第15話 理由なきモテはありえない
昨晩、紗英さんとの通話を終えてから感情のままに小説の続きを書いた。藤宮との一連のトラブルによる疲れも相まって途中で寝落ちしてしまったおかげで遅刻しそうになり、急いで広げていたノートなり今日必要な教科書なりをリュックのなかに詰め込んで登校する。
朝から汗をかいたのは最悪だけど、なんとか遅刻ギリギリの最終便である電車に乗れてよかった。
それから学校に着き、先に向かってもらっていた修たちと合流。教室の扉から僕の席まで向かおうとしたら必然的に藤宮の近くを通るわけだけど、今朝は寧音さん達と話していたみたいで無理に話さずに済んだ。
「おはよう、小笠原くん」
僕の前の席、つまりは紗英さんから声をかけられる。
てっきり藤宮たちといるかと思っていたから内心驚いた。
「あっ、おはよう。珍しいね、あっちにいないなんて」
「小笠原くんにこれ返そうと思ってね。待ってたの」
そう言った紗英さんの手には先日貸した小説のノートが。
なるほど、読み終えてくれたのか。
「どうだった?」
「相変わらずうまく手中に収めることのできない主人公くんが面白かったよ」
「それは良かった」
「それで続き、書いてたよね?」
まさか紗英さんから要求してくるぐらいハマってくれたのかな。それなら嬉しいや。運よく持ってきてはいるし、その続きはまた別の用紙に書けば問題ないから今はこういう感想をもらえる相手を大事にしよう。
「今日持ってきてるけど、貸そうか?」
「小笠原くんがいいならお願いしようかな」
それからリュックのなかに入れておいたノートを渡す。
紗英さんはそれを自分のバッグのなかに仕舞い、いつものように始業までの時間を藤宮たちと過ごしていた。
特に大きなことはなくただ時間が過ぎ去って早くも四限分の授業と
結局、ここまでは藤宮から話しかけてくることはなかった。まあ、これまでも頻繁に話していたなんてことはないし、可能性で言えばこの後にやってくることが多いだろうからまだ何とも言えないけど気にはなってしまうもの。
気まずさを残したくはないと藤宮は昨日言っていたけれど、冷静に考えればやはり顔を合わせて何もなかったかのように話すのが難しいことは僕が逆の立場でも感じるだろうから致し方ないところはある。
「はぁ……」
ついそんなことを考えていたらため息が出てしまった。
「どうしたの?」
そんなときに手を差し伸べてくれるのはもちろん紗英さんだ。
「いや、どうってことはないんだけどね。ちょっと悩んでることがあって、どうしようかなって」
「あー、わかるよ。考えれば考えるほど答え見つからないよね。そういうときは元気な子とか明るい子と話すといいよ。例えば優美とかさ」
「えっ」
「優美、ちょっと時間ある?」
反応が遅れてしまった。紗英さんに呼ばれた藤宮はこっちを向いて、すぐ隣に居る僕と一瞬目が合ってしまう。すぐに紗英さんの方に逸らされたけど。
「ごめん! さっきの授業、ノート書き終えてないから後ででもいい?」
「そっか、わかった」
ああ、良かった……。
紗英さんは優しさで最近交流のある藤宮を呼んでくれたんだろうけど、その気遣いがむしろ凶器になって突き刺さるところだったよ。いや、まあこっちに来なかった時点で多分僕のことを気にしてやめたんだろうから傷ついたことには変わりないんだけどね。軽傷で済んだだけマシかな。
「残念だけどダメっぽいね」
本当残念だった。
「あっ、そんなこと言ってたら別の人が来てくれたみたい」
「ん? 誰ーーって、寧音さんだ」
身長が高く、脚も長く今日は後ろで纏められている髪型もお似合い、当然のように容姿は綺麗。正直モテない要素が表面からは見当たらない人。そりゃ、好きなように男子を連れて歩けるわけだ。
「勝手に名前で呼ぶな」
「いてっ」
クラスメイトの名前を未だに覚えきれていないまま、以前藤宮と紗英さんが話していたところから寧音さんと呼んでいる癖でつい出たのを聞かれて頭にチョップをくらってしまった。
全く交流のない僕にもそんな風に反応してくれるなんてフレンドリーすぎる。ただまあ、キモいと軽蔑されるよりかは随分とマシだけど。
「なにしに来たの、寧音」
そんな寧音さんに紗英さんが問う。多分、というより確実に用事はこっちだろうから。
「いやー、優美は真面目にノート取ってるし、
「なに言ってるの。本人目の前にいるんだからそういうの辞めて。迷惑でしょ」
「そうかなー。小笠原はどうよ?」
寧音さんと目は合うけど、なにを考えているのかよく見えない。でも、ここは紗英さんのこともあるし、言葉を濁しておいた方がいいかな。
「どうもこうもないよ。寧音、ああ」
「別にいいよ、寧音で」
「じゃあ、寧音さんが思ってるようなことはないよ」
「ふーん」
つまらないとでも言いたげだが、ここで折れるわけにもいかない。軽く反撃してみよう。
「寧音さんは今日も一緒に遊ぶ人が待っているんじゃないの? ほらっ、扉の前で待ってる二人組」
ちょうど見えていたのは先日見かけた男子達だ。
それを見た寧音さんはうわぁ……と迷惑そうに声を漏らした。
「いやさー、あいつら一回飯行っただけなのに次も次もってうるさいんだよね。話してても運動馬鹿って感じで合わないし、めんどくさいし」
「自業自得だね」
「は? 見かけによらずそういうことはっきり言うんだ、小笠原って」
あれ、ちょっと攻撃しすぎたかな。雰囲気が違うぞ。
見るからにあの二人組への苛立ちが僕に向けられているような……。
紗英さんもやっちゃったねといったように僕のことを見て身体を前に向けた。まるで私は無関係ですとでも主張するみたいに。
「私さ、あいつらに絡まれて迷惑してんの、わかるよね?」
「は、はい」
近い近い。グッと机につけた片腕で身体を支えて顔を近付けないで。普通に怖いんだから。
「なにか理由ないとあいつらしつこいから今欲しいのは用事なわけで、紗英に頼んで二対二の構図になるのも違うってこと、理解できる?」
「それはもちろんです。だからここは僕が盾になるべきってことですよね」
「物わかりいいじゃん。まあ、本当に付き合わなくていいから帰り駅着くまで隣歩いてよ」
はっきり言うと嫌でしかないけど、もう断れる雰囲気はないし、まさに自業自得だし身体を張るしかないのか……。
見下ろすように返事を待つ寧音さんを見たら用意された選択肢がはいかイエスしかないことは明白だ。
「わ、わかったよ……」
「おっけー、じゃあ決まり。大丈夫だって、あいつらもまさか小笠原がライバルだなんて思わないだろうし、手なんかだしてこないって」
「ハハッ、そうだといいけど」
いやいや、全然笑えないよ? 無理して声は出したけどから笑いだからね?
「そんじゃあ、行こっか」
そんな僕の心境を考えているはずもない寧音さんはすぐに鞄を持って歩いていく。隣にと言われたから足早に追いかけ、教室を出るところでちょうど右手側に並んだ。そのせいですぐ近くには出待ち組がいる。
あからさまにこっち睨んでるよ。
「なあ
がたいの良い二人組の内、スポーツ刈り野郎が先に話しかける。ていうか、花房さんだったんだ、名字。
「別にあんたらには関係ないでしょ。それに私が選んだんじゃなくてこいつが犬みたいに尻尾振って待ってたから連れてやってんの」
あれ、それ僕に矛先向けてません? ほらっ、視線を二つしっかり感じるんですけど!
「ちょっと寧音さん、さすがにそれはーー」
「ああ⁉ おまえ、今なんつった?」
今度はもう一人のさわやかマッシュメンが突っかかってきた! 見た目に寄らず声低いし、滅茶苦茶怖いよ……。
「勝手に花房のこと下の名前で呼んでんじゃねぇぞ、おい!」
えっ、そこ? あっ、そういえばさっき一回目は勝手に呼ぶなって言われたっけ。その言いつけ守ってんの、この人達。素直すぎない?
「別にいいんだよ、こいつは」
「どうしてだよ!」
「うるっさいなぁ。単に素直でこうしろって言ったら従って弟みたいな存在だから許してんの。背も私より低いし」
「……ああ、弟みたいな存在ね」
何がどう響いたのか分からないけど、僕が寧音さんの言葉にダメージを受けていたら男共が退いたぞ。
もしかしてあれかな。妹的な存在とは恋愛い発展しにくい的な思考で近すぎて僕自体が弊害になることはないと判断されたのかな。もしそうだとしたら未だ刺さり続けている言葉のナイフも耐えられる。
「まあ、花房がそういうなら間違いないんだろうな。でも、また今度俺らとも遊ぼうや」
「はいはい。また空きが出たら連絡するからそれまで大人しく自分たちの教室で待ってろっての。見てみなよ、あんたらのせいで小笠原が怯えちゃってんじゃん」
見せつけるためか肩に手を回されグッと引き寄せられる。やだ、かっこいい。あと香りもいい。
「そ、それはすまねぇ。悪かったな、小笠原」
「すまん」
「う、ううん。全然僕は気にしてないから。でも、やっぱり一番大事なのは花房さんだからそこは考えてあげて。君達が夢中になっちゃう理由は僕もよく分かるけどさ」
どうやら花房さんには多少前に出れても押し切る選択はできないみたいだ。
二人は小さく頭を下げてきた。
これが上下関係か。怖いというか、逆にそこまで操れる花房さんが凄いっていうか、僕には到底理解しがたい関係性だなぁ。
「じゃ、私たちもう行くからあんたらも帰って勉強でもしてなよ」
そう行って僕を寄せたまま歩き始める。
ちょっとくっついていると人に見られるからやめてほしいんですけど。ほらっ、さっそくひそひそ話されてるって。
絶対不釣り合いだとかさっきの二人組みたいにしつこい奴なんだろうとか思われてるよ。最悪だ……。
「なに、その嫌そうな顔。そんな人目とか気になる?」
「普通はね」
「それもそうか」
どうやら納得してくれたみたいで解放される。自分で言っておきながら、まあ多少の寂しさはあったがこれで楽になれた。
それから靴を履き替え校門を出て駅まで歩いていく。
「それにしても、花房さんはよくそんなにモテるね」
「どういうこと? モテそうには見えないって?」
「いやいや、そういうわけじゃなくてさ、どうしたらそんなモテるのかなーって。顔だけとかスタイルだけとかじゃ、一定数は人気出ても伸びはしないでしょ」
せっかく得られた花房さんとの機会だし、紗英さんとのことで使えるようなアドバイスがあればぜひ、ご教授願いたい。ここは積極的に話していこう。
「そうは言うけど、その顔をどう使うかだけでもプラスされる部分はあるんじゃない。ただ飾ってるだけじゃなくて、こんなふうにーー」
その瞬間、隣にいた花房さんがこっちに寄ってきた。その勢いに押されて近くの石垣の壁まで追いやられる。そうして気が付けば壁ドンの形が出来上がっていた。
顔を近付けられ、見つめ合う。いや、むしろその綺麗な瞳に吸い込まれているようにすら感じる。
「ほらっ、今唾を飲み込んだでしょ。ドキッとした証拠。何かを期待して、押し返そうとすれば簡単なのに手はぶらんと下がったまま。そうね……キスでもしてみる?」
「だ、大丈夫。花房さんの言わんとしていることは伝わったから」
「そう。まあ、ここでしたいって言われていたらこっちも困ったけど。とにかく、自分の長所をどう生かすかなんじゃないの」
ふっと笑みを浮かべたかと思えば離れてまた歩き出していく。
その背中が格好良すぎて堪らない。可能であればもっと眺めていたいけど、すぐに隣に並ぶ。
「小笠原が誰が好きなのかは知んないけど、もしアピールしたい相手がいるならそういうところを意識してみたら?」
「そうしてみるよ」
「てことは絶賛片想い中なんだ」
「あっ、いや、まあ、もう繕っても無駄か」
やってしまった。
「いいねー、青春じゃん。別に聞きだしてやろうなんて思ってないから安心しなって。頑張りなよ」
「う、うん。ありがとう」
おお……なんていい人。
あくまでこれ以上は越えてはならないという線をわかっているみたいだ。こういうズケズケと踏み込み過ぎない所も人気の一因なんだろうな。
それからは約束通り、駅までついて行って別れた。
この放課後は展開が目まぐるしかったが、それでもいろいろと楽しめたほうじゃないだろうか。
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