第12話 見た目を有効活用しよう

 昨夜、修とのショッピングを終え、お母さんに色々と頼んだあと藤宮さんにどういう流れで向かうか聞いたところ、さすがに一度家に帰って着替えたいということだったので僕もそちらの方がありがたいと提案に乗った。

 私服姿の藤宮さんがどんなものか正直楽しみでしかない。

 今は未だ学校だけど、登校してから緊張も相まってかずっとそわそわしてしまっている。


「それでは、本日の連絡はこれぐらいで。午前授業だからって遊んでいいわけじゃないからな」


 先生の挨拶が終わり、嬉々として帰っていくクラスメイト達。多分僕みたいにファミレスで勉強会をしたり、先生が懸念していたように遊びに興じる者もいるだろう。

 まあ、そんなことはどうでもよくて、目の前で今日も小説を読んできてくれた紗英さんに話しかけるとするか。


「榮沢さん、ちょっといい?」


 肩を叩いて呼ぶのは未だ怖いのでしっかり声をかけていく。


「なに?」


 振り向く際に流れる髪は艶があって美しい。それに負けじと顔も良い。


「今日さ、夜連絡されても出れるか分かんないや。もし、勉強で聞きたいことあったらメッセージ送ってくれといたら後で見ておくよ」

「分かった」

「それじゃあ、また明日──」

「小笠原、また後でね!」

「──う、うん!」


 話している途中にパッと割り込んでは出ていった藤宮。元気に手を振って出ていったけど、今日はいつもの三人と帰らないらしい。もしかしたら、また寧音さんが男子でも捕まえたのかな。


「本当明るいねー」


 ハハッと苦笑を浮かべて紗英さんの方を向くとこちらをすこし睨んでいるように見える。なにか悪いことしたかな?


「今日、無理って言うのは優美と遊ぶから?」

「遊ぶとは違うけど、単に勉強を教えてあげるだけだよ」

「それならまた図書室で良くない?」

「うーん、あそこだと他の人のことを気にして質問の繰り返しも憚られるし、息抜きがうまくできないからね」

「ちなみに誰か他の子も呼んでるの?」

「いいや。僕もそこまで付きっきりは出来ないから今日一日で終わらせるつもりだし」

「ふーん」


 不機嫌なのは表情だけでなく声からも伝わってくる。もしかしたら恋人役なのだからもっと自分に集中してほしいのかもしれない。いや、これはただの僕の願望だけど。

 でも、ここで不機嫌になる理由としてはあながち間違ってはいないんじゃないか。


「榮沢さんも良かったらまた今度どうかな?」

「考えとく。今日は楽しんで来たら?」

「そうするよ。じゃあね」


 雰囲気から察してこれ以上話していても進展はなさそうだったから早めに退散しよう。

 修たちにも今日は用事があると先に帰り、無事問題なく帰宅。それから入っていたメッセージを見てみれば三十分後ぐらいに駅に着くという連絡があったので了解と返し、僕も準備を始めた。

 パーカーにロングタンクトップを合わせてこの時期でも大丈夫。下は軽めのパンツでモノトーンコーデ。最後に息子が初めてファッションに興味を持ったことで浮かれているお母さんが髪をセットしてくれて準備万端。


「じゃあ、行ってくるね」

「あっ、ちょっと待ちなさい。これ忘れてるわよ」


 そう言ってレザーブレスレットを渡してくれる。茶と水色で可愛らしい。


「ありがとう。帰りは多分遅くなるから」

「はいはい。行ってらっしゃい!」


 普段学校に使うリュックはさすがに喫茶店の雰囲気に合わないと思ったからホワイトのトートバッグに必要な分だけ入れて肩にかける。

 こんなこと真面目にしたのが初めてだから気分が舞い上がっちゃって知らぬ間にニヤついてないか心配だ。ていうか、そもそも僕だけ気合入りすぎて引かれるなんてことも……いやいや、どうして会う前からネガティブになってんだ。

 僕なら大丈夫。藤宮なら受け入れてくれるはず。

 十分ほどかけて駅に着くと同時にLINEの通知が鳴る。どうやらあちらも到着したらしい。

 下で待っていると送り、二分ほどで見知った顔が階段を下りてきた。


「おまたせー」


 純白なキャミソールにベージュのカーディガンを合わせた可愛さ満点の服装に見惚れて言葉を失ってしまう。


「なに? 似合ってる?」

「う、うん。可愛すぎかも」


 焼けているのも増して好み過ぎる。いや、むしろ今この瞬間好きにさせられたといっても過言ではない。


「そう、ありがと。小笠原もいい感じだね。髪濡らすぐらいで服も質素かなとか思ってたけど、ちゃんとそういうの持ってるんだ」

「正直に話すと今日の為に買ったんだ。だから褒めてもらえて嬉しい」

「やっぱり。でも、そこでちゃんとしようって思ってくれるのがあたしも嬉しいよ。それじゃあ、行こ。案内してくれるんでしょ?」

「それはもちろん」


 掴みは悪くなかったみたいで一安心。さっきは上にばかり目が言っていたけれど、同じく白のスカートも肌と相まって良き。やっぱり映えるなー。

 隣で歩くのはなんとも不釣り合いだけど、今日は一日中自信を持つともう決めた。

 お店に向かっている途中、どんな紅茶が飲んでみたいだとか逆にチョコに合うものを飲んでみたいとかそういう関連した話で間を持たせる。互いに知らない場所だから想像力を働かせて瞳を輝かせている藤宮は純粋な子だ。


「さぁ、ここだよ」

「おおー、本当雰囲気あるね」


 外装から凝っているんだろう。ダークブラウンを基調としていてシックなオーラがある。

 外で立ち往生していても仕方ないので勇気を出して扉を押した。

 カランコロンとなるベル。すぐにウェイトレスさんが出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。二名様ですね。こちらへどうぞ」


 無駄のない挨拶から始まり、間も無くテーブル席へと通された。

 ホームぺージにあった通りアンティークな家具や雑貨が散りばめられていて落ち着く。特にウサギの人形たちがところどころにいて二足で歩いているような姿であったり、椅子に座っていたり、全体的に可愛らしい。

 僕と同じくそこに着目した藤宮も目線をうろうろさせている。ちなみに平日の十三時頃だからか客は少なく、前後の席は空いているから人の目を気にしなくてよくなった。


「お客様方はこちらのお店にいらっしゃるのは初めてでしょうか?」

「はい」

「それでしたら、簡単にメニューのご説明をさせて頂きます」

「「ありがとうございます」」


 恐らくセットの説明だろう。初心者に優しいお店は好印象。特に雰囲気から入りにくさも感じてしまう分、一度で心を掴もうという方針なのかも。


「まずはこちらに記載されております、紅茶の種類をお一つお選びください。どのような香り、味わいなのかといった説明はこのようにそれぞれ端的に書かれています。お次に選ばれた紅茶の種類によって当店のマスターでもあるインストラクターがおすすめする菓子をまとめておりますので、そちらを参考にして頂ければと思います」


 とにかく頷きを返すことしかできない僕たちはウェイトレスさんの手の動きに合わせて視線を動かす。システムは十分理解できたし、どれを選んでも値段は一律みたいだから遠慮なく好きなものを選ぼう。


「ちなみに初めてのお客様にはこちらから歓迎の証と致しまして、お一人様につき一セット無料でご提供させて頂きますので、よろしければご活用ください」

「いいんですか?」

「はい。もし、その場合に菓子か紅茶どちらかのみ足したいという場合は次のページに単体でのお値段も載せていますからご遠慮なくご注文下さい」


 なるほど。それはいいな。


「藤宮はどうする?」

「うーん、ダージリンにしようかな。このあんこの和菓子でお願いします」

「それじゃあ僕はこのアッサムのミルクティーにスコーンで」

「かしこまりました。ではお待ちください」


 そこでお店に入ってからようやく二人きりの時間。

 何分で用意されるのか分からないからとにかく話しかけよう。


「いい雰囲気のお店だね。説明も丁寧でメニューまでわかりやすくしてくれてたし」

「だねー。あたし普段はこういうところ入んないけど、連れてきてもらって良かったかも。ちょっと大人っぽくて紗英たちとはこれなさそう。あたし含めてうるさくなっちゃいそうだから」

「僕も修たちとは無理だね。だから、藤宮がいてくれて良かった。おまけにこんな綺麗な姿まで見られたしね」

「おだててもなにも出ないよ?」

「そんなんじゃないって。心外だなー」


 互いに笑みを浮かべてこの場を楽しめている。それから注文したセットが届いてまずは一口……ああ、落ち着くなぁ。スコーンの食感がまたいい。濃厚なミルクティーと本当にマッチしている。

 幸せ心地で顔をあげて見れば、藤宮も頬に手を当て幸福感を満遍なく感じられているようだ。


「やばいよ、小笠原! これすっごくいい!」

「その顔見てればよく伝わってくるよ」

「でしょ? ちょっと飲んでみる?」


 余程の衝撃だったのか期待の眼差しでこちらに皿を押してくる。どうやら何も気にしない性格みたいだ。いや、普通に反対側に口付ければいいか。でも、スコーンに何もついていないからあんこの和菓子は同じやつを使うことになる。

 考えすぎても申し訳なさが募ってくるだけだし、もし嫌なら言ってくるよね。ここは遠慮する方が失礼か。


「じゃあ、いただきます。良かったら僕のもどうぞ」

「いただきまーす」


 カップの乗った皿をそのまま引けば必然と反対側が手前にやってくるはずなのに、わざわざ持ちやすいように半回転させてそのまま飲み始めた。

 当然味はこちらも良いわけで、また瞳を輝かせてミルクティーを見つめている。

 とにかくそんな可愛らしい様子にも、そして口をつけられたことにも動揺して藤宮から譲ってもらったダージリンティーのカップを持ち上げられない。ただ、さすがにここで飲まないという選択肢を取るわけにもいかないし、だからほんの少しだけ唇を伝わせて、和菓子の方は遠慮しておく。


「いい香りで凄く美味しいね。藤宮がおすすめする理由もよくわかるよ」

「せんせぇならわかってくれると思ってた」

「ちょっ、ここでその呼び名はやめてよ!」

「えー、今は周りに誰もいないからよくない? てか、いいでしょ」


 どうしてそんなにその言葉を気に入ってしまったのか……。まあ、いいけどさ。

 和菓子に口をつけなかったことは何も言及されなかったし、無事返ってきたミルクティーで気分を紛らわせながら幸せとか最高だーとか声を潜めて楽しんでいる藤宮を見て和もう。

 それから僕は別種の紅茶を飲んだり、藤宮はもう一セット頼んだり、しっかりと楽しませてもらった。


「それじゃあ、そろそろ出ようか」

「そうだね。長居しても申し訳ないし、勉強もだしね、せんせぇ」

「そうそう。ほらっ、先に外出ておいて」

「それならレシートもらってよ。自分の分はちゃんと払うから」

「別にこれぐらいどうってことないよ。気にしないで」

「ダメ! そういうのに慣れて当たり前になんかなりたくないから。それにこんないいお店教えてもらったお礼もあるし、その気持ちだけ受け取っとくよ」


 どうやらそこは譲れない部分らしい。

 そこのところの常識を踏まえているのは好印象だな。かといって、普段から奢らせている印象があったわけではないけど、僕みたいに勝手に奢りたくなって断られないって感じだと思ってたから。

 会計を済ませて外に出ると太陽がジリジリ照らしてくる。十五時頃だからまだ人通りは少ない。ファミレスも空いていることだろう。


「じゃあ、行こうか」


 頷く藤宮と駅まで戻ってちょうどその下にあるファミレスに入る。先ほどとは打って変わってちょうどランチ中のおばさま方の声が大きくて非常に迷惑だ。

 隣にいる藤宮も一瞬そちらに向けてはぁとため息をついた。


「これじゃあ集中できなさそうだね」

「仕方ないんじゃない。うちらも本来とは違った使い方しようとしてんだし。でも、まあ……たしかにちょっと時間は無駄になっちゃいそう」


 ホールのスタッフさんも注文を聞きに行って大忙しといった様子でまだこっちに来ていない。

 藤宮としてもなんだかんだ難しいと感じているなら、一つ提案してみよう。


「一回外でよっか」

「ん? うん」


 どうしたのかと聞きたそうだがとりあえずはついてきてくれる。


「ちょっと提案なんだけど、藤宮がいいなら僕の家でしない? 母親はいるけど部屋には入ってこないし、今のファミレスより集中できると思うんだけど」

「もちろんありがたいけど、親御さんは本当に大丈夫? ちゃんと聞いた方がいいんじゃない?」

「それもそうか。ちょっと待ってて」


 しっかりと配慮してなにもかもノリで決めないところが素敵だ。

 スマホを取り出して電話をかける。すこしして話をつけ終え、無事問題ないという返事を頂けたのでそれをそのまま藤宮に伝えた。


「じゃあ、お邪魔しようかな。正直言っちゃうとあんなうるさいとこじゃ絶対進まなそうだったから」

「なら良かった。もしかして無理に大丈夫だって言ってくれているのかなって」

「んなことないよ。まあ、他のやつに誘われたら断ってたかもだけど、小笠原だったら安心だし、なによりちょっとどんな部屋なのか気になるしね」

「そりゃどうも。じゃあ、案内するよ」


 女の子を家に呼ぶなんて中学生になってから初めてだったからお母さんの声が弾んでいたけど、家に着いてから迷惑かけないか心配だ。

 それに藤宮が期待しているほど面白いものなんて何もない。強いて言えば好きな小説が並べられている本棚ぐらいか。それで小説を書いていることバレるのも違うしなー。


「ねぇねぇ、ちょっとだけあそこのスーパー寄って行ってもいい?」


 藤宮の指さした先には至って普通のスーパーがあるだけ。


「なにか用事でもあった?」

「お邪魔する身だからね。さすがに手ぶらでっていうのは違くない? 急なことだし」

「いやいや、そんなところまで気にしなくていいから、本当に。気軽に来てよ」

「そ? ならお言葉に甘えよ」


 こういう素振りだけでもいいから見せてくれると人の良さが見えて嬉しいなー。

 こんな子ならお母さんも好いてくれるだろうし、なにより僕が好きだ。本当にずっと良い子って印象が抜けない。

 どこかで一つぐらい穴があってもいいんだけど、全く見えないし、もしここまでにあったとしても気付かないぐらい僕が夢中になってしまっているのかもね。

 それだけ知り合い……いや、友人として絆が生まれているんだと思う。まだ話して数日しか経ってないけど。


「なに嬉しそうにニヤついてんの」

「そんな顔してた?」

「今この時間がしあわせーって感じだったよ」

「あながち間違ってないかもね」

「えっ?」


 からかおうとしたつもりが素直な反応を見せられて驚いたのか、藤宮はそれ以上何も言ってこなかった。

 一応のため家に着くまでにどんなことを今日しようか話していても相槌ばかり。ただそれでも嫌な雰囲気は流れていなかったから良しとしよう。

 そうして自宅までの時間までも楽しんだ。

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