強力な敵戦車部隊と交戦中『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第13話』

■5月7日 (月曜日) フェアヒラント駅近くの守備位置


 『ゴトッ』、メルキセデク軍曹が司令塔キューポラのハッチを垂直に上げる音がした。

「ハッチを開けて、双眼鏡で敵の来襲を警戒(けいかい)するんだ。擬装(ぎそう)の枝葉の下に低く構(かま)えて見張るんだぞ。受け持ちの範囲を注意深く見て、敵らしい動く影が有れば、直(す)ぐに知らせろ」

 車体上と砲塔上には前面や側面と同じ様に、ペリスコープの視界を遮(さえぎ)る場所以外を枝葉の重ね置きがされて、頭までの高さなら葉陰(はかげ)の下になっているので、各ハッチから顔を出しても敵の狙撃兵(そげきへい)に見付かり難(にく)い筈(はず)だ。

 連続して敵戦車が攻めて来ない様子に、メルキセデク軍曹は必要最低限にハッチを開いて双眼鏡で地上と上空を索(さく)敵(てき)するように各自へ命じた。

 斜めにずらしたハッチから顔を出して敵の来襲を警戒する視線が、撃破された敵戦車から立ち昇(のぼ)る黒煙の上空にキラキラと翼(つばさ)を煌(きらめ)かして、ダイブして来る敵機の編隊群を発見した。

「ニーレボック村上空に敵の編隊です。1編隊は4機でダイヤモンド形に編隊を組んでいます。えーと、機影から戦闘爆撃機ヤーボが4編隊に戦闘機が4編隊だと思います。あっ! 翼を翻(ひるがえ)しました。攻撃して来ます」

逸早(いちはや)く敵機の襲来を知らせるダブリスの声がレシーバーに聞こえた。

「敵機の動きを報告しろ! 狙(ねら)われているのは何処(どこ)だ?」

 南東の森の出口と送電塔の辺りから赤色の信号弾が上がり、更(さら)に、南の森の西外(はず)れからも赤く輝(かがや)く信号弾が打ち上げ花火のように上がって行き、森の中に待機しているソ連軍が誤爆を避(さ)ける為(ため)の、味方識別の信号弾を打ち上げている。

「ヤーボの編隊が割れます。2編隊がニーレボック村へ降下しています。残り2編隊は川沿いへ向かっています。艀(はしけ)乗り場が狙われています!」

 東側からと低い丘からも赤い光が上がり、更に、幾つも緑の光に輝く信号弾が此方(こちら)の方へ向けて低く飛んだ。

 昨日(きのう)の空襲は、双発の爆撃機隊が戦闘機の護衛も無く、次々と急降下して対空機関砲陣地や艀乗り場に爆弾をバラ撒(ま)いていたが、今日は単発の戦闘爆撃機隊が戦闘機の護衛を連れて来ていて、爆弾量の多い双発爆撃機は飛んで来ていなかった。

 最初にダイブして来たのは不揃(ふぞろ)いな4機編隊の戦闘爆撃機で、対空砲火が機体を切り裂(さ)く有効射程ギリギリの高度2000m辺りで、各機がバラバラに爆弾を投下して行き、当然、着弾はバラけて広範囲に落ちて殆(ほとん)ど被害は無かった。

 不揃いな編隊は明(あき)らかに新米(しんまい)のパイロット達で、無謀(むぼう)な勇敢(ゆうかん)さ以外は技術も、技能も落第点の未熟者(みじゅくもの)だった。

 何故(なぜ)、口火(くちび)を切ったのが彼らで、ベテラン達の編隊ではなかったのか、其の理由は分からないが、たぶん、初陣で功(こう)を焦(あせ)った編隊長が独断で攻撃を始(はじ)めてしまったのだろう。

 戦闘機隊は4編隊から1編隊4機が離(はな)れて、南の丘へ向かうと機体から小さな黒い物体を1個ずつ落として行く。

 戦闘機隊の他の3編隊は少し遅れて攻撃に降りて来ると、各機が抵抗拠点と思(おぼ)しき場所に胴体に抱(かか)えていた1発の爆弾を投下すると、先に攻撃を行った編隊が上空で合流してから、より低空へ舞い戻って来て銃撃を加えていたが、数機が対空火線に捕(と)らえられて落とされていた。

 傍受(ぼうじゅ)するソ連軍の無線が、意味の分からない怒鳴(どな)り声に怒鳴り声が被(かぶ)り、それに、喚(わめ)き声が次々と重(かさ)なって来るけれど、木立(こだち)の上に見える送電塔の並びを隠(かく)すほどの土砂(どしゃ)と木々と炎の塊(かたま)りが高く噴(ふ)き上った後は、静かになってしまった。

 暫(しばら)くの沈黙の後に再(ふたた)び怒鳴り出した交信から、敵は間違いなく誤爆による同士討(どうしう)ちしていた。

 戦闘爆撃機のシルエットと投弾の様子から両翼に小型爆弾を2個ずつ吊(つ)り下げていて、低速で動きが鈍(にぶ)い。しかし、勇敢(ゆうかん)な彼らは、一斉に撃ち上げ出した対空砲火に怯(ひる)まず、昨日の双発爆撃機が急降下して投弾した高度よりも、ずっと低い高度で投弾して行く。

 余(あま)りの果敢な攻撃精神から機動を誤(あやま)ったのか、それとも、新参の上官に率(ひき)いられた新米のパイロットばかりだったのか、回避運動もせずに編隊ごと対空火線の曳光弾(えいこうだん)の束(たば)に飛び込んだ4機全機が炎を噴き、目標へ爆弾を落としながらエルベの両岸に墜落して爆発した。

 対空射界の外で対空火器の無いニーレボック村は、戦闘爆撃機の2編隊が32発の爆弾を全て投下した着弾の爆発で、見えていた村の一部分の全てが、火山が噴火するように噴き上がり、村全体が立ち昇る大きな炎と黒煙の渦巻(うずま)く大火事になっている。

 フェアヒラント村の村外へ配置されていた三(み)つの対空砲陣地からも煙が立ち、近くの家屋が幾つも燃えていたが、線路や街道に着弾していなかった。

 果敢に銃撃を繰り返していた敵の戦闘機隊は、7、8機が落ちたように見えたが、銃撃で多くの人々が死傷したと思われたし、2艘(そう)の艀も無事なのか分からない。

 敵編隊は南隣りのディアベン村の方を攻撃していなかったから、既に、丘の方へソ連軍が接近して向こう側の防衛外郭で交戦しているのだろう。

 空襲は30分ほどで終わると、空気を切り裂(さ)く擦過音(さつかおん)が聞こえ、200m先の放牧地で爆発の土が噴き上がった。

「今度は砲撃だ! ハッチを閉めて、至近弾と直撃に備(そな)えろ!」

 軍曹の緊迫した大声にレシーバーが震(ふる)え、バタン、ゴトンと、急いでハッチを閉じる音が車内に籠(こも)るように響いく。

 『一体、何処(どこ)を狙(ねら)っているんだろう?』と、考えてしまうような的外(まとはず)れな砲撃は、時折、街道近くで爆発したが、其処(そこ)ら中(じゅう)の牧草地へ全弾が落ちて、面制圧が目的だとすれば、其の効果の薄さに余りにも照準が御粗末(おそまつ)だと思った。

 牧草地には森際に塹壕陣地が在る他は、広い牧草地上に陣地は無く、一昨日(おととい)に確認した鉄条網の設置不足や地雷の数が足りなくて敷設(ふせつ)がされていない状態に変化は無かった。

(まあ、そんな、此方の事情を知らないから、撃って来ているんだと思うけど、取り合えず、仕事しているフリをしとけって、みたいな弾着だなあ)

 着弾の疎(まば)らな位置と雑(ざつ)な時間の間隔から、かなりライフリングが磨耗(まもう)して、閉鎖器にもガタが生(しょう)じた危険な大砲で、しかも、後退反動を受け止めて固定する駐鋤(ちゅうじょ)をしっかりと地面に刺さずに使われているらしく、更に、其の発射位置の不安定さが飛距離と照準をブレさせて着弾を広範囲にさせていると話す、バラキエル伍長とメルキセデク軍曹の声がレシーバーから聞こえる。

 それに、砲数が少ないらしく、着弾観測兵に誘導されていても精密な砲撃はできず、退散(たいさん)しろと脅(おど)していたら紛(まぐ)れで当たった程度の期待しか出来ないらしい。

 其の時間稼(かせ)ぎのような杜撰(ずさん)な砲撃は15分ほど続いたが、視界の範囲には掘り返された土塊(つちくれ)の盛り上がりばかりで、人員や武器などへの被害は無い様だった。

 疎らな砲撃は空爆で燃える瓦礫の山の様になったニーレボック村の方へ移って、着弾の爆発で巻き上がる土埃と火災の煙が村全体を隠す様に暗く覆って来ている。

 それに、こちらからは見えない森の中の街道から、複数の敵戦車が撃ち掛けているらしく、『パッ、パパッ、パッ』と発砲の炎と煙が木立を通して頻繁(ひんぱん)に見えた。

 突如、ニーレボック村から緑色の信号弾が続けて上がり、こちらの森からも青色の信号弾が飛ばされると、ニーレボック村の左手から75㎜対戦車砲を牽引した2台のSWS重牽引車が飛び出して来て、街道をこっちへ向かって来ていると無線で知らされた。

 更に、負傷兵と生き残りの守備兵達を満載したハーフトラックと無蓋(むがい)のトラックが、2台続いて行くと入った連絡を直ちに軍曹へ伝えた。

 それらを追い駆けるように、森の街道口から次々とスターリン戦車が続々とニーレボック村の前面へ展開するように現れると、歩兵部隊を後続させながら横隊で牧草地を進んで来て農道上に並び、突撃命令を待っている様に見える。

 それを見て、森際の塹壕で森を抜けようとする敵と交戦中だった外国人義勇兵達が浮き足立ち、エルベ川の方へと駆け出すが、其の半数以上が鉄道の線路が敷設されている低い土手まで辿(たど)り着いて隠(かく)れる前に射ち倒された。

 敵味方、何方(どちら)からか分からないが、迫撃砲だと思われる弾着の炸裂で白い煙の靄(もや)が牧草地一帯を覆ってしまい、見通しを半分くらいにしてくれた。

(煙幕弾だ! 逃げるには有り難いが、視界を白く遮(さえぎ)る煙幕で敵が見えず、照準も定められないから、攻める側には邪魔(じゃま)でしかないな……)

 敵戦車群への射撃は、距離の遠さと移動している事に加え、見通しの悪さに煙幕が薄れても、辺りの状況を確認する為に敵戦車が停車するまで控えるよう、メルキセデク軍曹はバラキエル伍長に言っている。

『パウッ! パウッ!』、ニーレボック村から撤退して来た2輌のSWS重牽引車がマムートの前を通り過ぎて行くと、薄れて来た煙幕の中にアハト・アハトの愛称で知れ渡っている口径88㎜砲の軽くて鋭い発射音が森の東端の方から連続して聞こえて、牧草地を横切り、街道へ迫っていた先頭のスターリン戦車が、『ガックン!』と、直撃弾を受けて動きを止めた。

 SWS重牽引車に続いて、ハーフトラックとトラックが激しく跳(は)ねながらマムートの前を通り過ぎて踏切を越えて行ったが、最後尾のトラックは踏み切りの手前でスターリン戦車の放った榴弾が直撃して吹き飛んでしまった。

 裂けた車体が宙を舞い、荷台に乗っていた二十人ばかりの兵士の全員が高く飛ばされて辺りにバラ撒かれ、落ちて来た誰もがピクリとも動かない。

 アハト・アハトに撃破された1輌以外は新緑の牧草地を高速で進んで来て、警戒してくれる事を期待した草刈りラインを3輌が地雷や待ち伏(ぶ)せを無視するような無警戒さの直線走行で越えて進んで来たが、他の敵戦車は草刈りラインに気付いて直前で急停止した。

 随伴(ずいはん)する敵の歩兵と工兵は、北側の森から激しく射ち掛けるドイツ兵と射ち合ってバタバタと倒されながらも、歩兵達は退避する窪(くぼ)みを草刈り地に掘り、工兵達は戦車の前方で地雷の有無(うむ)を調べ回っているように見えた。

 停車した敵戦車は7輌だったが、更に、左端で側面をアハト・アハトに晒(さら)していた1輌が急停車直後に撃破されて、ボワッと黒煙と炎を上げた。

「右から順番に始末してくれ、バラキエル。左側のはアハト・アハトに任せよう」

 マムートからは、草刈りライン左端の街道脇で約1000m、南の森真際の右端では約1800mの距離が有る。

「右端のスターリン戦車で、距離は1600m、左端の生き残っているのは1200mです。アハト・アハトからは600mほどでしょう。ラグエル、徹甲弾を連続で撃つぞ!」

「了解、徹甲弾を続けて装填します」

 SWS重牽引車は100mほど離れた踏み切りを超えた線路脇で、牽引して来た75㎜対戦車砲を速(すみ)やかに外すと、乗っていた戦車猟兵達が砲と弾薬を展開させて、急ぎ砲弾を込め、スターリン戦車群と砲撃戦を始める。

 2門だと思っていた75㎜対戦車砲は、1門は口径105㎜の榴弾砲で、草刈りした痕の地面に伏せて携行している小さなスコップで自分が隠れる窪(くぼ)みを掘ろうとしている敵兵達と、一斉に森の中から出ようと構(かま)える敵歩兵の並びへ釣瓶打(つるべう)ちを浴びせた。

 着弾は掘り返した後から土砂を噴き上げ、炸裂は徐々に森の梢へ移動し、無数の砲弾の断片と鋭く粉砕された木片を地上に蠢(うごめ)く敵兵へ深く刺さり付けた。

 激しい雨のように降り注ぐ破片に居た堪(たま)れず、砲撃を避けて南側の森から逃げ出すイワン達を、北側の森に潜んでいた防衛隊の機関銃とマムートの同軸機銃が長い連射を浴びせて、まるで、死神が大鎌を振るったかのように薙(な)ぎ倒した。

 左端の2輌のスターリン戦車が少し動いて射界を確保しながら斜めに構えて、アハト・アハトや75㎜対戦車砲と撃ち合っていたが、75㎜弾が転輪を弾き飛ばして履帯を切断して移動できなくすると、地面に落とした花火の様な火花をパチパチ散らして、装甲板を貫通するアハト・アハトの徹甲弾が息の根を止めて行く。

「装填完了!」

「撃ちます!」

 発砲の轟(とどろ)きと一瞬の風が巻く気圧の増減に装填音の響(ひび)き、それらの音に被(かぶ)る、『ハア、ハア』と、ラグエルとイスラフェルの喘(あえ)ぎを聞かされながら、轟きと響きが4度続いた後、敵戦車の1輌は爆発して砲塔を噴き飛ばして残骸になった。

 2輌が炎上して黒煙を噴き上げている。

 燃えた2輌から、五、六人の搭乗員が火達磨(ひだるま)で脱出して転(ころ)げ回っていたが、直ぐに動かなくなって、今は焚き火のような小さな炎の瞬(またた)きになっている。そして、方向を変えて退避しようとした1輌が、被弾後に燃え上がりながら惰性(だせい)で進んでいた。

 アハト・アハトと75㎜対戦車砲と撃ち合った1輌は砲塔が無くなり、もう1輌も白煙を漂わせて燻(くすぶ)っている。

 最後の左から3輌目のスターリン戦車は、僚車が横からアハト・アハトに屠(ほふ)られたのに気付いて斜めに構えようとしたのか、突然、勢いよく旋回して後退を始めると、アクセル操作をミスして高速回転する履帯が柔らかい牧草地を掘り返して、車体は沈んで仕舞い、何度も排気の炎と煙を噴き上げて脱出を試みていたが、とうとう空転していた履帯は後面を此方へ向けて停止してしまった。

 撃破された寮車に隠れて狙い難(にく)かったアハト・アハトからは右側面を、マムートと75㎜対戦車砲へは斜めに傾(かたむ)いた薄い後面を晒した。

 エンジンが止まった為に壕からの脱出を諦めたのか、傾いたスターリン戦車の砲塔のハッチが開いて敵戦車兵の頭が出て来る。

 透(す)かさず、バラキエル伍長が発砲。

 青い曳光がスタックしたスターリン戦車へグングン吸い込まれて行く横を、僅かに遅れて発射された直径75㎜の徹甲弾の青い曳光が右横から追い着いて来て、アハト・アハトからの88㎜徹甲弾が命中の火花を散らした直後、75㎜対戦車砲弾とマムートの128㎜徹甲弾が、殆ど同時にターレットリング辺りに命中して激しく火花を飛ばした。

 最初に上半身を出して来た乗員が大急ぎで下半身を出そうとしている脱出中に、3発の命中弾を同時に受けた敵戦車は瞬時に搭載弾薬が誘爆して、重い砲塔を脱出仕掛けている乗員を蒸発(じょうはつ)させながら高く飛ばす閃光(せんこう)の塊(かたまり)となり、殆(ほとん)ど原型を留(とど)めない屑鉄(くずてつ)の残骸(ざんがい)に成り果てた。

 発射薬の燃焼を終えた装薬筒が砲尾から出される金属音に、キャンバス布のバスケットへ落ちる音、新たな徹甲弾頭と装薬筒が装填される音、鎖栓(くさりせん)が動いて閉じる音、そして、途中で聞こえなくなる発砲音に素肌を撫(な)でる衝撃と風、全身の毛が勝手に逆立(さかだ)つ胸騒(むなさわ)ぎ、一連して続くそれらに僕は、落ち着かなくなる不安さを楽しみながら、心地良(ここちよ)さと安心さも感じていた。

『早く、早く』と、タイムアップを急(せ)かすラグエルの声に、『速く、速く』と、自分の動作スピードのアップを図(はか)るイスラフェルの声が、二人(ふたり)の喘ぎに混(ま)ざってヘッドギアのレシーバーから呪文(じゅもん)のように聞こえている。

 突如(とつじょ)、『ガガーン』と、教会の鐘(かね)が落ちて来たみたいな轟音が鳴り、マムートが僅(わず)かに揺れた。

 敵弾が命中した衝撃よりも、まるで大きな鉄板が突然倒れた様な、大きく鳴り響いた音に僕はビックリして座席から飛び上がった。

 何が起きたのかと右横を、上を、ダブリスを見て、後を振り返っても、誰もが戦闘姿勢の儘(まま)で、車内に煙や炎は見られなかった。

 そして、敵側か、近くで何かが起きたのかもと、轟音の発生源を探(さぐ)りにペリスコープを覗いてみて、僕は其の理由を理解した。

 戦車の車内で初めて体験した敵の砲弾が命中する轟音と衝撃は、僕の闘争心を委縮(いしゅく)させて代(か)わりに恐怖で満(み)たして行く。

 それでも、僕は大きく開けた口を閉(と)じて唇(くちびる)を咬(か)み、小刻(こきざ)みに震(ふる)えながら冷静を装(よそお)う。

 スターリン戦車から発射された口径122㎜の徹甲弾が自分が外の様子を見ていたペリスコープの真ん前の正面装甲板に突き刺さり、発射装薬の爆発炎の熱とライフリングと大気の擦過熱(さつかねつ)に赤く加熱した砲弾の後ろ縁がミラーの下縁(したふち)に見える。

 刺さった場所の内側の装甲板面は、表面に塗(ぬ)られた赤い錆止(さびど)め塗料が砲弾の直径と同じくらいに丸く剥(は)がれて、晒(さら)された丸い銀色の鉄の地肌へ触れてみると僅(わず)かに盛り上って熱くなっていた。

「車体前面に命中弾です。軍曹!」

 スポーツ大会で友人が投げたボールのように、スゥーと受け捕れそうなスピードに見えた敵弾が命中した。其の初めての強烈な衝撃はアルテンプラトウ村の駅舎前から戻って来た恐怖で、冷静を装っても僕の声は震えて、聞き取り難(にく)い強い巻(ま)き舌(じた)になっている。

 真正面の装甲板が、もしも貫通されて直撃されたら身体は、其の加速された弾量衝撃で、破(やぶ)れた水風船みたいに中身が跡形も無く飛び散ってしまうと……、そうなった自分の肉片姿を想像して僕は慄(おのの)いてしまう。

「200㎜も有る前面装甲や砲塔前面の装甲を、貫通できるロスケの大砲は無いよ、アル。120㎜厚の調質鋼の側面装甲板は、そうでもないけど、前面の装甲鋼板は、極力、炭素量を減らして、貴重なニッケルを多く含有(がんゆう)させて、靭性(じんせい)と粘(ねば)りと剛性(ごうせい)を高めているんだ。だから、命中爆発の衝撃によるホプキンソン効果は、反対面の剥離が小さいのさ。それに外側面は浸炭焼き入れで硬(かた)くされている。浅い角度で来るのは滑(すべ)らせて弾(はじ)き、深く来るのはガッチリ受け止める。貫通はしない。そうさアル、お前は、世界最高の装甲板で守られているから、全然、大丈夫だ」

 『ガガーン』、『ガーン』と、タブリスが話し終えた途端(とたん)に、立て続けにスターリンの砲弾が近い位置に塗装を剥がして命中するが、皹(ひび)が入る事も無く、全く貫通される気配は無かった。

 炭素量? ニッケルを含有? 靭性に剛性? ホプキンソン効果? タブリスの説明はちんぷんかんぷんだけど、安心できるのは伝わって来た。

 『ガーン』、更に、激しく撃ち込んで来る1弾が命中して、僕の前に丸い塗装の剥がれ痕を増やした。

(なんで、僕の前ばかりに中(あた)るんだよ? なあ、ダブリス!)

 ダブリスんの説明は頭で理解できたけれど、重なって響き渡る命中の轟音と目の前に増(ふ)える銀色の丸い禿(はげ)は気持ちを不安して、緊張で圧迫された肺(はい)の呼吸は粗(あら)く乱れて行き、命中する敵弾に慣(な)れるまで気分が悪くて、僕は吐(は)きそうだった。


つづく

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