回想 防衛隊の隊員達に守られて『超重戦車E-100Ⅱの戦い 後編 マムートのフィナーレ 第2話』
■5月4日(金曜日)アルテンプラトウ村からフェアヒラント村への街道
操縦手のタブリスはメルキセデク軍曹に命じられ、街道をフェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かう避難民達の遅い歩きよりも遅い、其の半分以下の速度で、路面が崩(くず)れる様子を見ながら、マムートを慎重に進ませている。
太陽は西へ更(さら)に傾き、直(じき)に、村の高い建物の屋根の後ろへ隠(かく)れそうになっている。
森の中に入ると斜陽は、木々の頂(いただ)きを薄赤く照らすだけで、影になった薄暗い街道は、中世から噂(うわさ)される魔物が、脇の茂(しげ)みから襲(おそ)い掛かって来そうなくらいに不気味(ぶきみ)な感じがする。
アルテンプラトウ村の家並みを過ぎると、約4㎞離れたニーレボック村までは、ほぼ一直線(いっちょくせん)の街道になる。
途中の3㎞ばかりは、高い木立の赤松が鬱蒼(うっそう)と聳(そび)えるように立ち並ぶ、暗い森を抜けて行かねばならない。
道幅がマムートの車幅より1mばかりしか広くない街道の路面は、細(こま)かい砂礫(されき)と瓦片(かわらへん)や煉瓦片(れんがへん)を、更に砕(くだ)いた屑(くず)を敷き詰めて、馬車や人が通り易(やす)くされていたのに、マムートの重量がキャタピラのパターンを圧(お)し着けながら作られる轍(わだち)で路肩を崩(くず)して、道路を凸凹(でこぼこ)にしてしまう。
少し大きく凹(へこ)ませる度(たび)に停止して、突然に大きな穴が開いて、マムートが落ち込んでしまうような軟弱な地盤ではないかと、路面を良く調べてから移動を再開していた。
重量物を置いたりする工場の敷地内や大型の運送車輌が行き来する国道なら、ほぼ安心してマムートを動かせたが、荷馬車と人と軽量車が通るだけの地方街道は、何処(どこ)も雨上がりに水溜(みずたま)りや轍が出来易い圧し固めの弱い路面状態で、1mもの幅広の履帯が重量を分散させているとはいえ、運転に自身を付けて来たタブリスの横顔はスタックする不安に歪(ゆが)んでいる。
タブリスの心配顔に、『路上以外を走らせるな』と、メルキセデク軍曹は命じていた。
もしも路肩に寄り過ぎて片側の履帯全体が落ちてしまうと、落ちた勢いとエンジンを噴(ふ)かしての全進力で路上に戻るしかないが、それに失敗すれば、車体は踏(ふ)み外(はず)した方へ傾いたまま履帯は軟弱な地面を掘り起こし続けて直(す)ぐに車体の底を路肩に接触させる。そしてマムートは路肩に潜(もぐ)るように停止してしまう。
地面に潜ってしまった履帯は前進後進共に空転してしまい、反対側の履帯も無舗装の路面を削(けず)って潜って行くだけになる。
そうなると、マムートは道路幅一杯に通行を妨(さまた)げる障害物と化し、後続車輛を通す為(ため)に応急の迂回路(うかいろ)を脇の森の中に造らなければならない。
超重量のマムートの脱輪状態から路面へ戻すには、重牽引力の18tハーフトラックが最低3輌が必要なのに、1輌も無い現状から短時間での脱出は不可能だ。
残された手段は、スコップによる人力での履帯下の土の掻(か)き出しと何本もの丸太を咬(か)まして行くしかない。
左右に広がる松の木の森は、太い幹と高い樹高で鬱蒼として暗く、同じようにアルテンプラトウ村から松の森の中をゲンティンヴァルテ村へ抜け、更に北西へ、レーデキン村を過ぎて進み続けると、第12軍の防衛の最大拠点とエルベ川の主渡河地点へと至る国道107号線は、こちらの街道みたいに、国道の両脇に幾つもの障害物や対戦車を備(そな)えた陣地が造られているはずなのに、西陽が作る影と森の見通しの悪さで全(まった)く見えていない。
森は緩やかな丘を覆(おお)っていて中程まで続く僅(わず)かな傾斜の登り坂と少しの曲がりの為に、アルテンプラトウ村からは、紅(あか)く染(そ)まって来た空を背景に浮き上がるレーデキン村の教会の尖塔(せんとう)が見えなかった。
森の中の街道はマムートが通り過ぎると、道脇の太い松ノ木を工兵達がカンテラの灯(あか)りを頼(たよ)りに街道を塞(ふさ)ぐ障害物として3、4本切り倒すと鉄条網(てつじょうもう)で囲(かこ)った。そして、其の手前には手榴弾と結(むす)んだ対戦車地雷が千鳥(ちどり)に埋設され、障害物周辺にも、引っ掛けたワイヤーや触角で起爆する対人地雷の罠(わな)が仕掛けられた。
切り倒した松の大木の障害物と爆薬の罠は、アルテンプラトウ村から曲がりまでの中間地点、曲がり部、曲がりから森を抜(ぬ)けるまでの中間地点の3箇所に作られた。
フェアヒラント村のフェリー乗り場へ向かおうとする車輌や馬車は、森のアルテンプラトウ村側で止(と)められて残りの距離は街道を歩かされた。
3箇所に施設された危険な障害物の部分は、防衛隊員達と憲兵達が誘導して、避難民達に敵が紛(まぎ)れ込んでいないか、確認しながら迂回させている。
曲がり部脇とニーレボック村側の森の出口には塹壕(ざんごう)が掘られて、口径75㎜の対戦車砲と重機関銃が配備される2個小隊規模の陣地になっていた。
ファストパトローネも塹壕内の5,6ヶ所に4,5本ずつ並べられて置かれている。
小さな窪地(くぼち)で煮炊(にた)きする簡易ストーブの火に照(て)らされる守備兵達は、殆(ほとん)どが僕達と同じくらいの20歳前の顔に見え、其(そ)の中に30歳前後のベテラン兵が混(ま)じっていた。
誰もが、通り過ぎて行くマムートと車体上や砲塔上に腰掛けている僕達を見ていて、緊張混じりの笑顔で小さく手を振ってくれていた。
小さな炎に照らされる兵隊達の中に、丸メガネを掛けた40歳ぐらいの隊長らしき人の顔が見え、僕は其の顔に似(に)ている人物を思い出していた。
つづく
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