最後の砲弾『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第18話』

■5月7日 (月曜日) フェアヒラント村の入り口から村内へ


 二股(ふたまた)に分かれる村の通りの入り口でマムートが停止すると、直(す)ぐにバラキエル伍長が発砲した。

 毎秒800mの高速で放(はな)たれた口径128㎜の高性能榴弾(りゅうだん)は、見事に対戦車砲を直撃して、鉄屑(てつくず)になった砲片(ほうへん)とバラバラに裂(さ)かれた砲員達を遠くへ吹き飛ばして跡形(あとかた)も無く消してしまった。

「瞬発(しゅんはつ)榴弾!」

 伍長の装填指示に、ラグエルの応答と『装填(そうてん)完了』が続き、『撃(う)ち……』の声に発射音が重(かさ)なる。

 発砲の衝撃(しょうげき)と吸排気(きゅうはいき)の風にブレる視界の真ん中(まんなか)で爆発が起きて、砲身を酷(ひど)く折(お)り曲(ま)げた大砲が宙(ちゅう)に舞い上がるのと、独楽(こま)の様にクルクルと回転して臓物(ぞうもつ)と血飛沫(ちしぶき)を撒(ま)き散(ち)らしながら飛んで行く敵兵が見え、残り1門の対戦車砲も完全に沈黙(ちんもく)させた。

 爆煙が薄(うす)まると、対戦車砲を守る為(ため)にいたのだろう、ソ連兵達がバラバラと立ち上がり、彼らがいる線路脇から見えているのか、川縁(かわふち)へ駆(か)けて行く戦闘要員にされていたユングヴォルクの子供達とヒトラー・ユーゲント達を狙い射ち、更にマムートにも銃口を向けて撃ち始(はじ)めたが、其(そ)のロスケどもの全(すべ)てをバラキエル伍長が同軸機銃の長い連射でボーリングのピンのように倒(たお)した。

『ガァァーン! ガシャガシャン!』

 御祭り広場に据(す)え付けられた大きな吊り鐘(つりがね)の真横にいるみたいに激しい大きな音が鳴(な)り響(ひび)いた。

 砲塔の左側面に命中弾だ!

 補助装甲板代(か)わりになっている予備履板(りばん)が2,3枚割られて飛ばされた音も聞こえた。

『ガガァーン』

 またもや鐘の音が大きく鳴り響き、再(ふたた)び砲塔の左側面に命中弾を喰(く)らった!

(狙(ねら)われているぞ!)

「バラキエル、砲を撃って来た方へ向けろ!」

 反撃と退避(たいひ)を命(めい)じるメルキセデク軍曹の落ち着いた声がレシーバーから聞こえる。

「タブリス、後進しろ!」

 バラキエル伍長が砲塔を正面へ向け終わると、ダブリスはマムートを後進の儘(まま)で村の中の通りへと進ませる。

 踏(ふ)み切りを越(こ)えた辺(あた)りから街道脇に捨(す)てられた物が目立ち始めて、其の多くが豪華(ごうか)な椅子(いす)や机に箪笥(たんす)や寝具(しんぐ)など、エルベ川を持って渡るには無理が有って邪魔(じゃま)になる家財(かざい)道具や調度品ばかりだった。

 道が右へ斜(なな)めに折れた村の入り口からは、それらに加(くわ)えて荷車や自動車が乗り捨てられ、燃え落ちた建物や崩(くず)れた塀(へい)の際(きわ)には、空爆や砲撃で亡(な)くなった人達やエルベ川河畔の救護所へ辿(たど)り着く前に息(いき)絶(た)えてしまった怪我人(けがにん)や負傷兵の遺体(いたい)が、其処此処(そこここ)に並べられている。

 幾(いく)つかに爆弾痕(こん)や砲撃の炸裂(さくれつ)痕が比較的小さな穴を掘っている路上には、多くの生活用品や私服や軍服も捨てられていたが、居残る住民達は、まだ使える物や新しい物を物色(ぶっしょく)して自宅へ運んだり、脇(わき)へ寄せたりして、出来るだけ車輌が通る通路を確保してくれていた。しかし、マムートの車幅には通路は狭(せま)くて、寄せ切れていない物品や使い物にならなくて路上に置かれたままの荷車は、履帯(りたい)で踏(ふ)み潰(つぶ)して行くしかなかった。

 村の中の破棄(はき)捨てられた物だらけのT字路の交差点で、軍曹はマムートを180度の方向転換(てんかん)をさせて、艀(はしけ)乗り場が在る村の南外れへ向かわせる。

 ラグエルとイスラフェルが、砲塔バスケットの床に膝(ひざ)を付いて身体(からだ)を倒(たお)れさせると、手足を伸(の)ばして長々と寝そべった。

「軍曹、徹甲弾は全て撃ち尽くしました。フゥ、フゥ、これで残弾は、時限信管の榴弾が、1発だけです。ハア、ハア、それと、ちょっとだけ休ませて下さい。ハア、フゥ、腰と手足に力が入りません。身体中が痛(いた)いです。ハア、ハア、御願いですから、ちょっとだけ横にならせて下さい。ハア、ハア」

 仰向(あおむ)けになって、息絶(いきた)え絶(だ)えにそう言うと、本当に苦しそうな表情で喘(あえ)いでいた。

「分かった。余り時間が無いけれど、川沿(かわぞ)いの通りを村外(むらはず)れに在る艀乗り場の向こうに着くまでは、休んでいてくれ」

「ありがとうございます。軍曹」

「しゃべらなくていい。そうか……、とうとう弾が無くなったか。よし、さっさと最後の弾を打(ぶ)っ放(ぱな)して、エルベを渡っちまおうぜ!」

 エルベ川と平行する村の通りでは、更(さら)に多くの乗り捨てられた荷車と自動車に加え、トラックや装甲車輌が縦隊で放棄されていて、其れらをマムートが押し退(ど)かしたり、踏み潰して乗り越えたりして進んで行った。

 村の通りには、歩いている敗残兵や傷病兵、それにエルベ川が渡れる様になるまで待機していた大勢の避難民達の姿が殆(ほとん)ど見られず、軍曹が川と平行する通りで見掛けた、荷物を運んでいる年輩の村人達に彼らの所在を尋(たず)ねると、既に渡し場の艀や既に渡し場の艀や其処ら中(じゅう)の川岸に繋がれていた筏や小船で渡って行き、何か浮く物に掴(つか)まって泳(およ)いで渡る人もいたと言ってくれた。しかし、砲撃と空襲で多くの人が下流へ流されたり、溺(おぼ)れたりしていたと付け加えていた。

 他の年輩者は、住人の若者達にもエルベ川西岸の連合軍統治地域で自由に戻(もど)れる日が来るまで、ソ連兵から逃がれているように言い聞かせて行かせたと言っていた。

 居残(いのこ)る村人達が投棄(とうき)された物品を選(えら)んでは自分達の自宅へ運んでいる通りを横切って、守備部隊の第12軍や国民突撃隊の兵士達と線路脇の防衛陣地にいた10歳から17歳くらいのユングヴォルクとヒトラー・ユーゲントの少年達やドイツ女子同盟BDMの少女達が、幾つかの少人数のグループになって渡し場へと全力で走って行く。

 マムートは、艀乗り場へと下る坂道へは行かずに、20mほど通り過(す)ぎた、予(あらかじ)め決めていた川沿いの道の南側と東側の牧草地一帯を見渡せる場所に斜めに構(かま)えて停止した。

 搭載(とうさい)していた砲弾は30発、25発も有った徹甲弾(てっこうだん)は全て撃ち終(お)えてゼロ、5発だけしか積(つ)まなかった榴弾は時限信管を1発残すのみで、最後だ。

 何時(いつ)の間にか薄曇(うすくも)りの空は千切(ちぎ)れ雲ばかりになり、雲間からの陽射(ひざ)しが牧草地や森の木立(こだち)に幾つもの丸い日溜(ひだ)まり作り、其の雲間の青空に見えた敵機の編隊が此処(ここ)ではなくて北へ向かっていた。

 少し強く吹き出した西風が伸び始めた牧草を戦(そよ)がせて、東のニーレボック村に集結して街道上で再編成している敵戦車縦隊と、左の丘の向こうを回って来る敵戦車隊のガチャガチャと迫る履帯の音を聞こえて来させない。

 たった1輌しかない試作量産仕様の超重戦車E-100Ⅱマムートに搭乗できて、今戦争の最終日を一人の乗員を失う事無く戦い抜けている僕達五人は、本当に幸運だと言っても良いだろう。

 15、6発の敵の85㎜や122㎜の大口径徹甲弾の直撃を車体と砲塔に受けても、戦闘力を失うターレットリンクや砲身部への被弾(ひだん)、それに機動輪や転輪の破損に履帯の切断が無ければ、砲塔の旋回や走行に支障は無い。

 シュパンダウ市のオペルの工場でタブリスから聞いた、命中箇所(かしょ)の装甲板の裏面を剥離(はくり)して鉄片(てっぺん)を激しく飛散させる粘着榴弾(ねんちゃくりゅうだん)の被弾や、成形炸薬弾の爆発燃焼(ねんしょう)で溶かされた鉄のジェット噴流を浴びせるソ連兵に分捕(ぶんど)られたファストパトローネの命中弾などは無くて、左耳の半分を飛ばされた僕以外のクルーは誰も負傷していなかった。

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 ニーレボック村の空襲と砲撃で燃えていた家々は鎮火(ちんか)して燻(くす)ぶり、白い煙の漂(ただよ)う村の中には車輌の蠢(うごめ)きが見えた。

 村の南側の街道口からは、塞(ふさ)いでいた損傷戦車を車体下部の一部が残るだけに爆破して通行可能にした街道を、続々と敵の戦車や戦闘車輛が村内に入って行き、村の北側からはフェアヒラント村へと通じる街道上を列を成して此方へ向かって来ている。

 ニーレボック村の前の牧草地には、地雷が埋設(まいせつ)されていない事の確認を済(す)ませたのか、20輌ほどの敵戦車が横隊を組み始めていて、10分以内には突撃して来るだろう。

「東から来る敵戦車は、アハト・アハトに任(まか)せておけばいい。マムートは、森沿いや丘を回って来る奴と、川沿いを南から来る奴を、残弾……、弾が有る限り、始末(しまつ)するんだ」

 『パゥ!』、アハト・アハトの発砲音が聞こえた。

 『パゥ!』、また聞こえた。

 音の大きさからして、近くの川沿いの道脇にいるアハト・アハトだと思う。

(砲兵達は、まだ逃げ出さずにいたんだ……)

 『パゥ!』、また射った。

 逃れて来た人達の殆どが既にエルベ川の西岸へ渡り終えているのに、未(いま)だに防戦の射撃をしているのは、僕達と同じ義務と使命感で、渡り終えた人達がソ連兵の視界から見えなくなる遠くへ離れるまでの時間稼(かせ)ぎだ。

 『パゥ!』、狙い撃っているのは、南のディアベン村から川沿いの道を此方(こちら)へ進んで来る敵の戦車隊だろう。

 まだ、敵に位置を発見されていないのか、アハト・アハトの発砲音ばかりが聞こえて来る。

 ノイディアベン村とディアベン村を防衛していた兵士達は、此方へ後退して来ているのだろうか?

 それとも逃れる事が出来て、今はエルベ川を渡っている最中(さいちゅう)なのだろうか?

 将又(はたまた)、既に包囲された守備陣地に留(と)どまって最後まで戦っているのだろうか?

 低い丘は敵に制圧されてしまい、生き残った守備兵達が丘の麓(ふもと)から川岸へ走って逃げていて、それを丘を下って追い駆けるソ連兵達が射(う)っていた。

 其のソ連兵達を、バラキエル伍長が同軸機銃の長い連射で射竦(いすく)めてしまう。

 更に、追撃を挫折(ざせつ)させられて斜面に伏(ふ)せる敵兵の周囲に、キューポラの銃架(じゅうか)に取り付けたMG42機関銃でメルキセデク軍曹が次々と着弾の土煙(つちけむり)を立てて行く。

 『パゥ!』、少し離れた左の方からもアハト・アハトの発砲音が聞こえた。

 森の端から移動して村の家屋の裏庭に構えたアハト・アハトが、街道を踏み切り辺りまで迫(せま)って来たスターリン戦車の縦隊を撃っていて、緑色の曳光が先頭車へ吸い込まれて行くのが見えた。

 続けて、7、8発の発砲音と緑色の光点の飛翔が見えたっ切り、左の方にて防戦しているアハト・アハトは沈黙(ちんもく)した。

 やがて、ダメージから体制を整(ととの)えた敵戦車の縦隊が一斉に放った発砲の炎と煙が見えると、沈黙したアハト・アハトが展開している辺りから連続して爆発音が響き、吹き上げられた土埃(つちぼこり)に、舞い上がって漂(ただよ)う塵(ちり)と煙で空が暗(くら)くなった。

「もう、潮時(しおどき)だ! タブリス、マムートを後退させて、道際のアハト・アハトを援護するぞ!」

 タブリスは、軍曹の命令通りにマムートを後進で、川沿いの道路脇に陣(じん)を構えるアハト・アハトの真横に着けた。

 正面の道の果て、ディアベン村近くの路上には燃えている3、4輌のT34戦車が見えて、道路を塞いでいる。そして、それを迂回(うかい)して来る五十人ほどのソ連兵がこっちへ向かって走っていた。

 右手の丘の麓の左側、燃料貯蔵施設の向こう、鉄道土手の上に、4、5輌のT34戦車が現(あらわ)れて、フェアヒラント村へと向きを変えた。

「だめだぁ、……アハト・アハトは、……殺られている……。バラキエル、正面から来るロスケ共を、最後の榴弾で一掃(いっそう)してくれ! タブリス、発砲後、このまま後進して、艀乗り場口で川辺(かわべ)に降りろ」

 後進するマムートの司令塔ペリスコープから見たアハト・アハトの悲愴(ひそう)な状態を呟(つぶや)きながら、軍曹の発した命令がレシーバーから聞こえて来る。

「了解、軍曹。ラグエル、タイマーを0.5でセットしろ!」

「0.5でセットしました」

「装填完了!」

「距離450m、撃ちます!」

 時限榴弾は、此方へ走って来る敵兵達の先頭で爆発した。

 道路幅以上に広がる大きな爆発は、其の弾片(だんぺん)の殆どを飛翔方向へ扇状(おうぎじょう)に広げて、半数以上を死傷させながら、見えていた全ての敵兵を爆風と衝撃で噴き飛ばした。

 タブリスはマムートを後進させ、直ぐに着いた乗り場口の交差点で向きを変え、川岸へと緩(ゆる)い坂道を下って行く。

 後進するマムートの無線手席のペリスコープから見えたアハト・アハトは、横倒しになっていて、五、六人の砲員が倒れていた。


つづく

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