明日への希望『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第23話』

■5月7日((月曜日)エルベ川西岸のアメリカ陸軍第83歩兵師団戦区


 東岸の殺気立(さっきだ)ったソ連軍が落ち着けば、西岸河畔にアメリカ兵が戻って来て事態を速(すみ)やかに終息(しゅうそく)させてくれるだろう。

 アメリカ軍から一応の取調べを受けるだろうが、ビアンカ達を連(つ)れているし、ラグエルとイスラフェルは身分証を持っているから、途中でメルキセデク軍曹とバラキエル伍長には二人(ふたり)の作業服を着せて、身分証などは巻き込まれた戦闘で無くしたと言い張れば、上手(うま)く軍曹と伍長の身分と出身地を誤魔化(ごまか)せるだろう。

 僕は子供だから、ルール地方に居る親戚(しんせき)の処(ところ)へ避難する途中だと言うだけだ。

 しかし、アメリカ兵に捕らえられたり、投降したりしても、クルーの誰もが安易(あんい)に解放されると思っていない。

 敵対したドイツの少年戦闘員として、年齢や階級別に別々の捕虜収容所に収監(しゅうかん)されて、地雷などの危険物除去や重労働を強制される筈(はず)だ。

 僕には、アメリカ兵が解放者だなんて信じられない!

 腰に短剣を下げ、ソ連戦車を屠(ほふ)ったヒトラー・ユーゲントの僕は、幼(おさな)さなど関係無く狂信的なナチスとして過酷(かこく)に扱(あつか)われてしまう。

 食事は信じられないくらいに乏(とぼ)しくて貧(まず)しい酷(ひど)い物になるだろう。そして、いつまで収監されるか分からい。

 ビアンカ達も、どうなるか分かったもんじゃない!

 だから、アメリカ兵や他の連合軍兵士に捕(つか)まる訳にいかない。

 其(そ)の事は連合軍に占領されたエルベ川西岸の地でも同様で、其処(そこ)で暮らしているドイツ人達への接触は連合軍へ密告される恐(おそ)れから警戒して避(さ)けなければならない。

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 皆(みんな)とルールへ行って、タブリス達と一緒(いっしょ)に戦後の復興や賠償(ばいしょう)事業で働(はたら)こうと思っている。

 それで金銭を蓄(たくわ)えたなら、ビアンカ達とチャンスを掴(つか)んでドリームを実現させる為(ため)に、フリーダムの国、アメリカへの船便に乗ろうと考えている。

 戦争の歴史的に考えて、これから敗戦国のドイツは、ソ連とイギリスやアメリカの連合国とに2分割されると思った。

 現(げん)に、アメリカ軍はエルベ川を渡っていなかった。

 日数的に到達する事は可能だった筈(はず)なのに、ベルリン市へ進軍していない。

 彼らがエルベ川を渡って来て進軍していれば、ポツダム市から容易(たやす)くベルリンへ入って行けただろう。でも、アメリカ軍はエルベの西岸で動きを停(と)めている。

 この事は、ソ連と分割統治の取り決めが有るからだと、年少の僕でも察(さっ)する事ができた。

 もう、親を頼(たよ)る事はできない。

 僕は、覚悟(かくご)を決めた!

(こらからは、自立して生きて行くしかないんだ!)

 ベルリン市は位置的にも陥落(かんらく)させたソ連が支配するだろうから、手軽どころかシュパンダウ地区への行き来は極めて困難になって、僕は両親や安否(あんぴ)不明の兄達に、ビアンカ達は足を怪我(けが)したお母さんと介護(かいご)に付き添うお父さんに、此(こ)の先いったい、いつになったら再会できるか分らないと思う。

 それは、必(かなら)ずソ連の統治下になるはずのドイツ東部に家族が住む、メルキセデク軍曹とバラキエル伍長も同じだ。

 一生懸命に働いて、1日も早く仕事でドイツ東部へも行ける事業家になり、両親や家族が元気でいる内に、ビアンカ達と一緒に住んでいた場所へ行って再会できるようにしなければと、僕は強く願っている。

 僕はビアンカ達の笑顔に微笑み返しながら心の中で罵(ののし)った。

(ちっ! 民主主義を遮(さえぎ)る強固な壁を造り、輸出する思想で侵略支配して行く共産主義や選民思想で個人を無視した隣国を侵略しないと経済が行き詰まる全体統制の国家社会主義なんて、クソくらえだぁ!)

 僕は漸(ようや)く分かって来ていた。

 労働・家族・国家を理念(りねん)とした独裁政権の社会全体主義は、三つの理念全てに裏切(うらぎ)りの要素が有った。

 労働は就労(しゅうろう)意欲や成果に見合わない報酬(ほうしゅう)で就労者を困窮(こんきゅう)させ、家族は家長が愚(おろ)かで無意欲なら崩壊(ほうかい)して路頭(ろとう)に迷(まよ)わす。そして、国家が強制的に徴収(ちょうしゅう)する多額の税(ぜい)は政治不信と不幸を招(まね)いて国民を疲弊(ひへい)させてしまう。

 国家が管理する集められた成果を頭割(あたまわ)りで分配する平等は、成果を上げた物へ魅力的(みりょくてき)ではないモノの報酬を与えるだけの閉鎖的な社会になる。そして、平等な分配が続くと、人々は労働意欲を失(うしな)い、無気力、無教養、無欲で従順(じゅうじゅん)な、何の疑問を持たずに国家の号令に従(したが)うだけの国民となってしまうのだ。

 自由・平等・友愛を理念とした議会制民主主義政治ならば、奔放(ほんぽう)放埓(ほうらつ)になりがちな自由と自堕落(じだらく)にひろがる格差で瓦解(がかい)する平等を友愛の慈悲(じひ)と道徳(どうとく)で抑(おさ)え込めるだろうと僕は考えた。

 ただし、ある程度の格差と非平等は必要だろう。

 個人の成果は個人に反映(はんえい)されて、他人より裕福(ゆうふく)になれる機会(きかい)がなければ、就労意欲が湧(わ)かず、購買意欲を高める魅力的な商品は産み出されなくなり、社会が繁栄(はんえい)しない。

 重要なのは、人々の意識の根底(こんてい)に道徳を根差(ねざ)す事なのだと、僕は知った。

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「アル、よく眠れたか? 具合(ぐあい)が悪くなくて起きられるのなら、晩飯(ばんめし)を一緒に食べよう」

 焚火の近くでビアンカに膝枕をされて、あれこれと考えながら僕は寝落ちしていた。

 既(すで)にビアンカの膝枕は無かったが、代わりに乾(かわ)いた僕の服が折り畳(たた)まれて枕になっている。

「飯を食ったら、陽が落ちるのを待ってから西へ向かうぞ。ヤンキー共が此処へ戻って来るのは夜半過ぎになるだろうから、残光で足許(あしもと)の見える内に出発するんだ。ほら、まだ向こうの方で射撃音がする。狂信的反共の奴が、気が済むまでロスケと射ち合っているんだろう。此処が静かになるまでヤンキーは遣って来ないさ」

 大量の奴隷(どれい)となるべき人達を取り逃がしてしまったソ連兵達は苛立(いらだ)ち、捕らえられないのなら撃ち殺して遣るとばかりに、東側の川岸から対岸に見え隠れするドイツ人を狙い撃つ。

 執拗(しつよう)にドイツ人が隠れそうな堤(つつみ)の影や森の中へ迫撃砲弾を撃ち込む。

 射ち合いに気が済んで更に西へと去って行ったのか、それとも、撃たれて倒れてしまったのか、既に此方側からの反撃の銃声は途絶(とだ)えている。

 それらは東側のロシア人から見える範囲で、偵察機を飛ばしてまで見付け出そうとはしていない。

 流石(さすが)にアメリカ軍との取り決めを完全無視する程(ほど)、ロシア人共はバカじゃなかった。

 真っ暗(まっくら)になる夜は探照灯(たんしょうとう)でも持ち出して、ドイツ人狩りを続けるつもりなのだろうか?

 完全停戦までは、まだ8時間も有る……。

 右側に有った筈の焚火が左側になっているのを見ながら、『はい』と頷(うなず)いた。

 焚火の熱で身体全体が温(あたた)まる様に、僕の向きを変えていてくれて、御陰(おかげ)で目覚(めざめ)めが気持ち良い。

「ダブリス達の家が在るルールまで行くんだ。先(ま)ずは夜通し歩いて此処(ここ)からは、10㎞以上は離れよう。ヤンキー達に見付からない様に森の中を進むんだ。幹線道路や街道路の路面上と脇沿(わきぞ)い、車輛が通れる幅の道は歩かないぞ。対戦車や対人の地雷が埋(う)まっているからな。それに障害物には必ず爆薬が仕掛けて有って、揺(ゆ)らすだけで爆発するんだ。牧草地や畑にも有るぞ! だから森の奥の獣道の様な細い間道を行くんだ。敵や住人に発見されないようにな」

 確(たし)かに地雷や爆発物の罠(わな)は仕掛け易(やす)くて、アルテンプラトウ村からニーレボック村への森の中を通る街道には、味方の工兵が多くの罠を仕掛けていた。

 どうにか生き残れてエルベ川の西岸へ逃(のが)れたのに、今度の敵は解放者然(かいほうしゃぜん)とするアメリカ人と味方が仕掛けた罠だ!

 それと強力な占領軍に媚びるドイツ人からの密告で、油断はできない。

 僕は気が滅入(めい)り、軽い眩暈(めまい)がした。

「おい、大丈夫(だいじょうぶ)か? ほら、立てるか? 食べたら元気になって、遣る気(やるき)がでるさ」

 そうさ、あそこで僕を笑顔で見ているビアンカとの希望の出逢(であ)いは、しっかり出来たじゃないか! 次は、希望の生活の将来が待っているぞ!)

 軍曹が差し出した手を掴(つか)んで軽く引くと、思いの外(ほか)、撓(たお)やかに僕の身体は起き上がり、遣る気に満ちている自分に驚(おどろ)いてしまった。

 さあ行こう!

 銃弾の飛び交わない明日からは、明るい世界に僕達の希望が満ちている!


  超重戦車E-100Ⅱ(ツヴァイ)ザ・マムートの戦い

           ドイツ フェアヒラント村 1945年5月7日 希望の出逢い

           完

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