物語の君はあんなにも綺麗だったのに

木種

第1話 後ろ姿は何度でも目にしたけれど

 祭利さいり高校に通い始めて一ヶ月。

 特に仲の良い女友達三人が皆彼氏を持った。高校生になって浮かれ気分で作っちゃう心理は正直よくわかるし、だからこそ私は凄く焦っている。

 だって自分だけいないの寂しくない? 話していたら皆楽しそうに惚気話してただそれを聞いているだけ。つくりなよーと言ってくるけど、そんなすぐ相手が見つかるわけないじゃん。

 三人とも積極的でグイグイ押すタイプだから男の子も舞い上がった気持ちのまま付き合っている子が多いだろうし、反対に私にはそこまでの行動力がないし。だけど、さすがに一人だけいないっていう状況はまずい。

 誰でもいいとは言わないけど、とにかく彼氏が欲しい!

 そんなことを昼食時、友人が彼氏に貰ったというブレスレットを見ながら思っていた。


「じゃあ、今日の授業はここまで。初めに配ったプリント後ろの人が回収してきて」


 ぐっと腕を上げて背を伸ばす。やっと六限目が終わったー。


小笠原おがさわらくん、はい……って、寝てるなぁ」


 後ろを見たら珍しく顔を伏せて気持ちよさそうにしているクラスでは静かな男の子。仕方ないか、たまには持って行ってあげよう。ちゃんと書いてはいるっぽいし。

 下敷きになっている紙を引っ張って取り出す。無理やり動かされたことで多少反応はあったけど、あまりにも疲れていたのか瞼は閉じられたまま。

 あれ? まだなにか書いてる。今日のプリントって一枚だったはずだよね。なんだろう、気になるけどまた下敷きになってて上の部分しか見えないや。えーっと、俺が、今日は、榮沢えいさわ……って、私!?

 なんでなんで私の名前出てくんの? ていうか多分これタイトルみたいなのも書かれているし、小説だよね。えっ、小笠原くんが自分で書いている小説に日本に滅多にいない名字の榮沢が使われているってこと? 絶対、これ私から取ってんじゃん。


「おーい、榮沢、早く持ってきてくれー」

「あっ、はーい」


 先生に呼ばれちゃった。とにかく今は一旦持っていこう。

 回収したプリントを渡してまた席に戻ってきても、小笠原くんは起きる気配がない。このまま授業が終わったらいつもこの近くで話している小笠原くんの友達たちが来て起こすだろうから、今凄く気になっている小説が見れなくなってしまう。

 ただ、どんな内容でどうして私の名前を使っているのか聞きたい気持ちもある。また引っ張ったりなんかしたらさすがに起きるかな。でも、それはさすがに可哀想だし、今日のところは我慢するしかないか。ていうか、もう見られている時点で後で問い詰めてもなにかしら吐いてくれそうだし。

 それにしてもいつも寝ずにいるのはこれを見られないためだったんだ。真面目な子だなって思ってたけど、案外冒険家気質だとしたら面白いかも。

 そうだ、今日は保健委員会の集会みたいなので残らないといけない上に、バイトとか彼氏とかで他の三人は先に帰っちゃうから放課後に理由をつけて残ってもらうとしよう。

 それから担任が来て終わりの挨拶をするとき、皆が立った音で目を覚ました小笠原くんが焦った様子で目の前に広がっている自作小説と思われるものを机のなかにしまうところをちらと確認する。

 とりあえず放課後残ってもらうなら今がチャンスだ。


「ねえ、さっきまでここに置いてた紙、どうしたの?」


 解散となり、周りが自分の都合に合わせて動き始めたなか、後ろを向いて席に座った。

 急に話しかけられて驚いている小笠原くんは何が起こっているのか理解するまでに十秒ぐらい固まって、それから慌てたように視線と手をうろうろさせる。


「か、紙ってなんのことだろ。なにか置いてたっけ? あっ、もしかしたらさっきの授業のプリントかも。僕寝てたから提出し忘れてたんだよね」

「それなら私が出しておいたよ。それでそのときに見えた小説かなにかのことなんだけど」


 逃げ道を塞がれた上に私にバレている現実を捻じ曲げることができないと察した彼は徐々に耳を赤くしていく。やっぱり恥ずかしいんだ。


「も、もも、もしかして、中身見たの?」

「寝てたから全然見えなかったよ」

「あっ、なんだー、それなら良かった」


 嘘をついてみたらホッとしたように息を吐いた。これはやっぱり榮沢を私から取っているから、それがバレたのではないかと焦っていたに違いない。

 小笠原くんには悪いけど、ここは落ち着きを取り戻そうとしている心をもう一回揺さぶってあげよう。


「あー、でも、たしか榮沢がなんとかって書いてた気がするんだけど……あれって、私のこと?」


 わざとらしく丁寧に聞いてみたらこれはもう全てバレているのかもと悟ったみたいに反応がない。いや、むしろ、ショック過ぎて身体が動かないだけかも。

 そんなに見られたくなかったのかな。もしかして、私の名前を使ってエッチなことさせようとしてたとか?


「……ごめん!」


顔の前で手を合わせ、どうにか見逃してもらおうとする小笠原くん。これはもう確定だ。


「悪気があったわけじゃないんだけど、あまりにも珍しかったからつい使っちゃって、嫌だったよね。僕、こういうの書くの好きで、それで本当になにかしようとしたわけじゃないんだけど、その、えっとだから……」


 あーあ、慌てすぎて考えがうまくまとまらずに口だけ動いちゃってるなぁ。このまま話してても埒あかなそうだし、さっきから小笠原くんのお友達たちがこっち見て話しかけづらそうにしているから、一旦引いてあげようか。それにこれはあっちに都合の良い口実になると思うし。


「じゃあさ、私このあと委員会があってすぐ終わるから、ここで待っててよ。そこでいろいろと聞きたいこととか言いたいこと話そうよ」

「えっ」

「もしかして今日予定あっていけない?」

「いやいや、そんなことはないけど」


 まだ顕著に気持ち悪がっていない私の態度に驚いているのか、それとも急なお誘いに困惑しているのかな。でも、とにかく今日中に話は出来そう。


「それじゃあ、ここで待っててね。もちろん、一人でだよ」

「う、うん」


 完全に状況を飲み込めないうちに約束を取り付けられて良かった。これで放課後いろいろ聞けるし、うまくいけば彼氏関連の話にうまくつなげられるかも。

 よし、委員会パパっと終わらせるぞー。



 ☆★



 怒涛の勢いで話を進められて、それじゃあと榮沢さんが席を立ったのがほんの数十秒前。

 それからいつもの二人組、しゅう渡木わたぎがニヤニヤしながら寄ってくるまで早かった。


「おいおい、今何話してたんだよ、龍斗りゅうと


 下の名で呼び合うほど仲が良いのは修だ。幼稚園からの幼馴染でいつも隣にいてくれる頼もしい存在。この高校を選んだ要因のひとつでもある。

 自分は中学時に付き合った彼女がいる余裕と普段からそれっぽい雰囲気がない僕が珍しく女の子と二人きりで話していたから弄ってやろうという気が丸見えの笑みで話しかけてきた。

 これは面倒臭くなりそうだ。


「別に何もないよ。僕が寝ている間にプリント回収してくれてたっぽくて、それでありがとうって話」


 そんな単純なことであそこまで反応していたのなら気持ち悪いなと自分でも思う。下手くそな嘘だ。


「わかりやすいなー、龍斗は。何年の付き合いだと思ってんだよ。お前が小説書くのが好きなのも、授業中に密かに書いているのも知ってんだから。どうせそれを見られたかなんかで、いろいろ聞きだされてたんじゃないのか?」


 大きくは間違っていないけど、その内容は修にも見せたことがないからまだ一歩手前で勘違いしてくれているみたい。渡木に関しても同じような反応を見せている。

 この感じだと適当に流しておけば話は済みそうだけど、榮沢さんに言われたように一人で待っているには何か口実が必要だ。

 皆部活に入っていないからそれを理由にすることはできないし、バイトもしていないし。

 ああ、どうしようかな……。


「まあ、そんなとこ。さすがに人に見られるのは恥ずかしいんだよね。てか、この話はこれぐらいにしてさ、二人とも今日はなにか用事あったりする?」

「いや、別に。そうだ、もうそろそろテストあるし、ファミレスでも行って勉強会しようぜ」

「それいいね。俺、もう既にヤバそうだから小笠原と波村はむらに教えてもらおうかな」


 どうしよう、パパっと話が進んじゃってるよ。なにかこじつけられるものはないかと思って聞いただけなのに。

 頼む、誰か助けて!


「ついでにさ、明日休みだし、そのまま俺の家泊まって遊ぼうぜ。渡木も大丈夫だろ──っとごめん、電話かかってきたわ」


 おっ、修に連絡が来たってことは時間も考慮したらその相手は多分一人だけ。


「マジか、今日だっけ? いやいや、なんでもないなんでもない。覚えてたって。ちょっと驚かそうとしただけだし、いや、マジで。わかってるよ、すぐ迎え行くから待ってて。それじゃ、またあとでね」


 口調からしても確定だ。相手は楓恋かれんに違いない。それに早口になっているところを見るとなにか忘れていて問い詰められかけて早めに話を切り上げたように思える。

 急いでリュックを背負った修はさっきの僕みたいに手を合わせてごめんと言った。


「楓恋に呼ばれたから先帰るわ!」

「マジかよ、じゃあ、俺たちも帰ろうぜ」


 これは最高の流れだ。いつもなら渡木と帰るけど、ここは適当に躱そう。


「ごめん、さっきの授業寝ててプリント終わってないからそれやってから帰るよ」

「あー、龍斗が寝てたせいで榮沢が回収してたもんな」

「そういえばそうだったな。じゃあ、頑張れよ。また来週な」

「またね」


 よしよし、さすがに授業中に僕のことを注視してないとプリントを榮沢さんが持っていってくれたことなんて知らないだろうと賭けてみたら成功した。

 他の人達も殆どいなくなったし、残っている組も日直の仕事を終わらせたらそのまま出ていきそうだし、これでからかってくるような邪魔者はいない。

 いやー、それにしてもどこまで見られたんだろう。

 さっき置いていた分だとそこまで派手なことは書いていないから、全部見られていたとしても反応としてはあれぐらいのものだよな。多分、自分の名前を見つけて気になっただけっていうところだと思うんだけど。

 これでクラスの皆にバラすからなんて脅されでもしたらどうしよう……いや、榮沢さんに限ってそんなことはないか。いつも四人グループで話しているときはニコニコしているし、修から聞いた話だと温厚で優しくて友達多いみたいだし。実際、今日も僕のプリントを提出してくれたわけで、情報に間違いはなさそう。

 席が前後なのに僕が消極的過ぎて全然話したことはないけど、後ろ姿も前からも可愛いんだよね。黒髪は肩口まであって、僕と身長が変わりなくてあとカーディガンで萌え袖なのがかなり好き。

 これで性格も良いとか完璧か? でも、それは面白くないし殆どありえない話だから捨てるとして、もし今書いている公募用の作品にモデルとして使ってるなんて知られたらどうなることやら…………。

 またとない二人きりのチャンスかもしれないのに憂鬱な気持ちで向かうのはなんだかなぁ。

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