飛散する赤十字の満員列車『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第14話』

■5月7日 (月曜日) フェアヒラント駅近くの守備位置


 草刈り跡を無視して地雷の埋設(まいせつ)を警戒する様子の無い3輌のスターリン戦車は、鉄道の土手(どて)を越えようと牧草地を進んで来ていたが、牧草を育てる土地は小砂利(こじゃり)や瓦(かわら)の破片を敷(し)き詰めた田舎(いなか)道(みち)よりも柔(やわ)らかく、見るからにT34戦車よりも重そうなJS2スターリン重戦車は、履帯(りたい)が草地を踏(ふ)み付けるというよりも、重みで潜(もぐ)る履帯が牧草地を掘り返して、飛び散らす黒土と牧草を足回りにごっそりと絡(から)みつかせながら、地面を鋤(す)き込む履帯が車体まで埋めてしまわない様に、ゆっくりと慎重(しんちょう)に走らせている。

 3輌の敵戦車は森沿いで擬装(ぎそう)しているマムートと森の中に隠(かく)れて狙(ねら)いを定めている対戦車砲に全(まった)く気付いていない。そして、我々との最短距離になる真正面を通り過ぎようとした時、待ち伏せ側から発砲が始(はじ)まった。

 先(ま)ず側面を晒(さら)して来た3輌の先頭車をアハト・アハトに横から撃たれて仕留(しと)めらた。

 先頭車が撃破されて事に気付いていないのか、後続の2輌は躊躇(ためら)う動きを見せずに左右に揺(ゆ)れながらノロノロと牧草地を進んで来て、距離800mで2輌目のスターリン戦車の側面後部をアハト・アハトが射抜いて炎上させた。

 正面を横切って行った殿(しんがり)の3輌目の砲塔を射抜いて撃破したのは、マムートの128㎜砲をゆっくりと右へ動かしながら狙(ねら)いを付けていたバラキエル伍長で、真南へ600m、線路まで200mの位置だった。

 伍長の見越し射撃によるマムートの徹甲弾で砲盾(ほうじゅん)近くの砲塔側面を貫通されて動きを止(と)めたスターリン戦車からは4名の搭乗員が脱出した。だが、線路脇の窪地(くぼち)に潜(ひそ)んでいたヒトラー・ユーゲント達の一斉射撃で全員が射ち殺されてしまった。

 勇戦したヒトラー・ユーゲント達がいる線路脇の窪地の向こう、このタイミングで低い丘の左側を廻(めぐ)る線路上から客車型の気動車(きどうしゃ)を先頭にしてノイディアベン駅の方からフェアヒラント駅へ向かって来る通常の3輌編成を5輌編成へ増やした列車が見えた。

 近付くに連(つ)れて列車の中は、負傷者と避難するの婦女子ばかりで、乗降口には零(こぼ)れ落ちんばかりに軽傷者が立ち、窓枠には比較的に元気そうに見える男達が鈴(すず)なりに掴(つか)まり、白地に赤の大きな赤十字の旗を広げた屋根の上にも大勢の負傷者が寝かされたり、座(すわ)ったりしている。

 軍の病院や救護所、そして衛生兵や救護隊員の服などに国際的な表示の義務付けが定められた赤十字の大きな旗は、各客車の前後と両側面に掲(かか)げられ、更に屋根の四隅(よすみ)にも赤十字の旗が翻(ひるがえ)り、遠くから視認されて攻撃されないように広げて結(むす)ばれている。そして、加速して来る列車を追うように、3輌のT34戦車が丘の影から現(あらわ)れて、逃(に)げる列車へ発砲した。

「軍曹、丘の左側に、T34が3輌です。赤十字の列車を砲撃しています!」

 逸(そ)れた敵弾は、列車が通過して行く踏(ふ)み切(き)りの近くへ落ちて爆発した。

 どの客車も、負傷兵と婦女子で一杯だ。

 其の負傷者の多さに閘門(こうもん)が在るノイディアベン村は突破されて、ソ連軍はディアベン村の守備隊と交戦中だと分かった。

 敵の2両目が発砲した何発目かの榴弾(りゅうだん)が、とうとう列車の最後尾で白地に大きな赤十字を鮮(あざ)やかに描(えが)いた客車に命中して爆発した。

 客車は、構造物の後ろ半分が台車部分を残して吹き飛び、其(そ)の客車に乗車していた人達の殆(ほとん)どを、一瞬で左右の牧草地と線路上に撒(ま)き散(ち)らしてしまった。

 尚(なお)も接近して来る3輌の敵戦車は線路脇の窪地に潜(ひそ)むヒトラー・ユーゲント達に全く気付いていなかった。

 窪地に近付き過ぎた先頭のT34戦車は、待ち伏せていたヒトラー・ユーゲント達の狙(ねら)い澄(す)ますファストパトローネの連射を浴(あ)びて爆発した。

 次(つ)いで2両目が、誘導輪(ゆうどうりん)と履体をマムートの徹甲弾に粉砕(ふんさい)されて動きを止(と)めた。

 其の敵戦車は肉迫するヒトラー・ユーゲント隊員に仕掛けられた対戦車地雷で、生き残って車内に閉(と)じ篭(こも)る乗員諸共(もろとも)破壊された。

 3輌目は、後部に命中したファストパトローネで炎上して、砲塔と前面のハッチを抜けて脱出しようとした三人の搭乗員は、射たれて車外へ出る前に殺され、更に開いたハッチから投げ込まれた手榴弾(てりゅうだん)が内部を破壊して息の根を止めた。

 線路上を遣(や)って来そうな後続の敵戦車隊や、牧草地に展開して進んで来る新(あら)たな敵の戦車隊が出現する気配は無く、近接する戦闘に味方への誤爆(ごばく)を避(さ)ける為なのか、敵の航空機は飛んで来ていない。

 暫(しば)し休息の時間が続く様な状態に、思いもしない重防御に大損害を受けて撃退されたソ連軍は、より強力な攻勢部隊へ編成し直(なお)しているのだと思う。

「次は、砲撃が来るぞ! まともな大砲が揃(そろ)ったのかも知れないから、着弾が集中した激しい砲撃になるな。だが、撃たれる前に、砲撃を誘導(ゆうどう)する敵の観測兵のチームを見付けて、殲滅(せんめつ)すれば、正確に撃てなくなる!」

 森を越える曲線を描(えが)いて飛んで来る砲弾は、破壊すべき目標が見える位置で誘導しないと直撃させるのは難(むずか)しい。

 水平位置からでは、水上に立つ水柱のような着弾位置を確実に視認判断できないので、目標の手前辺りから奥へ着弾をズラして行って命中させるが、直撃率は低くて時間も掛かる。

 より高率で命中させて速(すみ)やかに破壊する為には、高い位置から俯瞰(ふかん)して目標を挟叉(きょうさ)させるように着弾さけなけばならない。だから、森の高い木立(こだち)の梢(こずえ)や送電鉄塔の上にいる観測兵を始末(しまつ)すれば、敵は精密な集中砲撃を行なえなくなる。


つづく

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