第19話 早計は混乱を生む

 スマホの明かりで顔を照らされながら修の家から自宅までの道のりを歩いていく。

 LINEにて藤宮のアイコンをタップ。


『明日、この前の埋め合わせしたいんだけど、どうかな?』


 もし今日会っていた男とこの時間まで一緒にいたら返信はないだろうし、明日は一応花房さん達と用事があるみたいだし、正直絶望的だけど神様がいるならチャンスをくれるはず。

 ……既読ついたけど、これはまだ確定じゃない。どうだ……。


『あー、ちょい待ち』


 キタッ! 返信は来た! 恐らくこの待ちは明日のメンバーへの確認、だと思いたい。

 そこまで早くはないだろうから、逆に早すぎたら別かもなんて思っちゃう。ドキドキしながらその鼓動につられるように早足で帰っていたらもう家の前だった。

 時間にして五分程度。嬉しいことに返事はまだない。


「ただいま」

「おお、ちょうど良かった。風呂入りな」


 遅くなったから今日はお父さんのお出迎えだ。今自分が浸かった後なんだろう。身体から湯気が出てる。


「ちゃんとお湯は張りなおしておいたから安心しろ」

「別に男同士だから気にしなくていいのに」

「ハハッ、それもそうだな。つい、昔母さんにしつけられた癖でな」

「ハハ……」


 どんな癖なんだ。

 まあたしかに家で二人が喧嘩するときはどちらに非があってもお父さんが謝っているし、休日のお出かけは二人とも免許を持っているけどお父さんが運転しているところしか見たことないし、そもそも滅多に反抗しないしね。完璧に尻に敷かれてるよ。

 ただ、お母さんの方の親戚の人達は皆お父さんが好きで優しく接してくれていることが大半だから、そこで釣り合い取れているのかも。一向に禿げる気配がないのはそのおかげか、いや、多分お母さんのことをそれを凌駕するほど愛しているんだろうね。


「それじゃあ、入るね」

「おーう」


 一旦部屋に入っていつものスマホ用パックと、着替えを持ってきて今日来た服を洗濯機のなかへGO!

 頭と身体をしっかりと洗ってから奇麗な湯に浸かる。


「さてと、返事はまだなしか。これは嬉しすぎるね」

『時間遅くでもいいならお願いしようかな』


 ああ、そんなこと言っていたら来ちゃった。でも、OKみたいだ。


『わかった。何時ぐらいにどこがいい? 良かったら次はそっち行くよ?」

『えっ、そっちってあたしの家に来たいってこと?』


 あっ、やばい。本当にそんなつもりで打ったわけじゃないのにこの文章ならそう思われても致し方ない。誤解だって伝えないと…………いや、待てよ。流れとしてはそういう提案をしても多少はおかしくないんじゃないかな? おかしいのかな?

 今日二人と攻めていこうって話したんだから、ここはその見せ場なのでは?


『そう。行きたい』

『へー、いいね。うん、あたしは全然いいよ。時間は六時ぐらいでお願い』

『スケジュールにメモして忘れないようにしないと』

『遅刻一分につき、この前のお店のティーセット一つ奢ってもらうから』

『それなら三分ぐらい遅れちゃおうかな』


 と、ここで返信が止まる。

 あれ、なにかおかしなこと言ったかな? 攻めは初手で済ませておいたし、流れから見ても違和感ないと思うんだけど。

 数分経ってもなにも来ないなら動画でも見ておこうかな──っと、ちょうど来た。


『せんせぇは生徒に手を出しちゃういけない人なんだね』


 ん? なんのこと? 僕もしかしてやった? 過ち犯しましたか? これバッドエンド直行ですか?


『まあでも、そういうの嫌いじゃないよ』


 ああ、違ったみたいです。正解引けたみたいです。良かった……。


『良かった。待ち合わせはどこにする?』

『学校の最寄りで誰かに見られてあーだこーだ言われるのは面倒だから、蛍川ほたるがわに来てよ。わかるでしょ?』

『うん、問題ない』


 たしか学校方面の奥側にある駅。多分、藤宮の最寄り駅だよね。


『それじゃあ、そこにさっき言っていた通り六時に着くように向かうね』

『おっけー』


 よし、これでひとまず約束は取りつけられた。まだ希望は薄くない。


『あっ、そうだ。こっちくるとき、本当に何も持ってこなくていいから。これ建前とかじゃなくてね』

『おけおけ。じゃあ、また明日』

『もしかしてもう寝る感じ?』

『いや? 今お風呂だよ』

『じゃあ、もうちょっと話そうよ。通話だと反響した音入っちゃうだろうからこのままで』


 なんて素敵なご提案。これも建前なんかじゃないよね? そうだよね? あっちから誘ってきたもんね!

 どうしよう、パッと見た鏡に映る僕おもちゃ買ってもらった子供みたいに笑顔の華咲いているよ。


『藤宮がそうしたいなら』

『小笠原はそうでもない? じゃあ、やめとく?』


 ああ、ごめんなさい。つい調子乗っちゃいました。凄くしたいです。ずっとしていたいです。


『ごめん』

『いいよ。そういえば、話変わるんだけど今日外出かけててさ』


 あっ、それ知ってるよ。展示会行ってたもんね。というより、その話が出てくるってことはちょっと嫌な気持ちになっちゃうかも。


『まあ、プロの写真見てたんだけど、すごく綺麗なのは当たり前として、ぼかしを使った魅せ方みたいなのがもう感動で小笠原にも見て欲しかった』

『そんなになんだ。ていうか、そういうところ行くんだね』


 僕はあの時殆ど滞在してなかったし、そもそも写真に全く目がいってなかったしでたしかにそういうのは見てみたかった。でも、それよりちょっと探りを入れてみたくなってしまう。


『自分からはまず行かないかな。今日は連れがいたから』

『あー、意外なところで花房さんとか?』


 クイズをやっている体でさらに聞きだしていく。ここの答えが肝心だ。


『ううん、いつものじゃなくて、元カレと』


 えっ? 元、カレ……。


『一年ぶりぐらいにあったんだけど、相変わらず自分が好きで自分一色に染めたがるところが治ってなくてさ。そういうのが嫌で別れたから本当最悪な時間だったわ。その写真が唯一の救い』

『そうなんだ。まあ、前に無理して会わなくていいって言ってたもんね』


 どうしよう。今凄く最悪って言葉に喜んじゃった。他人が落とされているのに嬉しくなっちゃった。でも、仕方ないよね。一応ライバル的な人なんだし。


『そそ。どうしてもって言われて仕方なくだったのに。てか、ごめん。こういう話は良くないわ』

『全然気にしなくていいよ。愚痴を吐けるってそれなりに信頼されてる証なのかなって思うし、そういう意味では嬉しいし』

『そ? じゃあ、ついでに聞いてほしいんだけど、そいつがまた人のことを馬鹿にし過ぎっていうかさ』


 これ、僕のことだ。展示からこの話をするっていうことは、多分間違ってない。


『人が目標に向かって成し遂げようって頑張っているのに、まああたしの伝える順番のせいではあるんだけど、ちょっと悪いかなってところしか聞かずにそこからずっとその人のことを下げっぱなしで。本当ムカつくわ、ああいうの』


 ああ、ヤバイ。今もう泣いちゃいそう。僕のことを馬鹿にされて怒ってくれているんだ。それに小説の話を聞いても距離を取ろうじゃなくて、目標に向かって頑張っている人だなんて。ちょっと我慢できないかも。


『そこでも俺とお前は同じ意見だよな、みたいな話し方で来るし、ウザすぎてちょっとだけ乗ってあげたら満足してその話は打ち切り。勝手に満足してんなよって感じで』


 本当はなにかしら相槌程度の返事をしてあげたいけど、ポツンポツンと湯船に雫が落ちるのを防ぐために意識を集中させているから何も打てない。


『もうこいつといたら時間無駄だと思ったから、おすすめのお店について行ってトイレ行くふりしてそのまま置いて帰ってやったんだよね』


 本当に嫌いじゃん。もう最高じゃん。これで今日心に積もった負の感情が全て浄化された。

 ダメだぁ。止めらんないよ。


『小笠原はそんなことしないよね?』

「えっ……」


 まさかここで振られるなんて思っていなかった。

 もちろんそんなことはしないし、もししたことがあったなら藤宮の為に何が何でも直してやる。


『さすがにね。藤宮もでしょ?』

『陰口はね。まあでも、理由あってこんなふうに愚痴は言っちゃうけど』

『それは誰にでもあるんじゃない? 僕だって嫌なことあったらバーッて修に言っちゃうことあるから』


 なんだこの時間は。あまりにも幸福が満ちていて受け止めきれないよ、僕の心は。


『あっ、明日の別の予定開始だけ早くなったみたいだからもう寝る。おやすみ。愚痴聞いてくれてありがと!』

『はーい。おやすみ』

「……ふぅ」


 湯船のなかで大きく手足を広げてリラックス。

 鼻をすすって目元を擦る。

 僕も明日のために早く出て寝よう。


「おっ、どうした? 目が充血してるぞ」


 身体を拭き終えてリビングでお茶を飲もうとしていたらちょうどお父さんに見つかった。


「シャンプーが目に入っちゃってさ。洗い流しはしたんだけど、そのせいかな」

「そうか。気を付けたほうがいいぞ。なにか異変感じたらすぐ言うようにな」

「うん、ありがとう」


 ここでは家族からの愛情を感じられて脆くなっている心がまた涙を誘いそうだ。潤んでいるのを見られる前に部屋に入ろう。

 ベッドに思いっきりダイブして眠気に襲われに行く。次第に瞼は閉じていった。

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