第14話 感情を言葉に乗せて

 今日は龍斗くんが優美と楽しく勉強会をしている日。

 気にならないなんてことはない。優美じゃなかったら特に心配することはなかったかもだけど、彼氏のいなくなった直後の女子なんてなにを考えているのか分かんないし、話を聞いた感じだと満足いく終わり方じゃなかったみたいだから次に移ろうとしているのかも。

 いつもは誰にでも手は出しませんみたいな雰囲気醸し出してるのに気が付けば……なんてこともありえなくはないだろうし。


「そろそろ別れてる時間かな」


 机の上の置時計を見たら夜八時近く。まさかここまで長くはいないはず。

 龍斗くんにより優美に話をしてみよう。

 電話をかけてみる。


「もしもし、優美? 今大丈夫だよね?」

「うん、全然おっけー。ちょうど今勉強の休憩中だったから」

「てことは、まだファミレス?」

「あー、それは早めに終わったっていうか、終わらせちゃったっていうか。まあ、とにかく今はあたしの家だよ」


 歯切れが悪かったのはもしかするとうまくいかなかったのかな。ちょっと詰めてやろう。


「ファミレスで集中できなかったとか? まあ、選択肢としては無難だけどね」

「いや、そうじゃなくて。結局ファミレスはいかなかったし」

「じゃあ、そのまま解散したの? ありえなくない?」

「ありえないよ、さすがにそれは。普通に小笠原の家行った」

「は?」


 なにその展開。もしかして龍斗くんが誘った? いやいやさすがにそれはないよね。多分優美が強引にそういう方向に持っていったんだ。そうに違いない。

 積極的なのはずっとそうだし、自分の可愛さをわかってるからそれを利用してあんまり慣れていない龍斗くんを陥れたんだ。

 まあ、そこまで欲しいなら私は別に構わないけど勝手に荒らされるのは何かやだ。


「そんな驚くこと? ファミレス寄ったら思ってたよりうるさい客いたから移動したってだけだけど」

「だからってすぐ家になるかなー?」

「ファミレスの前にさ、美味しい喫茶店に連れてってもらったんだ。それが小笠原の駅の近くだったからその流れでってだけ。てか、それ紗英が気にすること? やっぱり何かあんの?」


 やばっ、ちょっと勢いつけすぎちゃったかも。

 疑ってるよ。


「そんなんじゃないけど、逆に優美の方が急接近っていうか、彼氏欲しいんじゃないの?」

「彼氏っていうか、楽しく喋れる相手が欲しいとは思うね。小笠原はまあいれば楽しいし、下心満載ではあるけど……悪い奴じゃないよ」

「なにそれ。変なことでもされたの?」


 私の知らないところで龍斗くんが積極的になってしまっているのかもしれない。今までこんな関わってくることなかったから気分舞い上がっちゃって越えちゃいけない一線が分かんなくなってるんだ。

 それで優美にいやらしいことしようとしたんだよ。家に連れて行ったのもそれが理由だろうし。


「なわけ。そんなことしてきたらぶん殴るって」


 あれ、違うんだ。


「単にタイミングが悪くてお開きになっただけ。そもそも話してたらそういうタイプじゃないってわかんない?」


 ため息交じりに言われた。急に態度悪すぎ。


「わかるけど。ていうか、なにその言い方。ちょっと冗談言ってみただけでしょ」

「冗談にしては悪質だなって。まあ、いいじゃんそこは」

「……そうだね。そういえば、もうひとつスルーしちゃったけど喫茶店ってどんな店だったの?」

「あー、そこは凄く雰囲気良くてさ。可愛い雑貨がたくさん飾られていて、紅茶とお菓子がついているセットがあって、本当楽しかった」


 さっき一瞬おかしいとは思ったけど、これ、優美が言っている喫茶店ってテスト終わりに連れて行ってくれるって言ってた店じゃないの? そこに私以外の誰かと先に行ったってこと? 結局誰でもよかったってことなの?


「あとさ、思ってたより私服姿ちゃんと可愛いよりで安心したわ。がっつり決めてきたらさすがに引いちゃうけど、いい塩梅だった」

「ふーん、いろいろ知ってんだね」

「全部今日知ったことだけどね。紗英ならもう知ってるもんだと思ったけど、そうでもないんだ」


 嫌な言い方だなー。さっきからなんだか刺々しくない? もしかして隠してるだけで相当面倒な展開に巻きこまれてたのかな。

 それで茶化されるのが嫌だとか。それならさすがに悪いことしたかも。


「私も優美とそこまで変わらない期間だって前言ったと思うよ。あと、一応聞いておくけど、なにかトラブルがあったわけじゃないよね?」

「ないない。あたしでも小笠原でもないから、その原因は。やっぱりお邪魔させてもらうから親御さんの都合ってもんがあるでしょ。そういうこと」

「あー、完全に理解。でも、ちょっと安心した。小笠原くんがまともで」


 わざと龍斗くんって呼んでみてもいいなーとは思う。どんな反応をするのか試してみた気持ちはあるし、なんだかんだ言って優美が狙ってないとは思えないし、差を見せつけたい。とは言いつつも、下手に噂されるのは勘弁だから我慢我慢。


「なんか紗英のなかで小笠原って低評価なんだね。実は近くにいるとブツブツ喋ってたり、奇妙な行動してたりするの?」


 あれ、勝手に釣られてくれたかな。


「そこまでは酷くないけど、好きなものがあるらしくて授業中よく別のことしてるよ」

「ふーん。それってなんだか知ってんの?」

「いやー、私はそこまで興味ないからね。知りたいなら直接聞いてみたらいいんじゃない? 教えてくれるかは分かんないけど」


 まあ、無理だろうなぁ。私以外が知れるわけないし、知られるわけにもいかないし。

 もし聞いて優美が断られてるとか想像するだけで面白いし、多分どうしてって詰めちゃうのが優美だからウザがられるだろうなー。

 いやでも、龍斗くんならそれでも受け入れちゃうのかも。何でもとりあえず引き受けてから物事考える性格っぽいから。そこは良いところだと思うけど。


「また今度会ったとき話してみよっと」

「あんまりイチャイチャ見せつけないでよ。人のやつほど見てられないんだから」

「もちろん紗英のいないとこで話すから心配ご無用。今度こそ家にちゃんと招待してくれると思うからそのときにでも試してみる感じで」

「それは良かった。じゃあ、まあ、今日はこのぐらいで」

「はいはーい。結局用事がなんだったのかよく分かんないけど、また明日ね」


 そうして声が途切れる。

 うーん、最終的に楽しくはあったけどトラブルも起きて忙しかったって感じかな。及第点は貰えたのかも。

 さて、それは一旦置いといて、龍斗くんにも話さなきゃならないことができた。喫茶店のことだ。

 てっきり私とのお楽しみなのかと思っていたのに、先に優美と行くなんて……。

 どうせすぐ出るからもうかけちゃおう。


「もしもし、どうしたの紗英さん」


 ほらっ、出た出た。


「今日、優美と喫茶店行ったんだってね」

「えっ、ああ、まあ、そうだね」


 まさかバレないとでも思ってたのかしら。分かりやすく言葉を詰まらせて。


「でも、それは今度紗英さんと行くときにうまくエスコートするための練習でもあったから。もしかして、一緒に初めての感じで行きたかった?」


 あれっ、珍しく至極真っ当な意見で返してきた。

 たしかに別に誰かと行かないでとは言ってないし、本当に付き合っているわけではない上に一方的な思いを向けられているだけだからどっちでもいいんだけど、一応今は役でも恋人なわけでそこに横槍をいれられるのは面白くない。それから役の相手が別の人に心変わりするかもしれないのも。


「当たり前でしょ。誰だってそういう同じ気持ちを共有したいものだと思うよ。それにそっちから誘ってくれたんならなおさらね」

「……そっか。ごめんね。あまり僕は経験がないから、そういうところに疎かった。次からは気を付けるよ」


 どうしてそこで素直に折れるかなぁ。なんだか私が悪者みたいになるじゃん。それに落ち込んだように声のトーンも変わってるし、ああ、もうウザい。


「今は私たち恋人同士みたいなものなんだから、もう少しこっちのことを考えて動けるようになった方がいいよ。例えば、龍斗くんの前で私が別の男子とご飯に行く約束してたら嫌でしょ? しかも二人きりで」

「それは、たしかにそうかも」

「そんなことも考えられないんじゃ役にもなれないし、本物なんて永遠に手に入らない」

「……ごめん」

「そのさ、ごめんって謝るのもどうにかならない? その前に自分の言葉でもっと伝えるべきものがあるはずじゃないの? 謝れば済むなんて小学生の友達までだよ」


 気持ちが昂ってついつい語気が強くなってしまった。十秒ぐらい返事もない。

 いやでも、何も悪いことは言ってないし、本当に私のことを好きでいてくれるならなおさら必要な情報だと思うし、役の間に聞けて良かったと思うけどなー。

 こういう失敗経験が後々生かされるケースって良く聞くからありがたい話でもある。

 ここでいじけてもういいやってなるぐらいの気持ちしかないなら、それはそれで離れてくれてありがとうって感じ。


「その……僕は役でも紗英さんの恋人役になれて嬉しいと思えたし、もちろん今でもその気持ちは変わらない」


 ようやく話し始めた。何が言いたいのか最期まで聞いてあげよう。

 ここで震えた声でまた謝ってたらある意味面白かったけどね。


「だから、当日すこしでも格好良く振る舞って楽しんでもらおうと思ったんだけど、それより一緒に初めての気まずさや恥ずかしさまで味わうことを大事にしてるのはわかった。今度の約束では僕のせいでそれは叶わなくなったけど、その次はちゃんと紗英さんの立場になって物事考えられるように頑張ってみるよ」


 ああ、ああ真面目だなぁ。

 別に反省文が欲しいだなんて思ってもないし、思うわけもないし……はぁ、まあ、いいや。その次があるかもわかんないしねー。


「うん、そう言ってくれて嬉しい。私こそ、さすがに言いすぎたよね」

「いやいや、そんなこと」

「ううん、庇ってくれなくていいよ。龍斗くんが本気で向き合ってくれてるからついそれに応えたくて熱くなっちゃった。ごめんね」

「……うん、ありがとう」


 これぐらいでいいか。多分序盤に落ちていた好感度は取り返せたんじゃないかな。

 常に声色は優しさで覆われていたけど、龍斗くんも人間だから多少はイラッとした部分があったと思う。そこを最後のやりとりで緩和できたのはありがとうの五文字で良く伝わってきた。安堵が存分に含まれた言い方だったから。

 たしかに私は馬鹿だけどこういう感情の変化には気付く。だから、間違っていないはず。


「今日はそれだけ。じゃあ、また明日学校でね」

「うん、おやすみ」


 よし、こんなもんかな。

 ちょっとスッキリしたし、勉強って感じでもないからせっかく借りた小説の続きを全部読んじゃおう。ここにいる私も本当に良く書かれていて気分いいし。

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