砲塔側面の傷だらけの青いマスコット『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第19話』
■5月7日 (月曜日) フェアヒラント村の艀乗り場付近
緩(ゆる)やかな坂を下り切った場所には、西岸と行き来する渡し船の艀(はしけ)が接岸して乗り込む為(ため)の船着場が在る。
艀は平床式のフェリーで、小型トラックや大型馬車ぐらいは積載(せきさい)できる広さと浮力(ふりょく)が有り、冬場の大雪と氷結(ひょうけつ)の酷(ひど)い日と暴風雨で時化(しけ)る日以外は毎日、朝から日暮(ひぐ)れまで1時間置きに運航されていたが、今は引っ切り無しのピストン運行だと、此処(ここ)を警邏(けいら)していた憲兵隊の中尉が話していた。そして、まだ其(そ)の中尉が逃(に)げもせずに部下と共に留(とど)まっていて、艀に乗り込む人達の列を敵が紛(まぎ)れ込んでいないか一人(ひとり)一人確認しながら整理して婦女子と負傷者を優先(ゆうせん)させている。
乗船を待っている人達は、もう僅(わず)かで、あと2往復もすれば乗船の余地を持って対岸へ渡れるだろう。だが、ソ連軍は其処(そこ)まで来ていて、最後の離岸はギリギリになりそうだと思えた。
艀は2艘(そう)共、此方(こちら)側へ来ていたが、1艘は爆弾の弾片(だんぺん)か銃撃で遣(や)られたのか、キャビンとデッキがズタズタになっていたけれど、周囲に泡立(あわだ)つ波とエンジン音から航行や操舵(そうだ)は大丈夫(だいじょうぶ)そうで、立錐(りっすい)の余地も無く負傷兵と婦女子を乗せると速(すみ)やかに発進して行った。
もう1艘の外見的に被害(ひがい)が無さそうな艀は、残っていた避難民達と兵士達、それに、走って逃げて来る守備兵を次々と乗り込ませている。
船着場周辺の川原には、近くの救護所のテントの周りや河畔(かはん)の斜面際の到(いた)る所に、五人、十人と合計二百人ほどの遺体(いたい)が並べられ、嵩張(かさば)る荷物や持って行けなかった大き過ぎる包(つつ)み荷物、そして、脱(ぬ)ぎ捨(す)てられた軍服やナチス党員の制服が散乱(さんらん)していた。
艀に乗船する人達は、リュックとバックやカバンなどの手荷物のみしか持たせて貰(もら)えない。
乗り捨てられた車輌は乗船や救護の邪魔(じゃま)になったからなのか、其の多くが浅瀬へ落とされていた。
東西の船着場間の川幅は200m足(た)らずで、乗船の所要時間は片道10分間と短(みじか)いが、今は迫(せま)り来るソ連軍の所為(せい)で時間が無い。
此(こ)の時期、針を刺(さ)すように痛(いた)くて冷たい雪解(ゆきど)け水が、南のドイツ国境一帯のアルプス連峰から滔々(とうとう)と大量に流れて来るエルベ川は水嵩(みずかさ)が増して、真ん中(まんなか)辺(あた)りの最深部だと強い流れで深さが10m以上にもなっているらしく、マムートを沈めるには充分(じゅうぶん)な深さが有るそうだ。
「ダブリス、右の救護所と炊(た)き出しのテントの向こうまで行くんだ。そして、川に向けて止めてくれ。それと、遺体を踏(ふ)むんじゃないぞ」
「了解、軍曹。右方向の川岸まで、遺体を踏まずに移動します」
「そうだ! 戦闘機動で死体を轢(ひ)いた時の、あのグンニャリした感じは気味(きみ)が悪くて、暫(しばら)くは気持ちの悪さ続くんだ。それに死人を傷付けたくないな」
「よし、此処で停車だ。ダブリス、ギアはニュートラルだぞ。エンジンは止(と)めるなよ。次は、掛け直す時間は無いからな!」
マムートを誘導(ゆうどう)して停止させると、軍曹はクルー全員に言った。
「俺達の戦いは、向こう岸へ無事に着いて生き残るまで終わりじゃない! さあ、エルベを渡るぞ! 車内の食い物と炊事(すいじ)道具を下(お)ろすんだ。ラグエルとイスラフェルは後ろのジェリカンを外(はず)して筏(いかだ)を作り、それらを乗せろ。終わったら炊事場を覗(のぞ)くんだ。バラキエルは救護所で、使えそうな薬を探(さが)してくれ。アルの手当てに必要だ。さあ、大急(おおいそ)ぎでやろう。アル、俺達は周囲の警戒(けいかい)に行くぞ」
「了解です、軍曹」
「俺(おれ)は上の道まで行って、敵の進み具合(ぐあい)を見て来る。俺が戻(もど)ったら、直(す)ぐにマムートをエルベに沈めるぞ。それまでに用意しといてくれ、みんな」
外へ出て見たマムートは擬装(ぎそう)の枝木(えだぎ)が全く無くなっていて、代(か)わりに車体や砲塔の前面や側面の装甲板に突き刺さった敵の徹甲弾の弾頭が幾(いく)つも有り、そして、砲弾に削(けず)られたり、抉(えぐ)られたりした深い傷(きず)が20箇所以上も有った。
其れらを見て皆(みんな)が口笛(くちぶえ)を吹いて驚(おどろ)いたり、感心したりして、頼(たの)もしい守護神(しゅごしん)のマムートに感謝した。
ただ、砲塔の両側面に描(えが)かれたマスコットマークの空色のマムートは、右側が徹甲弾の被弾で抉られて殆ど消えてしまい、左側は砲弾の破片や銃弾や砲撃の爆発で飛んで来た石の飛礫(つぶて)に、青ペンキと縁取(ふちど)りの白ペンキがキズキズに剥(は)がされて、どちら側も悲(かな)しいくらいの痛々さだった。
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僕が警戒していた川原では、南のディアベン村の方から川岸を歩いて来るソ連兵の列と、フェアヒラント村の北の河川敷(かせんじき)に現れたソ連兵の群(む)れが見えていた。
此方へ遣って来るソ連兵達までの距離は南側で500m足らずで、北側は1㎞位(くらい)だと思う。
其処へ軍曹が、斜面の林を駆(か)け下りて来た。
「上の道は右も、左も、ソ連軍が遣って来る。東の牧草地からは戦車と歩兵だ。待ち伏せや罠(わな)を警戒して、ゆっくりと探索(たんさく)しながら近付いている。直(じき)に見える所まで来るぞ!」
さっきから、間近(まぢか)にソ連軍が迫って来て戦闘になると、ピタリとソ連機は飛んで来なくなっていた。
見渡せる限りの青空にソ連機の機影は無く、爆音が聞こえて来ない。
数か所の対空陣地に設置された対空機関砲のけたたましい連続射撃音も聞こえていなくて、其の要員達は次々と駆け寄って来て、我先(われさき)にと艀に乗り込んでいた。
「川原も、上流と下流に、敵兵が見えます」
僕の報告に顔を廻(めぐ)らせて川原の敵兵を視認(しにん)した軍曹は、直ぐに、クルー全員に渡河の支度(したく)を急がせた。
つづく
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