第18話 最初の侵入

 アルテミスでの事故は多数の住民の生命に危険をもたらす。

 その対処は警察をはじめとして政府の全ての機関に指示が発せられる。

 アルテミスの大切な電源供給源は3基の原子力発電所である。

 そして建設中の4基目の原子炉に異変が現れたのはアルテミス建国3年目の夏の日の事だった。

 夏とは言っても人工都市には季節の変化も当然のことながら存在しない。

 ただ、その日はアルテミス中の空調が突然誤動作したため気温は30度近くまで上昇し、まさに夏そのものであった。

 メルトダウンの危険性は原子力発電が実施されてから400年経っており、現在では危険要素は皆無と言って良い。にも関わらずメルトダウンの警報がけたたましく鳴り響いた時はアルテミス全都市が息を潜めてそれが鳴り止むのをなすすべもなくその活動を停止したのである。

 警報が止んだのは時間にして3分後だったのだが、鳴っている最中はそれが永遠に続くのではないかと思われた。

 その鳴り始めから真っ先に動いたのは輸送保安管理者のダレンであった。彼はアルテミス安全管理者でもあり、原子力発電所の担当でもあったのでこの警報の意味を真っ先に理解し必要な措置を取るために原子炉区域に走った。

 コントロールルームは緊急を表す赤のランプが点灯し端末のディスプレイにはエラーの内容が次々と表示されスクロールをし続けている。

 まもなくダレンの同僚のサモンテがやってきて端末の前に座りエラーの解析を始めた。

 サモンテは地球でも原子炉を管理する仕事に従事していた。彼は優秀なエンジニアであったが事情があってその職場を去ることとなり天涯孤独だった彼はちょうどアルテミスのエンジニア募集の案内を見てそれに飛びついたのだった。

 「主任、ログに外部からの侵入の痕跡があります。で、侵入者が行ったのは原子炉への操作ではなくコントローラのリミッターの無効化です。」

 「それは、何のリミッターなんだ?」

 ダレンはチェックシートを片手に装置の点検を行いながらサモンテに尋ねた。

 「エアコンの上限温度のリミッターですね。アルテミス内部の温度が30度を越えないようにリミットをかけています。それと同時に少しずつ気温をあげるようにしていますね。」

 「大丈夫なのか?」

 ダレンは炉周辺に問題がないことを確認すると、サモンテの背後からモニターをのぞき込んだ。

 「何故か温度セットは1日に一度なので設定のリセットで気温は元に戻ります。また、他にも生命維持のたもにブロック毎に温度センサーを設置してますのでそこでも気温が上がり過ぎにガードがかかるので大丈夫です。でも、こんなことをする目的がさっぱりわかりません。」

 サモンテの説明に原子炉そのものへの攻撃でないことに安堵しながらもこれが何かの前兆でなければ良いなと思うダレンだった。

 4基目の原子炉を管理しているコンピュータへの侵入に対しての報告がダレンから新たに警察署長に就任したセシルリードに上げられるやいなやセシルはサイバー室に対応を指示した。

 前任者の署長ではこんな素早い対応は得られなかった。

 何かが変わりつつある。署内の動きを見ていたアルビン・スミスはそう感じていた。ハッキングについて、彼の部署が直接動くことはないがサイバー室の調査の援助を指示されていた。

 サイバー室のリーダーはジェーンだったので、アルビンは早速彼女の所に赴いて協力を申し出た。

 そこには原子炉調査にあたっていたダレンが来ていてジェーンと打合せをしているとの事だった。内容が内容だけに待たされるかと思いきやその打合せに直ぐに参加して下さいと受付のAIに案内され指定された会議室に入った。

 ジェーンとダレンはアルビンが来るのを待っていたようだった。

 後、もう一人サイバー室長のキムワードナーがその大きなお腹の為だろうか、見るからに大きな態度で司会者席に座っていた。

 ジェーンは扉口で室内を見回しているアルビンに席に座るよう促しながら口火を切った。

 「今回の第4原子炉でのハッキング事件の事は既にお聞きですね。」

 アルビンは頷いた。

 「このハッキングがなされた端末は原子炉塔の外壁にへばりついていたクラブだったのです。」

 そう言いながらジェーンはタブレット端末をペンで操作してキムの座席の反対側の壁面に据え付けられたモニターに原子炉塔の外観を映し出した。

 さらに、ポイントを絞って拡大すると1台のクラブが確認できた。

 「クラブは既に回収済みで、今私の部署で解析を行っています。第一報ではクラブのログには外部からのアクセスはないと言う事です。」

 横からダレルが補足した。

 「今、技術の人間がクラブを分解してブラックボックスを取り出して解析している。その結果によっては君に動いてもらうことになるやもしれぬ。その心づもりはしといてくれ。」

 と、キム室長は投げ捨てるように言い放つと腕時計を見てさも時間がないと言わんばかりに皆を一瞥して席を立った。

 キム室長はアルビンより階級が上ではあるが今までは関わることはなかった。

 というよりもできたら関わることがなければ良いと思うほど階級にこだわり下の者には威圧的に振る舞いとにかく面倒くさい相手だった。

 アルビンには現在直属の上司がおらず報告は直接セシルにすればよかったのだったが、早速キムはセシルへの報告の前にまず自分に報告し彼からの返事を待ってセシルに報告するように指示した。

 さて、キム室長が席をはずすのを待ってジェーンは話を続けた。

 「原子炉に張り付いていたクラブは実はN22-62で失踪したクラブのリストに載っています。

 300体のクラブが発見された時の報告署はご覧になりましたか。」

 そう話しつつ彼女はクラブのリストを彼の前に置いて話を続けた。

 「※記しのついているのがまだ発見されていなかったクラブです。そしてその中に原子炉にへばりついていたクラブの製造番号がありました。」

 リストに手をのばしてその番号を確認したアルビンは行方不明のクラブが後3台あることを確認した。

 「今回の事件については特に被害もなかった。ただ、誰が何のために侵入したのかが全くわからない。後まだ見つかっていないクラブの数からして他の原子炉の警戒が必要だろう。」

 アルビンは簡単に現状の整理をし、他の稼働中の原子炉を警備するように指示を出した。

 彼はかつてない違和感を抱いていた。それはクラブの大量失踪事件の時からでその事件も今回の事件も犯人の姿が全く見えない。

 それは今まで扱って来たように人と人との間の出来事ではないのではないかと考えていた。

 


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