最終話 ご拝読いただきありがとうございます
「……ふぅ。こんなところかな」
なんとか間に合ったー。コンテスト期限まで残り三十分。寝る間も惜しんで書いた甲斐あったよ。出来は自信があるけど、結局自己評価なんて贔屓目しかないからあまりあてにはならないんだよね。
どうにか審査員の方の目に留まることを願うのみ。
もう何時間も座りっぱなしの椅子の背もたれに身体を預ける。それから凝り固まった肩をグッと伸ばそうとするも、腕を上げただけで痛い。これは頑張った証拠かな。
「おーい、入るよー」
「どうぞ」
ガラガラと引き戸の扉が開かれ、お盆を持った彼女がやってきた。どうやら労いのお茶と和菓子を持ってきてくれたみたいだ。緑茶の良い香りが漂って気持ちを落ち着かせてくれる。それにあんこで覆われた御餅の和菓子が今の疲れた身体にはベストで正直すぐにでも口のなかに入れたい。というか、入れちゃおう。
「おっ、十万文字じゃん。これでなんとかセーフ?」
身体を前に持ってきてパソコンの画面を覗く彼女。今日も良いシャンプーの香りがする。これさえも癒しに感じるなんて僕の身体はどうかしてるよ。
「そう。本当きつかったけど、なんとかやれたよ」
史実を元にした話を書くっていうのはどこまで現実に寄せるのか、そうしてどこで魅力を足すのか凄く悩んだけど、それなりにうまくやれたんじゃないかと思う。書きながら当時のことを思い出して感情が湧いて出てくることがあったり、単に懐かしんだり、なんだかんだ記憶のなかに残されているもんなんだなって感じた。
そういう人間の仕組みって面倒だけどいつまでも忘れないという観点ではとても素晴らしいよね。
「へー、最後は真相は闇のなかみたいな終わり方にしたんだ」
「だってさすがにあれは書けないでしょ」
「あたしの一番の雄姿じゃない? せっかくなら書いてほしかったなー」
冗談めかしてそんなことを言う彼女だが、その雄姿のせいで退学寸前まで行ったんだから何も褒められるようなことはない。まさか当日だけでなく、テスト週間全て休むなんて思いもしなかったから当時は驚きで彼女に逆らうべきじゃないと意識させられた。
それは良い思い出だな。
「まあ、でも間に合ったんならそれでいいか」
「そうそう。とにかく解放された気分だ」
「じゃあさ、このあとどこか行かない?」
「えっ、さすがに疲れてるんだけど」
「は?」
引きつる頬。たった一文字に凝縮された感情。
あっ、ヤバイ。これスイッチ入っちゃった?
「今月の途中からこのコンテストに応募するんだってそもそも無茶から始めて、本当なら昨日行くはずだった桜の開花日もキャンセルして部屋に籠りながらずっとパソコンに向かってポチポチしてたの誰だっけ?」
「うぅ……僕です」
「そうだよね? それなのに疲れたから今日は嫌だって言う権利あると思ってんの?」
「ないです、ないです。なんでもしますよ、家事でも運転手でも、なんなら犬の真似でも」
もうこうなったら手が付けられない。普段は温厚なのに一度スイッチが入ったら一気に豹変するんだから。まあ、そうやってムキになったみたいに怒っているところもまた可愛いんだけど。
「だよね。じゃあさ、今日こそはしようよ」
「それはダメ!」
「えー、今なんでもって言ったじゃん」
「それはそうだけど、僕達一応まだ高校三年生だよ? それに二人とも早生まれで未成年なんだから」
「別にいいじゃん。同意の上だし、ママもパパも将来まで見据えているって言ってくれてるし」
「そういう問題じゃないの。それこそ、将来を考えるなら今じゃないってことわかるでしょ?」
「ちぇ」
本当にどれだけ僕のことを好いてくれているのか嫌というほど伝わってくるのは嬉しい。でも、ここだけは良く考えなきゃならない。当然僕だって将来はぜひと思っているけど、これから入学が決まっている大学に入って卒業までに最低四年。その間にもしものことで妊娠なんてしたら親に迷惑をかけてしまう。そういう付き合い方はしたくないし、その流れで結婚も嫌だ。
「じゃあ、一緒にお買い物でいいや。今日の食材まだ買えてないから」
「急にハードルさがったね。そんなにさっきのことが大事なの?」
「うーん、大事っていうかひとつの愛情表現じゃん? 実際寧音は気持ちいいって言ってたし、明梨は悦んでくれる顔見たらこっちまで嬉しくなるって言ってたよ?」
「それはまあ一理あるけど」
「わかってる。あたしもちゃんとした交際を続けたいから別に今はこのままでいいよ。それにこうしてパパたちやお義母さんたちがうちらだけの家を買ってくれたんだから、そんな皆を悲しませるようなことはしたくないしね」
「そうだね。本当感謝しかないよ」
大学の合格祝いにもらったこのマンションの一室。
同棲生活を始めるうえでとても助かった部分だ。二人だけのプライベートな空間は特別感が増してより幸福を感じられる。
「さて、お願いも決まったことだし、仕度しますか」
「そうだよ。あたしはもう準備できてるんだからね!」
そう言う彼女を見ればたしかに私服姿だ。それも初めて僕たちがデートしたときと同じキャミソールとカーディガン。いいね。ちょうど執筆していたおかげで昔を思い出したし、感傷に浸れて気分が良い。
じゃあ、僕も合わせようっと。
そうして玄関で靴を履き、家を出る。鍵を閉めたら出発だ。
なにも言わずとも握る彼女の手。そうして、なにも言わず握り返してくれる温もり。
「いつまでもずっとこうしていたいね、優美」
「あたしはこうしていられるって信じてるよ、龍斗」
今一度ギュッと強く握り締め、僕達は一歩踏み出した。
物語の君はあんなにも綺麗だったのに 木種 @Hs_willy
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