第19話 アポロンへ
クレスは日々、今の立場についての憤りを感じながらその思いを行きつけのバーで知り合った土木作業員ガルーダに投げかけるのが日課になっていた。
彼の愚痴の聞き役は、アルテミスとアポロン両方の都市を股にかけて働くベテラン作業員で、見るからに頑丈そうな体でクレスの愚痴にうなずきながらウィスキーのストレートを水のように流し込んでいた。
「あんたの言い分はわかるがその職場に雇われてる以上仕方ないじゃろ。まあ、そんな事は気にせずに呑むことさ。」
そう言うと半分以上残っているグラスにウィスキーをガバガバと継ぎ足した。
二人のやり取りはいつもこんな感じではあるのだが、今日はガルーダが話を付け加えた。
「きさまは何でアルテミスに居るのだ。きさまのように我が強いものはアルテミスのような決まり事の多い場所では窮屈だろう。」
「そうは言うがアルテミス以外の働き口など募集はなかったぞ。」
ガルーダは一息で残り半分のウィスキーを呑み干すと一枚のカードを手渡した。
「そこにアクセスしてエージェントに会ってみろ。だが、アポロンに綺麗な仕事などないぞ。俺の世話した奴等はほとんど連絡がつかなくなっている。」
「すまない。やってみるかな。」
翌日、クレスは自分の携帯端末にガルーダにもらったカードをタッチしてリンクをアクセスし、エージェントにコンタクトを取った。
オンライン通話の相手はAIのようだ。
「アポロンへの入植は、特に制限はありません。アルテミスの管理局に移植申請後指定のシャトルで荷物があればそれで転居を行います。」
「仕事はあるだろうか。」
「食物庫の警備が至急の応募を出しています。紹介しますか。」
クレスは少し考えていたが直ぐに承諾した。
「では、明後日にアポロン行きのシャトルが出ますがいかが致しますか。」
「では、それでアポロンにいくことにするから手配してくれ。荷物はカバン一つあれば足りるので身一つで乗り込むよ。」
「承知しました。」
出発の前日工場に退職届けを出した。
ミルズはこのように突然退職者が出ることによる混乱がひと月にも及ぶ事を何度も経験していた。
ところがアルテミスでは一人の労働者が突然居なくなることを常に想定していなければ多数の命に危険を及ぼす可能性がある為、クレスの突然の退職の影響は皆無であった。
とにかく労働者同士の連携をさせないのは一人がいなくなっても他の労働者が混乱するのを防ぐ最良の策だといえよう。
次の日から新たな労働者が一人、やってきて何事もなく仕事は継続されたのである。
さて、クレスがアポロンで最初に会ったのは就職エージェントのコルトバという男で彼に勧められた警備会社アーバンに入った。
事件は就業初日に起きた。
アポロンの食料庫の一つ、第12倉庫のロックが不正解除されたという警報が鳴った。
クレスが所属する第3警備部に出動命令が出た。
第3警備部は彼を入れて3名。現場には4人乗りのEVカーで乗り付けた。
まず、部隊長のファズ・チェンが食料庫の様子を確認した。
ロックは解除されており扉の中から物音がする。
賊が物色しているのか。
中に入ったのは隊長のジェドリン、先輩隊員のロイド、続いてクレスの順で中では二人の男が梱包を解いて物色していた。
警備隊の姿を見た賊達は手にしていた荷物をクレス達に投げつけ、出口の方に走り出した。
一人はジェドリンに取り押さえられもう一人は向きを変えてクレスの方に向かって来たのでクレスは警棒で賊の脛を思いっきりたたいて転倒させて取り押さえる事に成功した。
彼は自分がなした事にかつてない達成感を覚えた。
「よくやった。」
ジェドリンは一言クレスに声を掛け本部に通信連絡して管理者が来るまで待って報告した後引き上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます