回想 迫る鋼鉄の暴風と片時の安らぎ『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第10話』

■5月5日(土曜日) フェアヒラント駅近くの守備位置


 昼近くに南西方向の森の向こう側になるアルテンプラトウ村の方向から爆発音が響(ひび)いて来て、続いてくぐもった激しい銃声と砲撃が森を通して暫(しばら)く聞こえていたが、それっきり散発的に聞こえて来るだけになった。

 正午過ぎになってニーレボック村から昼飯を運んで来たトラックの運転手が、『アルテンプラトウ村とゲンティンの町にソ連軍が侵攻して守備兵達が逃(に)げて来ている。更(さら)に、ゲンティンの町が陥落(かんらく)すれば、明日の夜明けには、其処(そこ)へ集結したソ連軍が、第12軍の防衛線の南端になるフェアヒラント村を目指(めざ)して、ニーレボック村とゼードルフ村に攻撃して来るだろう。同時に漸(ようや)く此(こ)の辺(あた)りの地理を理解したロスケ共がエルベ・ハーフェル運河を越えて、エルベ川の東岸沿いにフェアヒラント村の上流に在るノイディアベン村とディアベン村へと攻めて来るぞ。そうなったら、包囲されないうちに急(いそ)いで艀(はしけ)乗り場へ行け!』と、不安を隠(かく)さない顔で戦況を知らせて、助言までしてくれた。

「あの、政治指導官殿は、降伏すると言っていたな。俺達に協力してくれた人らが、……無事だといいな」

 昼食のデミグラスソースのシチューの肉はポークで脂身(あぶらみ)が美味(うま)かったが、メルキセデク軍曹の世話になった人達の安否を気遣(きづか)う言葉に、ゲンティンの駅舎で炊事をして3度の食事を提供してくれた母親ぐらいの女性達と、牽引車のクレーンを操作する乗員達の笑い顔を思い出した。

「親切な人達だったな」

 ぼそりと、続いて言ったバラキエル伍長の言葉に、寡黙(かもく)になった皆が頷(うなず)く。

 午後の昼下がりは、ペリスコープのミラーとレンズの指紋や埃(ほこり)を拭(ふ)いて視野を明るくさせると、萎(しお)れて来た擬装の枝葉を落として配(くば)られた迷彩ネットをマムート上に張り、更に、新しい枝葉を被(かぶ)せて上空から見付からないように厳重な擬装を施(ほどこ)した後は、無線機の調整と傍受(ぼうじゅ)、突撃銃と短機関銃と拳銃の手入れに終始する。

 他のクルーも、共同作業以外は自分の担当の整備と調整をしていた。

 各自が受け持ちの整備と調整を済(す)ませる頃合いで、午前中に会っていたフェアヒラント村のヒトラー・ユーゲント達が挨拶(あいさつ)に来た。

 リーダーに率いられて来たのは、十二、三人で、少女団の五人全員も来ている。

 男子達はガチャガチャとガラス瓶や陶器に入った飲み物を、女子達は村内の自宅で作ったケーキとサンドイッチ、それに花束を持って来ていて、警護の兵士や憲兵隊員も交(まじ)えた、ピクニック気分の華(はな)やかな交歓会(こうかんかい)というより、最早(もはや)、ヤケクソで賑(にぎ)やかに振る舞う最期の晩餐(ばんさん)のような食事会になっていた。

 久し振りに食べるケーキは、塗(ぬ)りたくった生クリームとスポンジ生地(きじ)が甘くて美味(おい)しい。

 サンドイッチの香(かお)り豊かなパンは柔(やわ)らかく、挟(はさ)まれた目玉焼きやコールドビーフも甘めのソースに絡(から)められて、まだまだ子供の僕には、とても旨(うま)かった。

 やはり、戦火が殆(ほとん)ど及(およ)ばなくて死傷者を見ない田舎は、間断(かんだん)の無い昼夜の空襲と労働奉仕の供出(きょうしゅつ)ばかりの都会と違って、食べ物が豊富で平穏な日常が続いていると羨(うらや)ましく思う。

 女子達は、ラグエルとイスラフェルの職人話や憲兵の与太話(よたばなし)に、キャッ、キャッと盛り上がり、男子団員と兵士と僕はメルキセデク軍曹とバラキエル伍長の実戦話に聞き入っている。タブリスは例の美少女と二人(ふたり)っきりで笑い合って凄(すご)く楽しそうだ。

 午後4時頃、昼前にゲンティンの町へ帰隊する為に出発した12名の防衛隊員が現れて、既に、ソ連軍が鉄橋と国道橋まで浸出している渡れないエルベ・ハーフェル運河に、『戻って来るしかなかった』と嘆(なげ)いた。

 家族の居る町が敵に占領されて悲しむ彼らに、交歓会の残り物を勧めて慰(なぐさ)める。

 午後6時半過ぎ、まだ焼きたての香りが立つビーフステーキと茹(ゆ)でた馬鈴薯(ばれいしょ)の晩飯を運んで来たトラックの運転手は、昼と同じ中年の炊事兵だった。

 彼はアルテンプラトウ村とゲンティンの町は夕方に降伏したと言い、森の中の街道は封鎖して中間点の曲がりを防衛前線にしているが、まだ、ソ連軍は集結中で攻めて来る様子は無いと、直ぐにでも脱走しそうな苦渋(くじゅう)の顔で知らせてくれて、去り際に大きなチーズの塊(かたま)りを三(みっ)つも置いて行った。

 明日が戦闘になれば、いつ食べれるだろうかと考えながら、ちゃんと交代で起きれるようにと早めの眠りついた。

 深夜、友軍の一部と思(おぼ)しき戦車小隊らしき車列が、アイドリング並みのエンジン音に金属部品がガタつく程度の小さな音で牧草地を南の方角へと横切って行き、其の注意深く走行する音に気付いたイスラフェルが砲塔後部のハッチを静かに開けて外の様子を覗(のぞ)き見していた。

 其の内に友軍が反撃する気配を察(さっ)してハッチを全開にすると外へと出て行き、砲塔上に上がる彼の音が聞こえて来た。

 全開にした重い後部ハッチのヒンジが軋(きし)む音と、開かれる分厚(ぶあつ)い鉄のハッチの重みで振動する響(ひび)き、それにガサガサ、パキパキと擬装の枝葉を掴(つか)んで踏(ふ)み付ける音で、僕は起こされてしまった。

 眠気眼(ねむけまなこ)で隣のタブリスの方へ顔を向けると、闇の中でガサゴソと姿勢を変える音と微(かす)かな呻(うめ)きが聞こえて来て、彼も起き出したのが分かった。

 振り返ると既(すで)にメルキセデク軍曹とバラキエル伍長は司令塔と砲手用のペリスコープで外の様子を見ていて、ペリスコープから入る星明りで二人の目の周りが青白(あおじろ)く照(て)らされている。

 砲塔の床で丸まって寝ていたラグエルも起き出して伸(の)びをしているようだ。

 無線機のスイッチを入れ、前面板の明かり灯(とも)るいくつものメーターの中の時計を見て、現在時刻が午前2時半近くだと確認する。そして頭上のハッチを上げて横へずらして肌寒(はだざむ)い夜風が弱く吹く外へ僕も出た。

 片手に双眼鏡を持ち、針金で留(と)めている枝葉で擬装している砲塔に凭(もた)れると、ガゴッ、ゴトンと皆(みんな)も外に出て来て、砲塔上に立って双眼鏡で仄(ほの)かに明るいゲンティンの町の方を見ているイスラフェルの足元へラグエルとバラキエル伍長が座り、メルキセデク軍曹は司令塔に腰かけた。

 ゲンティンの町の方を見ながら光の明滅(めいめつ)と喧騒(けんそう)の発生を探(さぐ)っていると、行き成り後方の森の上が爆撃された遠くの場所のように連続して赤く光り、ドロドロドロと砲声か、炸裂音か分からない轟(とどろき)が籠(こも)るように聞こえて来ると、直(じき)に上空から砲弾の飛び過ぎて行く擦過音(さっかおん)が聞こえ、続いて南東の森の向こうに在るアルテンプラトウ村とゲンティンの町の方角から炸裂(さくれつ)する重砲弾の眩(まばゆ)い炎の連(つら)なりが、木立ちの上を日没直後の空の様に赤く染めると、ピシャピシャガラガラガラと近所に落ちた雷と同じ轟音(ごうおん)が響いて来た。

「味方の重砲の射撃だな。時刻は午前3時だ」

 砲身の向こう側で僕と同じ様に凭れていたダブリスが腕時計を見ながら、そう言った。

「第12軍の150㎜重砲だ! タンガーミュンデの方からの大口径砲弾の支援砲撃かあ、明日の防戦分まで撃ち尽くさなければ良いのだがなあ。弾着が奥へ移動すると反撃する戦闘団の突撃が始まるぞ!」

 メルキセデク軍曹の状況説明が終わると同時に、今度はエルベ川の対岸の彼方にパッパッパッパッと

連続した小さな光の煌(きらめ)きが視界の右隅に映(うつ)り、目を向けると優(ゆう)に10㎞は隔(へだ)たっていると思う低く連なる丘のシルエットが背後の光りで浮き上がって見えている。

 其の数秒後には、ドラムを連打する様な砲撃音が小さく聞こえて来たのと同時に、第12軍の重砲隊の弾着よりも奥(おく)に激しい炎と煙が火山が噴火の如(ごと)くドドドドッと湧(わ)き上がり、僕達の誰もが背筋(せすじ)に走る戦慄(せんりつ)で身震(みぶる)いした。

「エルベ川の向こう側から……? アメリカ軍の重砲隊が撃っているのか? 反撃を防止する為(ため)……? それとも、反撃を助ける為にソ連軍を叩(たた)いているのか……?」

 軍曹の声の調子から信じられないと言わんばかりの驚(おどろ)きが伝わって来る。

「あの眩(まばゆ)い輝(かがや)きに、猛烈な炸裂炎、凄まじい砲撃だ! 味方の重砲が1個中隊の6門とすれば、ざっと50門が一斉に撃ち続けているぞ! 夜が明けてからどうなるかは分からないが、あんな砲撃の標的にはなりたくないな……」

 嘆(なげ)くバラキエル伍長が震えている。

「3時10分になった」

 激しい砲撃は、きっちりと10分間で終わり、一瞬だけ、辺(あた)りが静寂(せいじゃく)な暗闇に包(つつ)まれた。


つづく

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