第6話 友人からのお誘い

 小笠原くんとのプチ勉強会が終わった。

 あまりにもアプローチがなかったから催促するようなメッセージを送ってしまったものの、嫌がってはいないみたいだった。自分で言うのもなんだけど、多分好いてくれているんだから当たり前か。

 勢いというか、この押しに弱い感じが本当っぽくて今のうちに約束取り付けちゃえって恋人役の話をしてしまったのは反省点。ただ、無事成功して良かったなとは思う。

 それにしても小笠原くんが内気すぎるのか、欲しかったものが手に入ったら興味がなくなってしまう性格なのか、あまりにも行動がないのは嫌だな。多分前者なんだろうけど。


『この時間は電話出れないってことあるの?』


 こういうことをわざわざ聞いてくるところははっきり言って面倒臭い。そんなの日にちに寄るし、友達との用事もあるし、毎日毎日同じことしかしていない人間なんていないってことわからないかな。


『出れなかったら今は無理ってことだよ。LINEは見てる見てないで確実じゃないから、用事があるときは電話の方が助かる』

『わかった。また明日、学校でね』

『お昼、あまり話せない分、夜のお勉強会でたくさん話せると嬉しいね。おやすみ』

『頑張ってみるよ。おやすみ』


 こんな日常のやりとりも小説の参考にしているってことだよね。たしかに学校ではあまり話さないけど裏で繋がっているなんて設定は夢があるとは思う。特に人付き合いが苦手な子からしたら勇気をもらえるということも踏まえて。

 私は少女漫画ですらあまり触れてこなかったから共感というほどの一致による快感はないけれど、理屈は分かる。

 いつかこの作品がインターネットに放たれて、どこの誰かもわからない人に読まれて良くも悪くも反応をもらえるようになれば手伝った甲斐があるというもの。どういう文章が技術が高いかなんてわからないから、今のところ読み終えたところまででの評価はできない。

 主人公くんが皆から好かれていて、立場的に女の子側が下なのは少女漫画チックであるけど、視点は主人公くんで全然振り向いてくれないヒロインにどうしても自分に興味を持たせたいという支配欲が生まれる基盤は個人的に好きだったけどね。

 まだ完全に読み終えてないし、もし小笠原くんが良いって言うならもう一度借りて今ある分を最後まで読み切ろう。


「そういえば、今日ずっと名字呼びだったなー。せっかく疑似恋愛しているんだから、呼び名を変えてみるのはいいかも。小笠原くんの下の名前って何て言うんだろ」


 素直に白状すると全く覚えていない。でも、見覚えや聞き覚えはある。たしかつい最近見た気がするんだけどなんだっけ?

 本人に聞くのは違うなとLINEを開いたところで、ちょうど一番上にいたトーク爛の文字が目についた。

 小笠原龍斗。そうだ、龍斗くんだ。よし、名前が分かったことだし、次は呼び名の話をしてみよう。いや、特に何も言わず、急に下の名で呼んだ時の反応を確かめてみてもいい。

 多分、龍斗くんなら可愛らしい姿を見せてくれるはず。

 その光景を思い浮かべたらついふふっと笑ってしまう。

 さて、今日はこのぐらいにして明日に向けて寝よう。いつも以上に頭を使ったから疲れちゃった。



 ☆★



 翌日、退屈な六限目を眠気と戦いながらなんとかやり過ごして今日も解放される。時折、龍斗くんの方を見れば今日も二冊のノートを広げていた。

 私の視線に気付いてもどうしたのと小声で聞いてくるだけでもう隠しもしない。もうすこしあたふたしている姿が見たかった気はするけど、集中して取り組めている証拠だからこれはこれでいい。


「ねぇ、紗英、土日全然遊べなかったし、息抜きにこの後どっかいこ」


 今日も今日とて綺麗に焼けている優美ゆみが話しかけてきた。昨日からLINEで遊びたい遊びたいと駄々こねてたからこのお誘いを断ることは難しそう。

 龍斗くんにまだ紅茶渡せてないんだけどな。あっちからもまだだし。


「あー、わかった……けど」


 ちらと龍斗くんのほうを見ると、タイミングが悪く目が合ってしまう。驚きでそのまま固まってしまった。


「なになに? 小笠原と用事でもあった?」

「いやいや、ないない!」

「そう?」


 慌てて笑みを浮かべて誤魔化してみたけれど、優美は怪訝な表情でいる。


「てか小笠原さ、今日の古文めっちゃ当てられてたけどよく全部答えれんね。頭いいの?」

「まあそうだね」

「即答かよ」


 どうしよう、龍斗くんにまで飛び火しちゃった。優美はガンガン行くタイプだから困らせちゃう前に話しきり上げてあげないと。

 今はまだハハッて笑っているけど、あまり得意そうじゃないし。


「優美が話を聞いてないからでしょ。あれぐら──」

「紗英が言っても説得力なさすぎ。そうだ、ちょうどいいや。小笠原さ、今日から自習の為に図書室使っていいみたいだから教えてよ」

「僕は別にいいけど、いつもいる子達も一緒だったらさすがに気まずいかも」

「だよね、小笠原くんも困るよね! ほらっ、勉強なら寧音ねねが見てくれるって」


 いつもの四人のなかだったら一番頭がいい、背も高くて面倒見がいいからお姉さんみたいな存在の寧音。大人しいとかふんわりしているとかそういう雰囲気なところは全くないけど。

 それと龍斗くんが自分で気まずいって言ってくれたのはナイスプレイだった。もしかしたら私に助けを求めようと出してくれたのかもしれないし、ここはそのパスをしっかりと受け止めよう。


「本当はそうしようと思ってたんだけどさ、あいつ隣のクラスの男たちと遊び行くからってもう帰ってったよ」

「また⁉ この前も同じようなこと言ってなかった?」

「そんなモテるんだ、えっと、寧音さんって」

「そだよ」


 ちょっと待って。今、私より先に寧音のこと名前で呼んだ?


「小笠原くんって寧音と交流あったっけ?」

「いや、ないよ」

「じゃ、じゃあどうして寧音さんって呼んでるの?」

「申し訳ないんだけどパッと名字が出てこなくて、分かっているのがそこしかなかったから」

「あー、はいはい。そんな感じね」


 良かったぁ。

 本当に私の知らない所で寧音と付き合いがあるのかと思って焦った。寧音ならもしかしたらがあるからなー。見境なく気に入った男の子に話しに行くし。

 席が近い私に気付かれないようにLINEでやり取りしててもおかしくない。


「なにホッとしたような顔してんの紗英」

「えっ、いやいや、別にそんな顔してないよ。単に気になっただけ」


 危ない危ない。知らぬ間に出てしまっていたのかな。

 なんのことか分からなそうに私たちの表情を行き来しているあたり、龍斗くんには見られていなかったみたいで良かった。


「ふーん。ま、いいや。それでどうなの、教えてくれるの?」

「僕で構わないなら引き受けるよ。実はと言うと、先に榮沢さんからも頼まれていて、さっき用事がないって慌てて断ってたのは藤宮ふじみやさんたちに頑張ったところ見せてやりたいって意気込んでいたからだと思う」

「なるほどねー」


 ナイスすぎるよ、龍斗くん! 

 これで私がついて行く口実が出来たし、今日持ってきてくれた問題集のコピーをもらっても違和感なく終えられる。下手に関係性を探られることもなくなってぽろっと話してしまうこともない。


「じゃ、このまま三人で行こうよ」

「あっ、ちょっと待って。修たちに先帰ってもらうよう伝えておくから」

「おっけー。先行ってるから用事終わったらきて」

「わかった」


 そうして、龍斗くんは言った通り席を立って先に集まっていた波村くんたちの元に向かった。肩を叩かれて笑われているのはもしかしたら、私たちのことでからかわれているのかも。

 どんなふうに返しているのか気になるけれど、優美がカバンを持って早く行こうと言いたげに横に掛けていた私のものを机の上に置いてきたからここはせっかく龍斗くんが作ってくれた流れを壊さないためにも出ていこう。

 教室から出て一つ上の階にある図書室へ向かうため、階段を上る。ここの中央階段には途中の踊り場から体育館に繋がる通路があって、この時期は開けているらしく入ってくる風が気持ち良い。


「紗英が勉強で見返したいなんて珍しいね」


 他愛ない話をしていたらさっきのことを掘り返された。今日のところは私が龍斗くんにお願いした形で話を進めていかないといけないから意識しないと。


「さすがに皆と差がありすぎるし、あんなに遊んでばかりの寧音に馬鹿にされるの嫌だし」


 後者は本音。ぜっっったいにニヤニヤして言ってくるのが目に見えてる。負けず嫌いなところが話していると感じられるもの。


「それにしてもいつ仲良くなってたの、小笠原と。一回もって言っていいほど喋っているところ見たことないんだけど」

「別に仲いいってわけじゃないよ。優美が今日古文の授業で気付いたようにいつも前後だからさ、プリント回すときとか回収してもらうときにちらっと見えたりとかで頭良いこと知ってたから。先週委員会終わった後に会って話したんだよね」


 一応、龍斗くんが同じことを聞かれても大きな違和感を残さないように話しておいた。そういえば、今寧音のことで思い出したけど、名前呼びのことも話せてないや。

 別にLINEでもいいんだけど、せっかくなら一発目は恥ずかしがりながら龍斗くんが私のことをどう呼ぶのか見たいし、聞きたい。


「ふーん」

「なに?」


 また突っかかてくるような返し。

 龍斗くんといるときから感じてはいたけど、なにを察したのか疑いの目で見てきている。わざわざ目を覗くように少し腰を折っているところが嫌らしい。

 見つめ返しても動じやしないし。


「いやさ、あたしも小笠原とは多分初めて話したと思うんだけど、思ってたより喋ってても鬱陶しくないし、寧音の話にも入ってきてたし、コミュ障なところ見当たらないのに女子と話してるイメージないじゃん」

「それはたしかだけど、そもそもイメージ持つぐらいの認識でもなかったでしょ、優美にとっては」

「まっ、そうなんだけどね」


 龍斗くんが優美に良いイメージを持たれるのはこれからを円滑に進めるために大切なこと。

 今回の一件から私が学校で話していても違和感を抱かれることはなくなっただろうし、それこそ寧音に彼氏いないマウント取られる前に龍斗くんを彼氏だってことにするのも悪くない。

 龍斗くんなら喜んで引き受けてくれるはず。

 それから図書室に入って席を確保する。一週間前かつ全学年が使用可能だから殆ど埋まっていて取れたのが長机中央位置の三連だけ。とにかく運よく座れただけマシかな。

 すぐ来るだろう龍斗くんを待っておこう。

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