鉄塔上の敵の着弾観測所『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第15話』

■5月7日 (月曜日) フェアヒラント駅近くの守備位置


 1000m以上も牧草地で隔(へだ)たれている南の森から射ってくる敵の機関銃弾や狙撃(そげき)銃弾の発砲炎へ向けて、此方(こちら)の森からも射ち返すのを聞きながら、敵狙撃兵から見えないようにハッチの縁(ふち)と擬装(ぎそう)の枝葉の影に隠(かく)れて、砲手のバラキエル伍長を除(のぞ)くクルー全員が双眼鏡で敵の砲兵観測員のチームを探(さが)している。

 観測チームは砲列へ指示を送る有線電話器や無線機の設備(せつび)を備(そな)えているから目立(めだ)つはずだと、メルキセデク軍曹と伍長は言っていた。

 隠(かく)れそうな遮蔽物(しゃへいぶつ)が無くて、敢(あ)えて丸見(まるみ)えになる様な危険を冒(おか)す事をしないだろうと、誰(だれ)もが考えていた送電鉄塔を下から上へと、じっくり見ていた僕は、敵兵が上部付近で動いているのを見付けた。

 森の太いアカ松の高さが、撃破したスターリン戦車の長さと比較(ひかく)して約25m、鉄塔の頂(いただ)きは更(さら)に10mほど上だから、送電鉄塔の高さは35mってところだ。

 『死に急(いそ)ぎたいのか、勇敢(ゆうかん)なのか、遠距離だからと安心しているのか、賢(かしこ)くはないな』と、思いながら見る鉄塔の上に、『彼らを、払(はら)い落としたい』の湧(わ)き出す殺意が唇(くちびる)を笑いの形に歪(ゆが)めてしまう。

「敵兵が送電塔を登(のぼ)っています。軍曹! 1個分隊ほどですが、電線を巻(ま)いたリールや有線電話機らしきを背負(せお)った兵もいるようですから、砲兵隊の観測兵でしょう」

「ああ、確認したぞ、アル。奴(やつ)らが天辺(てっぺん)まで登って弾着を誘導(ゆうどう)されたら、渡(わた)し場や防衛陣地が狙(ねら)い撃(う)ちされちまう。バラキエル! 榴弾(りゅうだん)で吹き飛ばしてしまえ!」

「了解、軍曹。鉄塔上の敵兵を、榴弾で殺(や)ります」

「ラグエル、榴弾だ!」

「ラグエル伍長、榴弾は瞬発信管(しゅんぱつしんかん)が三(みっ)つに、時限(じげん)信管が二(ふた)つ有りますが、どちらですか?」

「時限信管だ! 距離は2000m、弾速が毎秒850mとして……。目盛(めも)りは2.2秒にしろ。鉄塔の手前で爆発させて、破片(はへん)と爆風で一掃(いっそう)しちまおう」

「ダイヤルを、2.2の目盛りに合わせます」

 もっと、早く配置に着くべきだった敵観測兵達のタイミングを失(うしな)った動きは、しっかり死神を招(まね)き寄(よ)せてしまい、もう逃(のが)れる事は出来ない。

「時限信管、目盛りを2.2にセット完了。装填します」

「榴弾、装填(そうてん)完了!」

「撃ちます!」

 発砲炎に発砲音、白い発砲煙から飛び出た青く輝(かがや)く光が小さくなって行き、タイマー時間通りに予定した位置で死神の振(ふ)るう大鎌(おおかま)が爆発させる。

 天辺の逆三角形に組(く)まれたアームに辿(たど)り着いた敵兵達と、其(そ)の真下の足場(あしば)で有線電話器と電話線の取り付けを調整しているように見えていた敵兵達が、切断された高圧電流の送電線や碍子(がいし)と共に、爆発の煙塊(えんかい)の中から飛ばされて落ちて行き、送電鉄塔上には誰も居なくなった。そして、茂(しげ)みで隠れて見えないが、鉄塔の真下辺りから黒煙が上がり、ちらちらと揺(ゆ)らぐ炎(ほのお)が見え出した。

 きっと、観測隊の乗って来た車輌が榴弾の破片を浴(あ)びて燃(も)えているのだろう。

「あのままじゃあ、また、登られそうだ。バラキエル、トラス構造が細くなる繋(つな)ぎ部分に、榴弾を上手(うま)く中(あ)てて、送電塔の上半分を倒(たお)すか、失(な)くしちまえ!」

「鉄塔の上半分を、粉砕(ふんさい)します」

「次は、瞬発榴弾を込めろ! ラグエル」

 1分も経(た)たずに『装填完了』、『撃ちます』と続いて発砲。

 青い光点が送電塔上部の重量を分散させる中程の繋ぎ部へ吸(す)い込まれて爆発した。

 予定通りの場所へ見事に命中した瞬発榴弾は四角に組まれた一角(いっかく)を失わせて、張り渡された高圧電線の重みと剛性不足(ごうせいぶそく)になって支(ささ)え切れない上部構造を大きく揺らすと、此方へ向かって炙(あぶ)られた飴細工(あめざいく)みたいにグニャリと御辞儀(おじぎ)をして折(お)れた。

「よしっ! これで登れないし、梢(こずえ)よりも低くなったから使えないな」

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 激(はげ)しい砲撃に晒(さら)されなくなった安心感から気持ちが落ち着いて無線周波数を微調整でき、半周防御陣地の他の戦闘状況を傍受(ぼうじゅ)すると、強力なソ連軍の大攻勢で緊迫(きんぱく)した現在の状況に、半周防御陣地全体の終焉(しゅうえん)が切迫(せっぱく)している事態(じたい)だと知らせていた。

「軍曹! フェアヒラント村の北方で、防衛ラインが突破され、敵の戦車隊がエルベ川へ迫っていると言ってます。防衛ラインは分断されて、ここフェアヒラント村が包囲されそうです」

「後方の森の向こうから、爆発音が連続して聞こえている。アル、森の東端にいる防衛隊に艀乗り場口まで、撤退(てったい)するように伝えろ! タブリス! 彼らが撤退したら、マムートを後進で移動させるぞ」

「了解、軍曹」

 僕の返答にタブリスの声が重(かさ)なる。

 ドイツ帝国の最末期の土地と西方へ逃れるドイツ国民を守る第12軍の半円周防衛ラインは、太い松の木が生(お)い茂る幅の広い森林帯と、エルベ川が蛇行(だこう)していた名残りの点在する沼や池に沿(そ)って形成されていて、戦車部隊が大挙(たいきょ)して押し寄せれる場所は少ない。

 それなのに、森の中から戦闘の騒音(そうおん)が聞こえているのは、ソ連軍の歩兵部隊が森の中深く浸透(しんとう)して来ている事になる。

 そうなると、気付かれずにせまった敵の歩兵部隊に包囲されて肉迫攻撃を受けるという、非常に危険な状態に陥(おちい)ってしまう。

 防衛隊への緊急送信と受信確認を済(す)ませて索敵(さくてき)を続けていると、タブリスが新たに接近する敵戦車を発見した。

 一昨日(おととい)の深夜から昨日の未明まで反撃の戦闘に数両の味方戦車が入って行って、未(いま)だに戻って来ていないゼードルフ村へ至(いた)る森の中を通る道から、4輌の敵のT34戦車が現れて、牧草地を街道へと横切りながら砲塔を回して走行間射撃をして来た。

 揺れと振動で照準が安定しない砲身から撃ち出された敵の弾丸は、真っ赤(まっか)な光点になって、ググゥーッと大きく近付いて来ると、マムートの真際(まぎわ)で上下左右に分かれて逸(そ)れて行った。

 マムート内で射撃音、逆巻(さかま)く風、排莢音(はいきょうおん)が連(つら)なり、既に装填されていた徹甲弾が放(はな)たれた。

 更に続く排莢音、2度目の装填音、砲尾(ほうび)を閉鎖(へいさ)ロックする音、射撃音、車内を逆巻く風が繰(く)り返(かえ)され、並んで左側面を晒(さら)す敵戦車小隊は、砲塔が吹き飛んだ先頭車と炎と黒煙が上がる2両目は、アハト・アハトが撃ち取り、マムートは噴出(ふきだ)した白煙が黄色く変わる3両目と停止して動かなくなった4両目を屠(ほふ)る。

 レシーバーに、『ゼーゼー、ゴホッ、ゴホッ、ゼーゼー』と、途切(とぎ)れないラグエルとイスラフェルの喘(あえ)ぎが聞こえ続ける。

 彼らが装填する砲弾は、弾頭と装薬筒に分離されていて、低い位置へ降りた揚弾(ようだん)装置のトレーに置くと半自動で装填位置まで揚(あ)がり、水平鎖栓(すいへいさせん)を開いた砲尾の薬室(やくしつ)へと半自動装填装置を操作して薬室へ込めて行く。

 この装填する作業は弾頭と装薬筒が別々に行われ、両方を順番通りに済ませて、装填完了となる。そして、揚弾装置が最後まで降り切らないと発砲の反動で後退(こうたい)する砲身と干渉して破損する為に、口径128㎜戦車砲は撃てなくなる。だから、確実に半自動装填装置が作動していないと、発砲できない連動装置が付けられていた。

 32kgもの重さが有る弾頭や更に36㎏と重い装薬筒を、砲塔の後部と車体内の倒立固定式のラックから降ろしたり、持ち上げたりしてトレーへ運ぶのは彼らの人力で体力だ。

 故(ゆえ)にマムートの発射速度は、彼らの作業動作に左右(さゆう)されるし、僕達の生存率への影響も大きい。

 もしも、揚弾装置が故障(こしょう)して、途中で停止する事が有れば、半自動を解除してから手動用のハンドルを全力で回し、装弾位置まで上げたり、揚弾位置までしっかりと下げたりしなければならなくなって、より過酷な重労働になってしまう。

 彼らの足腰(あしこし)が立たなくなれば、手足や肩(かた)に力が入らず、更に握力(あくりょく)も無くなれば、重い砲弾は運べない。連続射撃で肉体を酷使(こくし)する過酷(かこく)さに絶(た)え間無く聞こえる喘ぎは、彼らの限界が近い事を知らせている。

(どうか、マムートが全弾撃ち尽くして、僕達が、エルベ川を渡って脱出するチャンスを得(え)るまで、彼らを頑張(がんば)らせて下さい)


つづく

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