第17話 信用のあるものは友情まで

 今は土曜日の昼頃。以前から気になっていた小説が今週発売されたから買いに行く予定だ。

 昨日は僕からすこし話しかけた程度で榮沢さんから特に動きはなかった。多分ここまで培ってきた関係値はリセットされているんだと思う。自分勝手だけど、致し方ない。それが彼女だから。

 ちなみに明梨さんと話す機会を花房さんに呼ばれたことで得たけれど、完全に自分の可愛さを分かった上で行動を計算しているように見えて僕にはもったいない人だと感じた。あと、引きつる僕の顔を見て花房さんが笑っていたのは忘れない。


「それじゃあ、行ってきます」

「気を付けてねー」


 家から出て駅に向かう。

 一応このあたりにも書店はあるけれど、ずっとそこで買っているからという理由で梅谷にある方で買ってしまうんだよね。単に他の品ぞろえが良くて思わぬ出会いがある可能性が高いという点もあるにはあるけど。

 梅谷は僕の住む市内では一番人が集まるところだからビルはもちろん、施設も多い。毎回あまり変わらない時間に向かうのに見える景色が全く違うように思えるのはそれだけ栄えている証拠だと思う。

 今日は涼しくて人混みのなかでもあまり暑さによる不快感はなかった。

 電車を降りてインプットされている道を歩いていく。ちなみに僕の向かう書店は複合施設のなかにあるから目的地に到着するまでに多種多様な人を見れて楽しくもある。

 ほら、さっそくその施設の前で待ち合わせをしているであろう女性のところに男性がやってきて……っ、あれ、もしかして藤宮?

 持っているバッグとスカートがこの前見たやつと似ているような。それに、遅れてやってきた男と仲良さげに話して頭をポンポンされても嫌がる素振りがない。

 ま、まあただの人違いだろうし、もし本人だとしてもそりゃお似合いなカップルなわけで何もおかしなことはない。

 ただここで放っておけるほど僕は出来た人間じゃないんだ。気にならない素振りなんかしても別に誰かといるわけじゃないんだから仕方ないよね。ここはすこし後を追って確かめてみよう。ちょうど今、本来寄るはずだった施設のなかに入っていったから都合は悪くない。


「それにしても男の格好がまたいいんだよなー」


 背が高くて、ロンTと上着がモノトーンでダボっとしたパンツがカジュアルさを醸し出している。無理して頑張っていた僕とは大違いだ。

 ここから見れば見るほど心が折られるかもしれない。どこまで耐えられるかな……。

 とにかく追うと決めたからには本人かどうかは確認しようと一階にある展示のなかに向かう。

 今回は写真家さんがスポーツに着目して撮ったものを飾っているみたいだ。僕には縁のない話だな。

 ただ展示物が列ごとに分けられているから覗きやすくなった。奥行きもあってなおのこと良い。

 さっそくゆっくりと一つずつ鑑賞している二人から数歩離れたところに立ち、同じように鑑賞しているふりをしながらちらと顔を確認する。

 ……ああ、やっぱり藤宮だ。間違いない。

 それに隣の男は服に見劣りしないぐらいにはイケメンでピアスやアクセサリーがそのまま輝きを表現してるよう。


「はぁ……」


 聞こえないよう小さくため息をついた。

 もちろん悲しい。自分に嘘をつく必要がないから言うけど、やっぱり彼氏がいて普段はこういう人が好きなのかと思うと自分の存在がちっぽけ過ぎて。

 それに人が少なく、展示という性質上静かなために話し声が聞こえてくる。


「なあ、優美。そっちの高校はどうだ?」

「楽しいよ。可愛いし楽しい子が多くて」


 なるほど、うちの学校の生徒ではないのか。この場合可能性として考えられるのは中学の同級生や近所付き合いで昔から知っている男ということ。


「あと、新しく知り合った男子が面白くてさ」

「どんなやつだよ」


 あれっ、これって僕のことなのでは? うわぁ、どんな顔で話してくれてるのか見てみたいよー。あと、男の声が明らかに低くなったよ。


「小説が好きみたいで、クラスメイトの女の子を勝手にモデルにしてたんだって」


 えっ? どうしてそれを藤宮が知ってるの?


「なにそれ、キモすぎだろ。あー、なるほどね。そんなキモい奴をからかって遊ぶのが楽しいわけだ。わかるわかる」

「まあ、キモいとこはあるけど、そんな──」

「いや、大丈夫大丈夫。そんなやつの為に気遣うなんて意味ないって。それよか、からかいすらまともに理解できずに自分のこと気になってんじゃないかとか勝手に思われてんじゃね?」


 …………。


「なにそれ」

「だって、そういうキモい奴ほど経験人数少なすぎて舞い上がっちゃうだろう。そもそも女とまともに話しも出来なさそうだし」


 …………ダメだ。ちょっと吐き気するかも。


「まあ、慣れてない感はたしかにあったけど」

「だろ? だりぃな、そいつ。そんなんで優美と仲良くなってあわよくばとか勘違いしてんだって」

「……ハハッ、そんなのいたらさすがに馬鹿すぎでしょ」

「だよなー、馬鹿だよなー」


 …………はぁ。なんだか身体の調子悪いし、帰ろう。

 静かにあくまで何もなかったかのように、迷惑をかけないように。

 もう小説もどうでもいいや。あー、なんかスッキリしたいなー。家帰ってまたあのエロ本でも読もうかな。ギャルのやつ凄く良かったし。

 …………はぁ。なに考えてんだろ。本当馬鹿だし、キモいな。まさにあの男の言っていた通りだ。まさかあの男予言者か何かなんじゃないのか? それとも人の本質を見抜く力持ってるとか。あー、凄いや。本当……凄いや。

 泣いてなんかいない。あまりもの喪失感に涙すら出てこない。ただ無の状態で電車に乗って、席に座って、駅で降りて、押せばすぐ倒れてしまいそうなほどふらふらした状態で家に帰る。


「おかえりー。今日の夕飯、カレーか肉じゃがどっちがいい?」

「あー、お母さんが好きなほうでいいよ」

「じゃあ、カレーね」

「わかった」


 平静を装い、ようやく着いた自分の部屋。ポケットのなかから取り出したスマホをそのままベッドに投げつけた。

 こんなことでしかストレスを発散できない。お母さんに心配されぬよう、ベッドを叩いてなるべく音を吸収させる。こんなふうに何かにあたるしかない僕は本当に惨めだ。

 格好良い男なら見返してやろうと思うのかな。そのために全力で目標をなし遂げて。

 残念ながら僕にはそんな気力はもうない。

 そうだ、寝てしまおう。寝ればなにもかも忘れられる。今胸を痛みつけているナイフでさえ、その姿を消してくれる。

 スマホを適当に床に放り投げ、まだまだ陽が部屋のなかを照らしてくるなか無理矢理瞼を閉じて眠りについた。



 ☆★☆★



「……うっ、うぅ」


 目覚めはしたが身体は寝すぎたせいか怠い。時間を確認しようにもいつも枕元に置かれているスマホがないから確認のしようもないし、探す気にもなれない。

 もうなんでもいいや……。

 そんな風に考えていたら電話が鳴った。

 外が暗いおかげで唯一光を放っているスマホの位置の特定に成功。面倒ではあったが仕方なく拾い上げて画面を確認する。


「チッ」


 つい舌打ちが出てしまった。相手は渡木だ。


「……どうした?」

「ああ、やっと出た。これで三回目だぞ」


 その割には声に落ち着きがあるじゃないか。


「普通二回してでなかったら一旦諦めるもんなんだよ」

「そんなこと知らん。それより今から遊びに来ないか? 修と二人でいるんだけど」


 は? なんだよ、修と渡木も僕の知らないとこで二人で楽しんでたのか。なんだか申し訳なくなって今更呼ぼうってなったとかかな。それかここまで僕の陰口叩いてスッキリしたからとか。

 まあ、なんでもいいか。僕にはこの二人しか結局残ってないんだし、ありがたく金魚の糞になろうじゃないか。


「わかった。すぐ向かうよ。どこいるの?」

「いや、そんな焦んなくていいぞ、寝起きだろ、その声」


 たしかに喉が渇いててガミガミしてるかも。


「でも、待たせるわけにもいかないから」

「全然問題ない」

「どうして?」

「今お前んちの前で待ってるから」

「はっ?」


 どういうことどういうこと? 修は分からなくないけど渡木までわざわざこっちに来てくれてるの? いや、あれか、修とこっちで遊んでたから偶然か。


「は? じゃねえよ。今日、一回もLINE見てなかっただろ」

「えっ、なんのこと」

「とにかく準備しながらでいいからLINE見ろ。じゃあ、待ってるからなー」

「あっ、ちょっと」


 そこで通話が切れる。

 あれ、これもしかして僕がやった側? もしかしなくてもあの反応からして間違いなさそう。

 スマホの画面に注目したことで通知が来ていることにすぐ気付いた。はい確定と。

 タップして開いたのは僕達三人のグループLINE。スクロールしたら修と渡木が遊び場所について話し合い、僕に呼びかけても反応がないからまた女かよとからかっている流れがよくわかった。

 これはすぐに謝らないと。せっかくこんな僕を誘ってくれて皆で遊ぼうとしていたのに。そうだよね、修はもちろんのこと、渡木だってそんな事するわけないよね。もう静流しずるって呼びたいぐらいだよ。いや、呼んじゃおうかな。

 そうだ、せっかくだし、この前修と買った服を着ておめかししよーっと。

 ルンルン気分になりながら洗面台で顔を洗い流していたらまた通知音。さすがに早くしろってことかな。


「ちょっと待ってよ……って、なんだそっちか」


 どうやら相手は榮沢さんだったみたいだ。

 小説はもう返してもらったし、特に連絡を寄越す理由なんてないと思うけどね、あっちには。僕はもちろんその小説のことで問いただしたい気分だよ。しないけどね。


『明日さ、私といつもの三人で寧音の家に集まって勉強会するんだけど、特別講師みたいな感じで来てくれない? あんなこと言った後に本当になんだけど、お願い!』


 謝罪の言葉はもちろんなし。頼み事だけ伝えて終わりか。

 それにこの展開、絶対に小説のことを知られていて馬鹿にされるに違いない。絶対に行きたくない。


『ごめん。明日は用事があっていけないんだ。また別の機会にお願い』

『そうなんだ。了解』


 返事が質素だなー。頼むときと結果見えた後で変わりすぎでしょ。ある意味僕にはもう気を遣う必要もないってことかな。凄いわ、そこまではっきりと切り替えられるのが。

 せっかくの楽しいお出かけの前に気分下げられて最悪だけど、表情に出さないよう努めないとね。

 そうして着替え終え、家から出ると二人の姿が見えた。


「ごめんごめん、お待たせ。お昼は昨日夜更かししすぎたせいで寝ちゃってて全然出れなかった」

「本当か? 最近の龍斗はいろんな女子に手を出し始めているからな」


 さっそく修からのいじり。そうそうこの感じがいいんだよ。気楽で。


「んなことないって。てかさ、これからどこ行くの?」

「ああ、それならファミレス。腹減ったなーって」


 たしかに僕は凄く空腹感に見舞われているけど、二人もまだなのか。

 時間を確認したら十九時だ。思っていたよりも経ってはいないみたい。


「それじゃあ、行くか」

「おっけー」

「なんだお前、今日明るいな」

「静流たちと飯食うの久しぶりだからだよ」

「なんだよ急に名前で呼んできて。まあ、いいけど。そだな、テスト前になって全然いけなくなったしな。いろいろ話そうぜ」


 ちゃんと名前呼びを受け入れてくれた……やばい泣きそうだよ、なぜか。

 必死に唇を噛んで我慢してなんとか二人にバレずに目的地である先日入らなかったファミレスに到着した。

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