嘘が出てきて自分でも驚きだ。でも、本音を話すことなんてできないよね。

 苦笑を浮かべてしまっているのは自覚しているけど、そこまで僕に興味がないようで榮沢さんはバッグのなかからなにかを取り出していた。

 姿を現すとそれが僕が貸したノートと紐で封を締められた黄色の小袋であることがわかる。


「これ、先に渡しておくね。あと、このノートはもう少し借りて最後まで読んでもいい?」

「僕は構わないよ。こっちはありがたく頂いておく」


 なるほど、多分昨日言っていた紅茶のやつだな。

 ちょうど藤宮さんが古文の問題とにらめっこし始めたところで今のうちにということなのだろう。これは大事にしたいけど、せっかく頂いたんだからさっそく今日勉強中に飲んでみようか。

 さて、この話は一旦置いておくとして、こちらも勉強の話に移ろう。

 僕も持ってきていたファイルを榮沢さんに渡して二人が分からない問題にぶつかったら教えるという形で始めたはいいものの、殆ど自分のことに時間を割くことができないのは目に見えていた。そのせいで首を左右に動かしすぎて少し痛い。


「いやー、マジありがとね。完璧じゃないけど、なんとなくわかってはきた」


 時刻は六時前。開放時間ぎりぎりまで教えていたため、既に図書室のなかに残っている人数は僕たちを含めて十人ぐらいしかいない。榮沢さんは教室に忘れ物をしたと取りに行っているところだ。

 結局前の女子達は早々と帰っていったのだがそのせいで奥にいた男子たちから見えるようになり、より一層視線を感じるようになっていつもより教えるのが下手になってしまった。


「ちょっといいところ見せようとしたけど、緊張しちゃってわかりにくくなってしまった箇所が少なからずあったはずなのにここまでできたのは才能だと思うよ」

「だよね! あたし成長力あんなりだわ」

「ふふっ、そういうふうに楽しく勉強出来たら間違えても諦めないで済むから、藤宮さんはこれからどんどん吸収していって賢くなれるよ」


 満面の笑みで八割ほど丸のついた問題集を嬉しそうに見つめている藤宮さんが微笑ましい。実際に僕が話しているときはずっと聞いて、一区切りしたら疑問に思ったことを全て吐き出してくれるからどこが説明不足であったか分かりやすく、順調に進んでいった。


「いやー、でもさすがに一人だとここまでやる気でる気しないわ。また明日もさ、一緒にやろうよ」

「えっ? あー、さすがに明日はダメかな」


 大変喜ばしい限りではあるが、修たちと息抜きに遊ぶ約束をしている。こんなご褒美を手放すほどのことでもないけど、今日も断ってきたからさすがに二日連続っていうのはバツが悪い。特に僕と同じで彼女がいない渡木には何て言われるか。


「何か用事あんの?」


 本当に教え方を気に入ってもらえたみたいで教師としてご所望のようだ。

 広げられていた教科書やドリルを鞄のなかに仕舞いながらなのが少し悲しいけど。


「今日いた修たちと約束があってさ」

「そっか、なら仕方ないか。でも、あと一回は教えてほしいんだよね。古文だけじゃなくて現代文も聞きたいし」

「なら、明後日にしよう。僕も勉強をする口実ができるのは助かるから」

「あんがと。あっ、もしよかったらさ、個別授業みたいな感じの一対一でお願いしたいんだけどいい? 時間が足んなくて」

「あー、そういうことなら藤宮さんが良ければだけど、ファミレスでしない? ドリンクとかポテトとか息抜きに使える要素が多いうえに声を出しても問題ないから環境としては十分すぎると思うんだ。どうかな?」


 藤宮さん自身が言っていたように僕も今日のやり方だと限界があるとは感じていたからこの提案は妥当だろう。許可してくれればの話だけど、多分今はやる気に満ちているだろうから通るはず。


「あたしは全然いいよ」


 やっぱりね。

 ここまでわかりやすく反応してもらえると教え甲斐があるというもの。こっちまで気持ちよくなって相乗効果が半端ない。

 榮沢さんの場合はただいるだけで僕のテンションがMAXになるんだから、そう考えるとどれほどのバフがかかっているんだろうか。

 そんなことを考えていたらちょうど榮沢さんが戻ってきた。


「それじゃあ、帰ろうか」


 呼びかけに二人とも頷いて図書室から出ていく。

 結局ロッカーで靴を履き替え校門を抜けるまで周囲の視線が刺さり続けていたことはもう考えるのをやめた。

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