第8話 事件現場
アルテミスのオートウォークの床下や壁面と居室の周囲にはクラブを自由に行き来させるためのトランスロードが張り巡らされている。
アルビン・スミス巡査部長とルイーザ・テート巡査は今朝発生した事件の調査の為に居室番号N36-482に赴いた。
アルビンは30代後半の精悍な青年でありルイーザはまだ30前のぱっと見冴えない女性警官である。二人はコンビを組んで5年になる。
事件が発生した場合、居室に割り当てられたクラブは情報を保持したまま機能を停止して壁面に金属の触手をがっちりと喰いこませてフリーズ状態となる。その状態になると人の手では到底はがせられない。
クラブのフリーズ状態からの復帰は警察の認証キーがないとできないし、クラブは居室ごとに数十個割り当てられておりそれを無理やり取り外すには一日がかりの時間が必要になるため必ず残ったクラブから事件の情報が得られるシステムとなっている。
「ルイーザ、マスタークラブをトランスロードへ入れてくれ。」
「わかりました。」
ルイーザはバッグから黒く塗装されたクラブを取り出し、壁にある通気口の小さな扉を開けてマスタークラブを押し込んだ。
マスタークラブはトランスロード内に入り一番近くの壁面を掴んでいるクラブに接触し通信を開始した。クラブは周辺10メートルは非接触での通信を可能としているがプライバシー保護から取得したプライベート映像や音声データ、その他情報はマスタークラブの接触通信でしか取り出せない構造となっている。
10秒もかからずマスタークラブはトランスロードから出てきた。
ルイーザは出てきたマスタークラブに話しかけた。
「映像を再生しなさい。」
マスタークラブは壁面の大型のモニターの前に移動し通信でモニターの電源を入れた。モニターに居室内の映像が表示された。
「メアリー・ピーズの死亡時間の10分前から再生。」
ルイーザがそう言うと映像が切り替わりメアリー・ピーズが飲み物を飲んでいる場面から再生が始まった。
メアリーは男と一緒にいて酒を二人で飲んでいたが、突然彼女は苦しみだして倒れた。
男は彼女が倒れたのを冷静に、いや冷徹に見ているように見えた。
そして男は彼女の息がないことを確認して居室を出て行った。
「男の映像が見られるところで一時停止。」
ルイーザの指示で男の顔が映っているところで静止した。
「この男の身元を調べさせろ。これは殺人だ。」
このように警察はクラブの機能を使って事件を明確に解決することができた。
そしてこのようなクラブによる事件捜査はたちまち人々の知られるところとなりそのことが大きな抑止力となり、事件の発生件数は徐々に減っていった。
クラブの機能はこのような事件捜査だけではなく、人々の生活を豊かにする為の様々な機能が組み込まれている。
クラブ自体が高性能のスーパーコンピューター並の処理能力を有し10メートルの距離内であれば高速の無線機能でデータ通信を行うことが可能である。
なので、アルテミスの有線ネットワークはクラブの生産と配布によって次第にクラブに内蔵された無線通信装置によるネットワークへと切り替わって行った。さらにクラブそのものが個人に必要とされるコンピューター端末の全ての機能を有することで新たに個人でコンピューターを用意する必要がなくなった。
「ピピピピ」
アルビンの携帯端末が呼び出し音を響かせた。
画面には次の事件が発生した居室番号N22-62が表示されていた。
「ルイーザ、次の事件現場はN22-62だ。行くぞ。」
アルビンが駆け出すのを見るとルイーザは後から駆け付けた警官に後を任せて彼を追った。
新しい事件現場は最初の事件現場から走って10分程離れた場所にあった。
二人はそこで今までにない場面に遭遇した。N22-62に住人はおろかクラブさえもいなかったのである。
「ルイーザ、クラブはどこにいったのだ。こんなことは初めてだな。」
「はい、とりあえずトランスロードはマスタークラブに捜査させ私たちは居室内を調べましょう。」
アルビンは携帯端末で本部に連絡を入れた。
「被害者は見当たらない。それとクラブが見当たらないんだ。ここは封鎖するので応援を二交代でよこしてくれ。」
二人は初めての事態に少なからず不安を感じていた。
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