回想 第3帝国の終焉と古からの神の意思『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第4話』
■5月4日(金曜日)フェアヒラント村への街道上
「ヨーロッパ系の白人人種のゲルマン人はもともと、スカンディナヴィア半島やバルト海沿岸地域の北欧の土地で暮らしていました。フィヨルドの奥深くに住み着いた海賊のヴァイキングと称されるノルマン人もゲルマン人です。彼らは、中央アジアの草原に興(お)きたフン帝国のヨーロッパ侵攻に恐(おそ)れをなして、バルト海沿岸からゲルマニアへ移動する。ゲルマニアはカイザーのドイツ帝国の領域と大体同じ範囲ですね。背丈(せたけ)の低いアジア系の黄色い顔をしたフン族は東ヨーロッパから攻めて来ましたから、ゲルマン人は其(そ)の侵攻方向の西へ移動します。フン族は矯正(きょうせい)された平面顔の定住地を待たず、放牧で移動しながら狩猟と略奪(りゃくだつ)に日々の糧(かて)を得て暮らします。男達は産まれると直(す)ぐに両頬(りょうほお)に刀傷(かたなきず)を付けられた、疾駆(しっく)する馬上から強力な弓で射る巧(たく)みな弓術に長(ちょう)けた騎馬戦闘の戦士でした。彼らは神話に登場する凶暴(きょうぼう)で魔物のように恐(おそ)れられている北極の蛮族(ばんぞく)、ケイオスの如(ごと)く想像されて、ゲルマン人達は北欧から南の中央ヨーロッパへ逃げてしまったのでしょう。結果、ゲルマン人は見事に蹴散(けち)らされて、ヨーロッパ全体へ散り散りになりました。それに勢(いきお)い付いたフン族は、ガリアの地まで征服して略奪の限りを尽(つ)くすと、東ヨーロッパの彼方(かなた)へ引き上げたという経緯(けいい)なのです」
確(たし)か、ガリアは、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと、その周辺のフランスとドイツの範囲だったはず。
北極のケイオス族って聞いた事が無かった。
ケイオス族は北欧神話やドイツ神話の何処(どこ)に登場して、どんな蛮行を働いたのか、全然覚(おぼ)えが無くて知らず、其の容姿や立ち振る舞いを想像できない。
(もしかして、ヴァイキングはケイオスの子孫なのかも知れないな)
「だから、アルフォンス・シュミット君。アーリア人とゲルマン人は交(まじ)わっているとは思うけれど、直系ではないのです。先生は写真で見て比(くら)べた事しかないけれど、イラン人達の顔付きと、ゲルマンドイツ人の顔付きは違いますね。ナチス党が力説する直系説は、殆(ほとん)どが捏造(ねつぞう)で、国民を統率して世界征服する侵略戦争を継続する為の、選民意識を植(う)え込む、洗脳のプロパガンダなんですよ」
ナチスのプロパガンダと言い切って話し終た先生の僕を見る顔は、僕を部屋へ招待した時よりも、ずっと明るくて穏(おだ)やかになっていた。
「それとですね。先生は別の考え方を持っています。ナチス党のアーリア人純血種論と対極になる考えですが。アルフォンス・シュミット君、聞いてくれますか?」
先生は今、個人しての考えを纏(まと)めたアーリア人のルーツを僕に説明してくれた。
其の考えは、非常に危険で反社会的だと思う。だけど、僕の立ち消えた全(すべ)て疑問の向きを揃(そろ)えて繋(つな)げてくれた。
(先生は、とても博学(はくがく)で勇敢(ゆうかん)だ。僕は今、心の底から先生を敬(うやま)っている。だから……)
「是非(ぜひ)、聞かせて下さい、先生! 今日、僕は先生に初めて質問をして、先生と初めて話しました。そして、先生の考えは僕を豊(ゆた)かにしています」
先生の言う純血種と対極になる考えは、きっと、アーリア人のルーツのように理屈に叶(かな)う、納得できる内容だと思わせて、僕は非常に興味を啜(そそ)られた。
「君は熱心なキリスト教の信者かな、アルフォンス・シュミット君。あまり熱心じゃなくても、旧約聖書のバヴェルの塔は知っているでしょう。あのノアの箱舟の後、ノアの子孫は凄く増えて、神罰の大洪水の前よりも人類は多くなりました。そして、『人々が世界中に広がるように』という神の意思に反して、新技術と知恵と協力で神が住まう高みまで、巨大な塔を建設して、『神と人の対等性』を実力で示し、『この住み心地の良い恵(めぐ)まれた地を離れない』という、断固とした考えを現しました。この神の命に叛(そむ)いてしまう、神自ら自分達の姿に似せて創造してしまった人間どもの高慢(こうまん)な行為に怒(おこ)った神は、激(はげ)しい雷(いかずち)の連撃でバヴェルの塔を崩(くず)し、わざわざ神自身が地上に降臨してまで、多彩多用な言語を人間達に押し付けて単一だった言葉を乱(みだ)します。そして、余りにも多くになって意思疎通が出来なくなった言葉に動揺(どうよう)する人々を集中して留(とど)まるシンアルの地から世界中の地へと無理遣(や)り散らします。ここまでは分りますね」
僕は頷(うなづ)いて、理解出来ている事を示(しめ)す。
「はい、分ります」
モーゼがシナイ山で神から授かった十戒(じっかい)は、散らばった人々が各地で文明を興して繁栄している世の中で、バヴェルの塔より、ずっと後(のち)の時代の出来事だ。
再(ふたた)び高度な技術と組織で繁栄し出した人類を恐(おそ)れた神は、石板に雷で刻(きざ)み付けた十戒の戒(いまし)めにより、人類の統一を阻(はば)む更なる暗示を契約の形で記したのだと思う。
戒めに契約、阻(はば)む作為(さくい)は幾度も行われて、善にも、悪にも受け入れられる、神からの数多くの戒律(かいりつ)で人類は何重にも枷(かせ)を掛けられてしまった。
「東の方から移動して来た人々は、シンアルの地で街と塔を造り出しました。建設された街はバヴィロンで、バヴェルの塔は其の近くに造られました。シンアルの地は現在のアラビアの都バグダードから南のチグリス・ユーフラテス川の河口近く在る港湾都市のバスラまでの平原を古代では、そう呼んでいたようです。バヴィロンはバグダードの南100㎞に残る遺跡ではないかと言われていますが、怒(おこ)った神に破壊されて跡形も無いバヴェルの塔の遺跡は見付からず、場所も特定されていませんね。バヴェルの名の意味は後付けの『混乱』ですが、メソポタミアの言葉だったアッカド語では『神の門』という意味です」
「一つの言葉の単一民族だった人類が暮らす唯一無二の都市がバヴィロン。神の意志、いや命令によって一カ所での留まりから大地の隅々(すみずみ)まで散らばせられるのを拒絶した人類は、技術と生活を向上させて『我々は此処にいる』と自分達の存在と思考を強く固持(こじ)します。そして、其の事を見せ付ける為に『天上の神の領域へ達する塔を建てる』としたのが、バヴェルの塔です。塔が完成していれば、最上階になる天上界と同一面になる屋上広場は『神の門』、或(ある)いは『天国の扉(とびら)』と呼ばれて、『天国への梯子(はしご)』、または『天国への階段』となったバヴェルの塔で天上界と行き来するようになった人類は、神と同等の究極の進化を遂(と)げていた事でしょう」
「まあ、『神の門』の『天国の扉』が開かれる天上界は、青空に浮かぶ白雲の頂(いただ)きの上なのか、希薄な蒼空(そうくう)の成層圏の高さに漂(ただよ)うのか、それとも人類未踏(みとう)の真空の宇宙の高度で浮遊(ふゆう)しているのか、先生には、想像が付かないですがね」
「先生は、この神の怒りは、塔を崩して言葉を乱して意思の疎通を困難にし、人々を全ての地へ追い立てるだけでは無かったと思います。それに、今日(こんにち)を鑑(かんが)みて、きっと、人の思考と能力と行為の全てを雑多に乱して、将来、人種別、民族別に纏(まと)まって純血の境界を作り、相容(あいい)れない異種と争(あらそ)うように分別したのです。それを行う故(ゆえ)の降臨でしょう。これは由々(ゆゆ)しき神罰です」
増え過ぎたノアの子孫達を世界中へ散らばらせる、旧約聖書の創世記11章の、神が人の業(ごう)と言った人間達の成し遂げる行為や驕(おご)りと高慢を戒める教えだ。
「乱した言葉の種類は、たぶん、現在の数百倍にもなる多さだったでしょう。それでも人々は、同じ言語、類似の表現と集(つど)って彼(か)の地を後にします。そして、雑多に乱された言葉は、数千年を経て徐々に今日の数まで淘汰(とうた)……、いや理解されて来たのです」
(なぜ神は、人が編(あ)み出したした技(わざ)で遣り遂げる人間達の意志と成果を祝福しなかったのだろう? なぜ神は、言葉と意思を乱してゴチャゴチャのバヴェルという混乱状態にしたのだろう?)
「バヴェルの塔を崩した神の怒(いか)りは、神の焦(あせ)りだと、先生は考えるのですよ。人が思案、思考して得た新技術に、単一の言葉によって統一された人の意思の孤高(ここう)。これは逆に言うと、新技術の発展で人は神の領域に達する寸前だったという事です。だから、現代に於(お)いて、異人種と異民族での交配を繰り返して、全ての遺伝子と細胞記憶を持つ人達ばかりになれば、彼らは神に等(ひと)しくなれるかも知れないのです」
先生が話す事を、今まで僕は全く考えもしなかった。
(神が人類を貶(おとし)めた逆をすれば、神の脅威(きょうい)となる高みへ至れるかも知れない人類に戻れるって事だ! それは、とても素晴らしい事じゃないかな)
「でも先生、散らされた人々の遺伝子と細胞記憶は、みんな同じだったのでしょう。それならば、現代人は意思の疎通を統一するだけで、神へ挑戦できないのですか?」
頷(うなず)いた先生は、直ぐに回答してくれた。
「神は、とても賢(かしこ)いのです。人間が得られない叡智(えいち)を持ち、成し得ない所業を行なえます。人々を似た言語と容姿で小さく分けたと同時に、全てのグループは長所短所の凸凹(おうとつ)をつけられて他のグループと噛(か)み合い難(にく)くさせました。それは、例(たと)え全ての遺伝子と細胞記憶を有した人類になれたとしても、人類が統一言語でコミュニケートして一(ひと)つに纏まらなければ、孤高の人類には至れないという事なのです」
(このままでは全人類が、ソドムやゴモラのような塩の柱にされてしまったり、沈下する全地表と激しく降り続く長雨で溺(おぼ)れてしまって、滅亡(めつぼう)するかも知れない)
「人類が、民族主義や国家主義、それに思想主義で戦争を繰り返すのは、全てを統合した孤高の人類が誕生しないようにする、神の作為(さくい)なのかも知れません」
幸せの定義まで、神は裁(さば)き、調停者のように押し付けて来る。
「孤高の人種を再現させて更なる思考と技術の開発に至った人類は、神に匹敵(ひってき)するほどになるでしょう。其の時に地上は天上界のような楽園、創世記のエデンの園とは違う約束のエデンの地になるのだと、先生は考えています」
荒唐無稽(こうとうむけい)で壮大(そうだい)だけれども、確かに先生の考えは納得できて、そうかも知れない、そうなれば良いと、僕は思ってしまった。
「統合進化した新人類は、究極(きゅうきょく)のエデンの楽園を創造(そうぞう)するのですか? 先生……」
自分の中で整理したいだけのオウム返しに言った僕の問いに、先生は笑う。
「あはははは、そうですね。今の戦争や不平等な社会を繰り返す人類は、創世記に約束の地のカナンから東へ逃げたような、エデンの東にいるのではないかとも思っています。ここからエデンへはティムシェル……、『汝(なんじ)は治(おさ)める事が出来る』と解釈されていますが、『自分の運命は自分で切り開く』の意味でもあって、それを全人間が成し遂(と)げなければ戻(もど)れ……ではなくて、至れないのです。試(だめ)しに来た神が認めて、『イスラエル』と改名させた家出人『ヤコブ』のようにです」
(名前まで変えて今までとは考えも、行いも一新して善良になってしまう統一新人類は、何と呼ばれるのだろう?)
「そう、単一種族内で交配される純血種とは、真逆の考えですね。今のドイツでは非常に危険な思考で、たぶん、あなた以外の誰かに知られると、此処にゲシュタポが来て連行され、拷問自白の果てに、先生は思想改革で強制収容所に収監(しゅうかん)されます」
そう、先生の言う通りだと思った。
『業(ごう)』は、唯一(ゆいいつ)の神がバベルの塔を崩して人々の声と言葉を乱すまで無かった言葉だ。
神は人間達を小さな括(くく)りで小分けして世界中に散り嵌(ば)めた。
其の小さく括られた人間達を民族や思想の王が、狭(せま)い範囲の土地に縛(しば)って支配した。
小さな領地に留まらせて支配される少ない人間達は、幾世代に渡る長い年月の間、自分達の中で交配を繰り返し、其の近親間のような交(まじ)わりは、稀(まれ)に知能の高い非常に優秀な人物を誕生させたが、多くの知能的、肉体的、障害者を産み、人類全体を劣化させてしまった。
(言葉を乱して人類に纏まりを失わせたのは、神の仕業(しわざ)だ! 人類を劣化させてまで人身を支配したがるのは、人の業の如(ごと)く程度が低い! 神も人も己(おのれ)の業を越えられないのだろうか? 人の心のカオスは、神が人類に与えた苦しみの呪(のろ)いだ! 本当に神は、人類を高貴な位(くらい)へ到達させたくないらしい)
古代、神の声を聞くモーゼがエジプトからカナンの地へ導(みちび)いた民は彷徨(さまよ)えるヘブライ人達だった。
ヘブライ人達はイスラエル王国とユダ王国を建国したが、アッシリアと新興バビロニアの侵略で滅亡されてユダヤ人と呼ばれるようになった。
更に後年、ローマ帝国が侵略してユダヤ人は蹴散(けち)らされ、流浪(るろう)のディアスポラの民となり、約束のカナンの地はパレスチナの名に換えられて、留まったユダヤ人達は、パレスチナ人と呼ばれるようになってしまった。
ヘブライ人を導いた神は他の如何(いか)なる種族も救済しなかったが、イエスが説(と)いたキリスト教の神もユダヤ教と同じで、キリスト教徒とユダヤ教徒以外は導きも、救いもしない。
信心の無い民へは超自然現象の災いと不慮の死を与えて改宗と従順を強いる。そして、神は差別をして残酷だ。
古代から現代まで拘(こだわ)りと分裂の因果(いんが)を置き続け、敬虔(けいけん)な信者でも気紛(きまぐ)れな琴線(きんせん)に触れた者だけしか助けない。
どんなに深く信心していても、見殺しにしてくれる。
「アルフォンス・シュミット君。神は、何の理由で人を創造したのでしょうね。神にとって、人類の行いと進化は、予測のつかない空極の自動ゲームみたいな物なのでしょうか? 先生は神じゃないので、全く分かりませんが……」
奇蹟の秘密兵器を駆使しても、戦局は少しも良くならずに負けていて、東西の敵は本国の国境まで来ている。
あと半年ほどでヨーロッパ全土に広がった戦いの業火(ごうか)は、火付け元の第3帝国の全面敗北によって終結すると僕は思う。
それでもきっと、神が人心を乱す限り、未来永劫(みらいえいごう)、人類は滅亡するまで、戦いの業火を消す事が出来ない。
第3帝国の終焉も、世界大戦も、自らに因(よ)る人類滅亡も、古からの神の意志が招いて行く事だから、常に世界の何処かで闘争が起き続けて行くんだ!
つづく
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