流星の様に迫る赤い火の玉とエンジン停止!『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第16話』

■5月7日(月曜日)守備位置からフェアヒラント村へ


 燃料施設の背後(はいご)の低い小さな丘の左側から、線路上を進んで来る4輌のT34戦車が見えた。

「軍曹! また、線路上をT34戦車が来ます。先に撃破(げきは)したT34戦車の300m後方です。4輌が連(つら)なって来ます」

 報告を終(お)えた途端(とたん)、小さくて低い丘の中腹の茂(しげ)みから発砲炎が煌(きらめ)き、2輌目に命中の閃光(せんこう)と白い爆発煙が見えた。

 たぶん、丘の斜面に掘られた塹壕(ざんごう)陣地から発射した、パンツァーシュレックのロケット弾か、ファストパトローネの被帽(ひぼう)弾頭で、1発で仕留(しと)められたT34戦車は白煙を噴(ふ)き出しながら急停止すると各ハッチが一斉(いっせい)に全開にされて、搭乗員達が大慌(おおあわ)てで飛び出そうとした。だが浴(あ)びせられた銃弾で三(みっ)つのハッチ全(すべ)てに脱出途中の搭乗員が凭(もた)れ掛かる様に倒(たお)された直後、中から赤い炎(ほのお)が勢(いきお)いよく上がった。

(よくまあ、冷静に狙(ねら)って、走り抜けようとする戦車に、上手(うま)く中(あ)てたものだ!)

 脱出できずに撃(う)ち倒されて炎に包(つつ)まれる敵の戦車兵に、僕は少しも感傷的にならなかった。

 敵弾が自分の身体(からだ)に命中して激(はげ)しい痛みを感じて身(み)を捩(よじ)り、炎に焙(あぶ)られて我慢(がまん)できない熱(あつ)さで体が燃(も)えるのは、想像するだけで気が狂(くる)いそうになるくらい恐(おそ)ろしくて震(ふる)えてしまうけれど、この瞬間にでも自分が同じ様になるかも知れないと思うと、閉(と)じ込められて燃えている彼らに同情できなかった。

(たぶん、マムートの誰(だれ)もが同じ気持ちと覚悟(かくご)で、自分の為(な)すべき事をしている筈(はず)だ!)

「軍曹、2輌目が防衛隊の反撃で撃破されました。残り3輌は、其(そ)のまま向かって来ます」

「バラキエル、右へ廻(まわ)せ。照準(しょうじゅん)に捕(と)らえたら、各個撃破しろ!」

「ラグエル! 徹甲弾(てっこうだん)、急(いそ)いで装填(そうてん)だ!」

「ハァハァ、徹甲弾、装填します」

 バラキエル伍長から弾種の指示が鋭(するど)く出されて、ラグエルが喘(あえ)ぎながら返答する。

「装填完了!」

「撃(う)ちます!」

 燃料貯蔵施設近くで停車した3輌のT34戦車と交戦する射撃音と装填音が繰(く)り返(かえ)され、車体の前面と側面、砲塔の防盾(ぼうじゅん)と側面に受けた合計6発の85㎜口径弾を、マムートは悉(ことごと)く跳(は)ね返した。そして、線路上と其の近くには、合計7輌のT34戦車と1輌のスターリン戦車が、燃えたり、燻(くす)ぶったりしていた。

 小さな丘の頂上辺りに炎の塊(かたまり)と黒煙が幾(いく)つも昇(のぼ)り、丘の南斜面が砲撃されているのが見て取れた。

 また、丘の向こう側の川沿いに在るディアベン村の方向から複数の爆発煙が立ち、エルベ川沿いを北上して来るソ連軍を防(ふせ)いでいるらしいのが分かった。

 もう、周り中で激しい戦闘を交(か)わす砲声と爆発音が鳴(な)り響いていて、ソ連軍は強力に半円周防衛線を圧(お)して来ている。

 一刻(いっこく)も早く艀(はしけ)乗り場近くへ移動しないと、マムートは多数の敵戦車で包囲殲滅(せんめつ)されてしまいそうだ。

 一時的に南側からの脅威(きょうい)が薄れた隙(すき)を衝(つ)いて、5tハーフトラックに牽引された88㎜砲がマムートの前を左から右へ走り去って行った。

「タブリス、マムートの順番が来たぞ。俺達が殿(しんがり)だ。一旦(いったん)、左へ出て、それから後進で村の中へ移動する。後方への車体向きは、俺とイスラフェルがする」

「了解、軍曹。マムートを後進で移動させます」

「ラグエル、徹甲弾の装填を済(す)ませたら、休んでいろ、そして残弾を報告しろ。イスラフェル、そっちのでかいハッチを少し開けて、俺と一緒(いっしょ)に、後方の路面に障害が無いか見ていろ」

「了解しました、軍曹。路面に異常が有れば、速(すみ)やかに知らせます」

「軍曹、残りは、徹甲弾が9発に、榴弾(りゅうだん)が3発です」

 砲弾の消耗(しょうもう)は、榴弾が送電鉄塔の上部を倒壊(とうかい)させた2発で、徹甲弾はアルテンプラトウ村で撃った5発と、此処(ここ)で放った11発だ。そして、照準器の未調整で外(はず)した初弾以外は、全(すべ)てバラキエル伍長が1発で命中させて仕留(しと)めている、

 『ガックン』と揺(ゆ)れてマムートが2日振りに動き出す。

 タブリスは一旦、左折して道筋とマムートを平行にさせると停止してギアを前進1速から後進1速へ入れ直し、ゆっくりとバックを始めた。

「いいぞ、タブリス! ギアを後進3速にしろ。このままで、真っ直(まっす)ぐに後退させるんだ」

 『ガリリッ』切換(きりか)えされるギアの噛(か)む音が聞こえ、座席の背(せ)凭(もた)れから背中が浮(う)くように離れて、タブリスがクラッチペダルを離してアクセルを踏(ふ)み込む度にグーン、グーンと後進が加速する。

 後方を見ずに軍曹の言葉の指示だけでタブリスはマムートを後進させて、僕のペリスコープに街道に散(ち)らばっていた人が何人も、血だらけのミンチ肉のようにグチャグチャに潰(つぶ)されて現れ、視界の奥へ小さくなって行く。

(……さっき、ソ連戦車に撃たれた客車と、トラックに乗っていた人達の、撒(ま)き散らかされた死体だ……)

 死体とはいえ、人間の肉体を潰して血だらけに伸(の)して行く後味(あとあじ)の悪さに『これは……』と、操縦するタブリスを見ると、彼はアクセルペダルを通して、肉塊(にくかい)を踏み潰すグニャリとした感じや、プチッと弾(はじ)ける感じや、ゴリッと骨を砕(くだ)く感じが分かるのだろう、苦(くる)しそうな表情で歯を食い縛(しば)っていた。

 『バキッ、ボキッ』と、厚い木材と枕木(まくらぎ)が折(お)れる音を車内に響(ひび)かせて、マムートは踏み切りを超えて行く。踏み切りの北側に森を切り開いて設(もう)けられた駅舎を見たが、砲撃と爆撃を受けて壁(かべ)と屋根が穴だらけで、既(すで)に人影は無かった。

 射距離3000mでの命中弾で動かなくなったスターリン戦車は、脇(わき)へ退(ど)かされて街道通行を確保したのか、ニーレボック村からの街道上に敵戦車の縦隊がペリスコープを通して見えた。

 膝上(ひざうえ)に置いているソ連軍の無線交信を傍受(ぼうじゅ)するレシーバーから、矢鱈(やたら)とでかい声のロシア語が、めちゃめちゃ重(かさ)なって聞こえて、其の喧(やかま)しいノイズさが腹立(はらだ)たしい。

「前面の街道に敵戦車です。軍曹。スターリン戦車です。6輌見えますが、ニーレボック村から、まだ何輌も出て来ます」

「アル、確認した。バラキエル、奴(やつ)らを足(あし)止(ど)めしないと、エルベを渡れないぞ!」

「今の距離は2500mほどでしょう。もう少し近付けてから、2、3輌を殺ります。そうすれば街道を塞(ふさ)ぎますし、左右は森と牧草地に阻(はば)まれているので、急速に接近して来る事ができなくなりますよ」

 多数の敵戦車がマムートを仕留めようとしているのに、軍曹と伍長は余裕(よゆう)の会話をしているが、それは僕を含(ふく)めて他のクルーも同じで、今のところ、このマムートの防御力、攻撃力は素晴(すば)らしく、路上以外の不整地(ふせいち)を走行しない限り、エンジンや走行に問題は無い。

 全てに於(お)いて安全という意味ではないが、マムートに乗車している限り、僕達は守られている。

「敵が、発砲しました」

 先行する縦隊から2輌が牧草地へと出て行く。

 後続する縦隊はバラけて横の牧草地へと向きを変え、統率(とうそつ)のないバラバラな動きの6輌全車が勝手な位置で砲塔を廻(めぐ)らせて、此方(こちら)へ狙いを定めていると思っていたら発砲の黄色い光と小さな煙が次々と見えて、沢山(たくさん)の赤い光点が火の玉になって、ググーと真っ直ぐに迫って来た。

「命中します!」

 僕が絶叫した刹那(せつな)、火の玉達は上下左右に分かれて過ぎ去ったが、幾つかは目の前で消えて、ブランデンブルクの工場で巨大な水力鍛造機が金属塊を潰して形にするような大きな音が、マムートの走行に急ブレーキを掛けたみたいな衝撃と一緒に連続して鳴り響いた。

(遠距離のバラけた動きなのに、バラキエル伍長のような正確な狙いで撃ってきやがった! 奴らが噂(うわさ)に聞く、戦闘経験が豊富で、多大な戦果を上げた親衛軍の戦車隊なのか……? これは、近寄(ちかよ)られて一斉に撃たれたら、殺(や)られるな……)

 敵弾は、また1発が僕の正面に刺さったようで、粗(あら)い表面に塗(ぬ)られた赤い錆止(さびど)め塗料を掌(てのひら)サイズで剥(は)がして見える鋼鉄の銀色の地肌(じはだ)が、ちょっとだけ盛(も)り上がっていた。だけど、皹(ひび)は入ってない。

 先に刺さって出来た丸い剥離面にも皹は無く、あっさりと装甲板が割れ落ちる事はなさそうだ。

 もう1、2弾は、砲塔前面の砲盾に中(あた)ったみたいで、同時に聞こえた鋭(するど)く短(みじか)い命中音からして、曲面の形状を僅(わず)かに削(けず)り取っただけで滑(すべ)って飛び去ったようだった。

「タブリス、停止だ。バラキエル、奴らを撃て!」

「軍曹、撃ちます。ラグエル、イスラフェル、次弾も徹甲弾だ!」

 徹甲弾は軍曹や装填手達の返答を待たずに発射されて、慣(な)れてしまった射撃の音響衝撃と振動と軽い気圧の変化が来る。

 それが更に、2度続いた後、遥(はる)か彼方の街道には、脇に逸(そ)れて撃ってきた2輌と、縦列の先頭のスターリン戦車が黒煙を噴(ふ)いていた。

 牧草地へバラけたスターリン戦車群と先頭縦列の残り3輌は、暫(しば)し撃ち返すのも忘(わす)れて停止していたが、急いで後退を始めながら撃って来た。

 射距離は、1300mから1500m。

 いくらデカい図体(ずうたい)の動かないマムートでも、不整地(ふせいち)を走りながら遠距離で撃って来る弾は簡単(かんたん)に命中しない。

 バラバラに飛んで来る火の玉は、流星(りゅうせい)のように飛び去って行く。

 敵戦車の1輌が後退を停止して砲塔のハッチが開くと、車長らしき戦車兵が上半身を乗り出した。

 すると、後退していた9輌全車が動きを止め、動く砲塔と砲身がマムートに狙いを合わせている。

 一斉に発砲する光が前面に見え、5、6個の赤い光点が急速に大きくなりながら集まって来る。

 其の近付いて来る赤い玉が群(む)れる真ん中に大きな青い玉が現(あらわ)れると、青い玉は見る見る小さくなって、見えなくなった次の瞬間に火花が散って、上半身を乗り出していた敵の指揮官が砲塔の司令塔から飛び上がって行った。

 彼は、回転させた遠心力(えんしんりょく)でピンと四肢(しし)を伸ばしてクルクルと空中高く舞いながら草叢(くさむら)の中へ落ちた。

 スターリン戦車群とマムートは同時に発砲したが、より速い初速のマムートの弾丸が先に命中して指揮官車は爆発した。

 直後、5発の直径122㎜の敵の徹甲弾が一遍(いっぺん)に、マムートの車体前面と砲塔前面に命中して、その大音響と激しい揺れにマムートのエンジンがストンと止まり、車内を拍動振動(はくどうしんどう)の無い静寂(せいじゃく)が覆(おお)った。


つづく

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