敵戦車まで射撃距離3000m!『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第12話』
■5月7日 (月曜日) フェアヒラント駅近くの守備位置』
夜通し交代で警戒していたが、時折り、南東の森向こうの遠くから、多数の車輌が動く騒々しい騒音が夜風に乗って聞こえて来るだけで、昨日の日没から発砲音は全(まった)く聞こえず、其(そ)の草木をゆらゆらと戦(そよ)がす風が吹くだけの静寂な夜に、まるで、戦争が終わってしまったかのように錯覚(さっかく)して仕舞い、そんな穏(おだ)やかな気持になりたい願望は、身近に不安が無い平和な日常を思い出させてくれて、今は有り得ない笑いながら遊び回っている明日を夢想(むそう)してしまう。
午前3時頃からエルベの川面(かわも)に湧(わ)いた濃い霧(きり)が辺りに漂(ただよ)い始め、街道の道筋を示(しめ)していたカンテラの灯火も近くの一(ひと)つだけが、ぼぅーと見えるだけになって、辺りの見通せない視界に警戒すべきは接近する敵が立てる音だけになった。
周波数を合わせたラジオ放送が午前5時の時報を知らせると、臨時ニュースが流れだして、第3帝国が無条件降伏をした事を正式に伝えた。
戦闘継続は今夜の12時までで、午前零時を過ぎて8日になれば、全(すべ)ての武器を捨(す)てて降伏し、交戦相手へ投降(とうこう)しなければならない。
降伏後の処遇(しょぐう)についての要求は認(みと)められず、相手が定める条件に自身を委(ゆだ)ねるしかない。
ナチス・ドイツは消滅して、連合国に分割統治される国土は、一方的に決定される賠償(ばいしょう)要求で完膚(かんぷ)無きまで痩(や)せ果てて疲弊(ひへい)し切ってしまうだろう。
新興ドイツの政府が連合国の求める無条件降伏を受諾(じゅだく)したからといって、『さあ、僕達も降伏して、助かろう』なんて事は、直(す)ぐには出来ない。
ヘタレでビビリだった僕は、昨夜(ゆうべ)のメルキセデク軍曹の言葉に頷(うなず)くと、クルーの皆(みんな)と一緒(いっしょ)に誓(ちか)う。
「今日の日は、フェアヒラント村の渡し舟乗り場を全力で守り切り、ソ連軍の侵攻から逃(のが)れて来る大勢の人達と兵士達を、エルベ川の西岸へ渡らせる為(ため)に、そして、生き残って生き方を強要されなく自由に生きる為に、此(こ)の場所で俺達は弾薬が尽(つ)きてマムートが動かなくなるまで戦い続けるんだ!」
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ベルリンのシュパンダウ地区から家族で逃れて来て、何処(どこ)か途中の野戦病院で、足に怪我(けが)を負(お)った母親と、その母親に付き添(そ)う父親に説得されて別れると、西方へ逃れようと幼(おさな)い妹と弟を連れて此処(ここ)まで歩いて来た幼馴染(おさななじみ)のビアンカが、艀(はしけ)乗り場の方へ去ってから30分は経(た)った頃(ころ)、散発的に東南の森の彼方(かなた)から聞こえていた小銃の銃声が、突如(とつじょ)として激しい機関銃の連続射撃音と連続した爆発音に変わり、幾(いく)つもの爆煙が森の梢(こずえ)の上に立ち昇った。
装軌式車輛の履帯(りたい)が動く音も聞こえて来て、其の騒音は徐々に大きくなって来ている。
爆煙が立つ方角的に、アルテンプラトウ村からニーレボック村へ至る街道の中程辺りと思われ、とうとう攻勢準備が整(ととの)ったソ連軍が、フェアヒラント村の艀乗り場を確保し続ける防御ラインへの攻撃を開始した事を、オープン受信にした無線通話からも知らせた。
全く衰(おとろ)えない銃声の応酬(おうしゅう)と増える爆煙に重なって炎(ほのお)の塊(かたまり)りが昇(のぼ)り、街道の障害物と周辺に仕掛けた地雷原と爆薬を物量で押し通り、防衛外郭(がいかく)の抵抗拠点も力圧(ちからお)しで後退させられて来る敵の強力さに、夕刻にはニーレボック村を抜(ぬ)けて船着場まで迫(せま)られると予想された。
南東側の森の向こう、ゼードルフ村からも銃撃と砲声が聞こえ、ソ連軍の攻撃が再開された事を知らせている。
ゼードルフ村の防衛陣地を突破して薄い森を抜けられると、直ぐにエルベ・ハーフェル運河沿いを西進して、エルベ・ハーフェル運河とエルベ川を船を行き来させる為に、水位を上下させて繋(つな)げる閘門(こうもん)が在るノイディアベン村の守備隊を側面から攻撃できる。
エルベ川沿いに南方から攻(せ)めて来るソ連軍を防戦するのに手一杯のノイディアベン村の守備隊は、側面からの攻撃に一溜(ひとた)まりも無く、ノイディアベン村の防衛ラインを突破して北上する強力なソ連軍は、更にディアベン村も陥(おと)すと、フェアヒラント村の艀乗り場を占領しに迫って来るに決まっているが、1門の56口径の88㎜対戦車砲と数門の20㎜及び37㎜の対空機関砲だけでは、ソ連軍の重戦車群から艀乗り場を守り切れずに僕達はエルベ川への脱出路を断(た)たれてしまうだろう。
リアルタイムで戦況を知る為に、オープンにし続けている味方の無線交信が、『中間点の曲(ま)がりが突破されて、第二障害に迫っている。森の中を敵歩兵が駆け抜けて来ているぞ!』、『牽引車が無事なら、弾薬が残り僅(わず)かになった時点で、戦車猟兵部隊はフェアヒラント村近くへ後退して、最終防衛をしろ!』、『牽引車がダメになって移動できなくなった砲や固定された砲は、弾薬を惜(お)しむな! 撃ち尽(つ)くしてから撤退しろ!』と、無線交信に慌(あわただ)しいガナリ声が溢(あふ)れて、緊迫した戦況を伝えている。
ソ連軍の無線周波数に合わせている、もう1台の無線機のレシーバーで交信状態を探(さぐ)ってみると、やたらと『タンキ フピェリョート! フピェリョート! フピェリョート!』 と叫んでいた。
たぶん、『タンキ』は、発音が似(に)ている英語の『タンク』と思うから戦車の事だと察(さっ)した。
続く『フピェリョート』は、状況から前進の意味だろう。
ソ連軍の最前線指揮官か戦車中隊の指揮官が、先頭の戦車小隊に突撃を命じている。
敵の攻撃が開始されたのを知ったメルキセデク軍曹は、ゲンティンの町から来ている防衛隊とフェアヒラント村の護衛隊と憲兵のリーダーを呼(よ)んで、森の東端の兵士達が撤退(てったい)を始めたら、『森の中を抜けてフェアヒラント村からエルベ川を渡れ』と、指示を与えて守備陣地へ戻らせた。
更に、30分は経った頃、移動して来た爆煙が第2障害物辺りで炎混じりで増えて、敵は仕掛けた罠(わな)に掛かっていたようだが、5分もしない内に森の出口に敵の重戦車と歩兵が現れた。
敵戦車は停止して戦車砲を1発撃つと、青白い排気煙をもうもうと撒(ま)き散らしてエンジンを吹かし、ニーレボック村の防衛線へ突進を始めるかに思えたが、突然、排気煙が消えて全(まった)く動かなくなった。
きっと、村の前面と中程に配された対戦車砲から放たれた徹甲弾によって仕留(しと)められたのだ。しかし、敵の進撃を食い止めたと思われたのは束の間(つかのま)で、直ぐに2両目の重戦車が現れると、撃破された先頭車を盾(たて)にして榴弾(りゅうだん)を撃ち出した。
榴弾は村外れの2軒に連続して着弾し、それぞれの家屋の半分が炸裂(さくれつ)によって木っ端微塵(こっぱみじん)にされたが、敵は対戦車砲の位置を把握していなくて、当てずっぽう射った様子だった。
赤い火花が敵戦車の砲塔に散るのが遠く離れていても見える。
装甲が厚くて貫通しないのか、入射角度が浅くて弾(はじ)かれているのか、分らないが、命中弾を浴(あ)びても戦闘力は健在で射撃を続けている。
「距離はどれくらいだ? バラキエル」
此処から森の切れ目の街道筋までは、射程内だろうけれど、弾道が低伸(ひくしん)する限界以上の遠い距離だと見て取れた。
「距離は、3000mと少しってところです。軍曹」
砲手を担当する戦車兵の中でも抜群の射撃センスが有り、これまでに数多くの敵戦車を撃破して1級鉄十字章を授与(じゅよ)されたバラキエル伍長でも、どうにか戦車らしきと判断できる3㎞も先の点のような目標は少しでも動いていると、見越(みこ)し射撃の時間差読みが曖昧(あいまい)で命中させるのは至難の業(わざ)だと僕は思う。だけど今、狙(ねら)うべき目標は停止していて、伍長なら確実に仕留めてくれそうな気がする。
「バラキエル、殺(や)れそうか? あの位置で撃破できれば、既に、仕留められて擱坐(かくざ)した先頭車と並んで、街道を塞(ふさ)いでくれるだろう。少しは時間が稼(かせ)げるな」
「上手(うま)く燃えてくれれば、もっと稼いでくれますよ。軍曹」
ドイツ軍戦車のガソリンエンジンとは違い、スターリン戦車はディーゼルエンジンだと聞いている。使う燃料は軽油で、ガソリンよりも気化温度と引火点が高い。
これはガソリンは零下40℃でも揮発して引火して燃え上がり、軽油の引火点は45℃と、100℃近くの差が有る。だから、ディーゼルエンジン仕様の戦車は被弾しても燃え難いと信じられて来た。
だが、実際の戦闘での着火物は、ファストパトローネの弾頭のような指向性爆発による沸騰(ふっとう)した鉄の飛び散りか、大気との飛翔(ひしょう)摩擦(まさつ)で赤く灼熱化(しゃくねつか)した徹甲弾頭が、更に、貫通熱が加わって溶融(ようゆう)寸前になった白熱した鉄塊(てつかい)の、エンジンや排気管の過熱程度には発火し難い気化温度や着火温度の差など意味をなさない高温によって、内燃発動機の気化性燃料は激しく燃えてしまう。
大抵(たいてい)の炎上プロセスは、送油管が貫通した弾片で破損するか、着弾や貫通した衝撃で脱落やズレた給油管から漏(も)れた燃料が、溶融や白熱する鉄に触れて炎上する。そして、気化した燃料の燃焼膨張の圧力に耐(た)えられずに燃料タンクは裂(さ)けて、漏れる燃料が連鎖的に燃えて行く。
それが、極短時間に連続して燃焼するので爆発炎上しているように見えてしまう。
「よし! バラキエル、殺るぞ! かなりの遠距離だが、停止して側面を晒(さら)しているスターリンを撃破しよう。照準が良ければ、自分の判断で撃て!」
バラキエル伍長は先日のアルテンプラトウ村の戦闘で、初めてマムートの128㎜戦車砲を発砲しているだけで、遠距離での弾道の伸(の)びはわからないと思う。だけど、伍長はアルテンプラトウ村での外れた初弾の弾道から予測して狙うはずだから、高確率で命中させれると僕は期待した。
「軍曹、低伸後の弾道が読めないので、初弾の命中は難しいかも知れませんが、狙います」
ペリスコープの上隅(うえすみ)に見えている、まだたった5発しかアルテンプラトウ村で撃っていないのに、発砲炎の熱に防錆塗料が焼けて煤(すす)けた砲身の先端が、左右に微妙(びみょう)な揺(ゆ)れをしながらジリジリと上がって行くと、直ぐにピタリと動きが止まった。
「撃ちます!」
『バウッ……』
レシーバーで塞いでいても、鼓膜が破(やぶ)れそうな発砲音は、直後に来る衝撃波で尻切(しりき)れ蜻蛉(とんぼ)に聞こえなくなり、車内から吸い出される風の低圧感と吹き戻す空気の圧迫感を、僅か数日前の事なのに懐(なつ)かしく思い出させてくれる。
放(はな)たれた徹甲弾は、青い曳光の光点となって敵戦車の車高の倍くらいの真上へ向かって真っ直ぐ一直線に飛んで行った。だが、重い徹甲弾頭は飛翔途中で……、僕のいい加減(かげん)な目測だけど、たぶん、低伸限界距離の1000mを飛んだ辺りから重力に引かれてグングン落ちて行き、目標の手前に着弾の土煙を上げて跳(は)ねた。
届かない着弾に外(はず)れたと思った瞬間、それは、水面に投げた平たい小石が跳ねるように同じ方向へ飛んで行き、地雷で擱坐(かくざ)した僚車の脇(わき)で停車していたスターリン戦車の左側面後部へスッと火花を散らす事無く青い光点は消えた。
ニーレボック村の抵抗拠点への直接射撃を済ませ、進撃の排気煙を噴き上げた瞬間に被弾した敵戦車は、続く排気煙の噴き上がりをせずに、ピタッと完全に動きを止めてしまった。
「命中しました、軍曹! 動きが止まりました。敵戦車は、擱座したようです」
タブリスが、興奮した声で報告する。
動きを止めたままのスターリン戦車を見詰め続ける僕も興奮していた。
大きくて重い砲弾が手前でバウンドしながらも、1発で3㎞もの遠距離に居る目標へ命中させた事が信じられない!
(ヒューッ! バラキエル伍長、凄(すご)い!)
「おおーっ、すっげぇ! 3㎞の距離で殺ったぞ!」
「ふうーっ、軍曹、なんとか命中です。ラッキーでした」
ラグエルとイスラフェルの喜ぶ歓声に、バラキエル伍長の深い溜め息がレシーバーから重なって聞こえた。
「良くやった伍長! 本来なら、表彰されるべき功績(こうせき)なんだがな……」
マムートの128㎜戦車砲は、新砲塔の開発にも少しは関(かか)わっていたタブリスの説明によると、同口径の対空砲を基(もと)にして製造された対戦車砲だそうだ。
砲塔は当初に計画されたよりも、実戦から学(まな)んだ洗練された形状になって重量が軽減されたが、砲耳(ほうじ)の高さから下部は、台形の形状と鍛造(たんぞう)工程での厚みを増加させていて、砲身を含めた前後左右の重量バランスは均等位置で安定させるようにしたから、砲に組み込む平衡機(へいこうき)の能力と合わせて照準と発砲時のブレが無いようになっていると、ダブリスは自慢気(じまんげ)に話してくれた。
高度1万m以上の高空に、時限信管で弾片を撒(ま)き散らす炸裂弾を発射する高射砲がベースなのらしいが、砲弾の受ける重力の方向が違う水平射撃は、僕の想像よりも弾道が伸びていないように見えた。
それでも、外れたと思われた砲弾は、スターリン戦車のエンジンルームへ命中して撃破した。
最初は梢の高さから細くて黒い煙の筋が見え、やがてパチパチと瞬(まばた)く焚き火(たきび)のような火が出ると、直ぐに黒点に見えていた敵戦車全体が炎に包(つつ)まれた。
遠目にも、激しく噴き出す炎の勢いから搭載弾薬が誘爆して、それが下火になるまで、暫(しばら)くは敵も、味方も近寄れないと思えた。
(これで、森の街道を来る敵の攻撃は、暫く停滞だな)
つづく
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