超重戦車E‐100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ(フェアヒラント村1945年5月7日)

遥乃陽 はるかのあきら

回想 水色の日傘とジーク・ハイル『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第1話』

■1945年5月4日(金曜日)ドイツ第3帝国マルデブルク州アルテンプラトウ村 駅舎前から街道口へ


 800mの距離から撃破した4輌のスターリン戦車が燃(も)え盛(さか)る東方のブラッティン村を、ソ連軍から奪(うば)い返す防衛隊の兵士達の様子を見ながら、車長のメルキセデク軍曹は、マムートをアルテンプラトウ駅舎前から木材工場の煉瓦塀(れんがべい)と並木の影へ後退させて停止させた。

 停止すると直(す)ぐに、バラキエル伍長は砲身と俯仰角(ふぎょうかく)を固定する歯車の状態を調べ、ラグエルとイスラフェルの二人(ふたり)は、砲塔上面の装填手(そうてんしゅ)用と砲塔後部のハッチから出て、車体後部上面のグリルを全(すべ)て開いて、エンジンルーム内へ潜(もぐ)り込み、燃料やオイルの漏(も)れに振動や音の異常、それと空冷されずに高温のままの赤い部分の有無(うむ)を点検する。

 僕は傍受(ぼうじゅ)する無線の様子から、再度、接近して攻勢を掛けようとするソ連軍がいない事を、軍曹へ報告すると、軍曹の指示で、『ブラッティン村の敵威力偵察隊の撃滅と、今夜夜半には、予定の守備位置へ到着できる』の旨(むね)を暗号文にして、半周防衛陣を構成する第12軍の司令部へ新型無線機の送信出力を長距離用に上げて伝えた。

 それから僕は、変速装置と駆動軸の点検を終えたタブリスに付き添(そ)い、全部の履板(りばん)のジョイント部分は罅割(ひびわ)れや欠損(けっそん)の有無を調べて、異常が有れば白色のペンキで印を付け、更(さら)に、連結ピンに緩(ゆる)みが有れば、締(し)め付けてから僅(わず)かに弛(たる)みが増えた履体(りたい)を定位置まで張り直(なお)す。そして、調整と異常の状況を軍曹に報告する。

 ジョイント部分は3箇所に小さな欠けと皹が見付かり、5本のピンが少し緩んでいただけで、走行に支障が有るような重大な問題は見付から無かった。

 軍曹とバラキエル伍長は、『ソ連軍に、増援の来る様子(ようす)が無いか見て来る』と、駅舎の2階へ駆け上がって、窓から双眼鏡で暫(しばら)く東と北の方を見ていたが、敵に其(そ)の動きの気配(けはい)は無かったらしく、のんびりと歩いて戻って来た。

 其の軍曹の手には、駅舎の待合室に残されていたのだろうか、婦人物で水色の日傘(ひがさ)が握(にぎ)られていた。

 傷の治(なお)りに差(さ)し障(さわ)りが有る直射日光を遮(さえぎ)る陽射(ひざ)し除(よ)けだそうだけど、無線に入るラジオ放送から、『薄い曇り日が続くだろう』と聞いていたので、暫くは強い陽差しの日は無くて、防水処理がされていない日傘の布では、小雨でも凌(しの)げないのにと思う。

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 国道に出る直前の踏み切りに遮断機が下りて、直前を軽便鉄道に運用されるような箱型の蒸気機関車に牽引(けんいん)された3両編成の列車が、ずらりと軽傷の負傷兵が客車の屋根に乗り、客室には歩けない重傷の兵士と婦女子がギュウ詰め満員状態で押し込まれ、デッキには小銃や短機関銃を持った警護兵が幾人も立って沿線を警戒(けいかい)しながら、マムートによって安全を確保された線路を、複合橋が在る北方のフッシュベック村や、鉄道橋が架(か)かるシェーンハウゼンの町を目指して、ゴトゴト揺れながら走って行った。

 これから、ソ連軍に攻め込まれてゲンティンの町が占領されるまで、夜を徹(てっ)して鉄道を往復運行させて、逃(のが)れて来た傷病兵や避難民を、北方のエルベ川を渡河(とか)できる地点まで運んで行くのだろう。

 遮断機が鉄道公社の職員と警護の国民突撃隊員によって手動で上げられると、待機していた防衛隊のヒトラーユーゲント達が、国道を北西へ逃れて行く多数の難民達を遮って、フェアヒラント村への街道口までマムートを誘導してくれた。

 其処(そこ)へ国道から戦闘の成り行きを見ていた行政官が笑顔で走り寄って来て、感謝と感激しているのが分る大きな声で言った。

「ジーク・ハイル! お見事でした、軍曹殿。圧倒的な勝利に我々の士気は、一気(いっき)にあがりました」

 踵(かかと)を鳴らして、身に染(し)み込んだ右手を上げる敬礼姿勢の行政官はマムートの活躍(かつやく)を讃(たた)えると、運行が再開されて通り過ぎて行った列車を指差し、行政官は興奮して甲高(かんだか)くなった大声で言葉を続ける。

「既(すで)に夕刻が近くなっているので、ソ連空軍機の襲来は、もう、今日は無いでしょうから、たぶん、明日の昼過ぎ頃までは、避難列車の運行を続けられます。難民列車を再開できたのは、とても良かったです。軍曹の御蔭(おかげ)ですよ。……しかし、戦争はドイツの負けで終わりです。明日の午後には、このアルテンプラトウ村や運河向こうのゲンティンの町は、三方(さんぽう)からソ連軍に包囲されるでしょう。もうこれ以上、誰も、何も、失いたくは有りませんから、私達は、降伏の白旗を掲(かか)げます」

 再び、踵を鳴らして右手を上げる行政官は、別れに祝福の言葉を添えた。

「軍曹殿、乗員の皆さん、御武運を!」

 降伏した町のナチス党の政策を履行(りこう)する行政官は、町を占領したソ連軍によって戦犯として公開処刑されるに決まっている。そして、其の行政官の家族は、シベリアの強制労働の収容所送りになって、2度とドイツへ戻って来る事は無いだろう。

 それを覚悟(かくご)しての町を降伏させる行政官は、役場の執務室で眼下の広場にソ連軍の戦車が雪崩(なだれ)れ込んで来るのを見ながら、家族と一緒(いっしょ)に自殺するのだと、行政官の歪(ゆが)んだ笑顔を見て察した。


つづく

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