第20話 クレス隊

 昨日の第12倉庫の事件のクレスの成果を受けて彼はその日、隊長のジェドリンから話があるからと呼び出されてまだ建築中のエリアの一角の唯一完成している区画にある警備会社アーバンの事務所に赴いた。

 「昨日の今日ですまないな。普通は事件の対応があったら翌日は休みと決められてるんだが。」

 隊長自らコーヒーを入れてくれたらしい。

 「お話というのは。」

 「実は昨日の君の働きを見た上司が君の行動力に目をつけて新しいチームの隊長にしてはどうかと言い出して。まあ、さすがに昨日の今日では早すぎるのではと私も思ったが昨日の君の動きを見た後では早すぎるとはとても言い難い。」

 「それはどうも。」

 「なので、私からも君を隊長に押しておいた。明日から第22隊の隊長として働いてくれたまえ。まあ、隊と言ってもやはり3名だけだがね。」

 ジェドリン隊長は少し残念そうに付け加えた。

 「また、新たに補充員を入れないとな。ああ、冷めないうちに飲みたまえ。」

 降ってわいた隊長就任の話にクレスは彼に質問を投げかけた。

 「隊は3名とおっしゃいましたが補充は可能ですか。」

 「アーバン側からの補充はない。しかし、隊長の裁量で増員は可能だ。」

 「隊長は何故、増員されないのですか。」

 そう問いかけられてジェドリンは笑みを浮かべて答えた。

 「俺が俺の力量で守れるのは今の人数までだ。」

 そう言うと二人分の履歴情報を端末に表示させた。

 「カーンとメイファの二人が君の隊の隊員だ。カーンはアーバンに入って5年、メイファは2年になる。」

 カーンは5年の経験があるのだがまだ10代の精悍な若者でメイファはクレスより3歳若い美人である。何故このような美人が警備会社に在籍しているのか不思議に思ったがまあそれはおいおい聞いてみようと思った。

 隊長になったとて就任したてでまだ住居周りに何があるのかも分からない。

 ただ、彼にはそんな身の回りの事に時間を費やしている暇はなかった。

 初日に捕り物があったおかげで次の出動は5日後ということで多少余裕があるうちにジェドリン隊長に聞いた増員の目処をつけておきたかった。

 彼が引き込みたかったのは土木作業員のガルーダだ。

 連絡してみると幸いにもアポロンで仕事をしているらしい

 その日の夜、今度はアポロンの酒場でガルーダと飲んだ。

 ガルーダはクレスの要請に二つ返事で応えて新たにクレスの隊に加わることとなった。

 アポロンの治安はアルテミスのそれとは違い悪化するばかりであった。

 特に水と食料が地球から輸送されてくるのはまずアルテミスの倉庫に備蓄されその後アポロンに移送される。その時間差がもたらす影響はとてつもなく大きい。

 アポロンの人口は日々増加してきている。ところが水と食料は不足し飢えて死ぬ者も出てきてしまっている。

 そのような状勢の中で水と食料の盗難が増えている。アーバンはそれを防ぐ組織であり資金は地球の出資者から出ていた。

 アポロンとアルテミス共通の決まり事のとして、銃器の持ち込みも製造も禁止されていた。

 その為、アーバンの武器は棍棒がメインになる。銃などこの月で使うものならたちまち大惨事となるのである。

 翌週、再び食料庫への襲撃のアラートが鳴った。これもある意味クレスに幸いしたのか他のどの隊よりも彼の隊に近かった。当然実働が多いほどリターンも多い。

 その日は、クレス隊の最初の職務で早速ガルーダも参加した。

 襲撃は第3倉庫でアポロン建設当初からある古くて最大級の食料庫である。それ故にセキュリティは厳重で、これまで襲撃されることは一度もなかった。

 倉庫の入口はかなり狭い。そしてセキュリティのセンサーが蜘蛛の糸のように貼り巡らされている。

 クレス隊が現場に到着した時、そこには誰も居なかった。

 「メイファ、被害を確認してくれ。そして賊の足跡を見つけろ。」

 メイファの特技はハッキングの追跡である。ポータブル端末を倉庫入口の端子に付属のケーブルを接続しタッチパネルで操作した。

 アクセスログから侵入端末のMPUの製造番号を取得しデータベースから端末を特定した。

 しかしそれは盗難にあったと記録されている。ここまでは誰でもたどり着く。彼女が持つ情報がこの先の追跡を可能とする。

 盗難にあったのはアルテミスの主任技術セルシオという男のポータブル端末で彼の仕事場から盗まれた。その時その場所に居たのは社員を含め4人。このような記録を何故彼女が閲覧できるのかは誰も知らない。そして誰も彼女に詰め寄る事もできないほど冷たい目をしていた。しかし、クレスはそんなことでひるんだりはしない。

 「メイファ。時間が経てば経つほど賊への手掛かりが失われる。直ぐに追跡ができる事実を見つけてくれ。」

 メイファはクレスの言葉には返事をすることなく端末を操作し続けた。分かりきった事を言われて少しイラッとしながらボソッと言った。

 「賊がロックを解除してから開閉された扉は三つ。そのうち一つは距離的に除外。可能性があるのは他の二つ、X6番通路とX32番通路だ。」

 「分かった。ガルーダとカーンはX6番を俺とメイファでX32番を調べよう。」

 一行は二組に分かれて賊を追った。

 話を元に戻そう。セルシオのポータブル端末が盗まれた時に彼の仕事場に居た者達の中でその後アポロンに移動したのはエンジニアのラウランドだけであった。

 アルテミスでどんなに素性を知られずに居ようとしても記録に残らずに過ごすことはできない。ところがアポロンでは水と食料の盗難が横行しだしてからはある地域は無法地帯化して行政が手を出せない状況にある。そこは禁区と呼ばれていた。

 賊は禁区に居るのは間違いない。

 X番地はその禁区の番地にあたる。そして、X32番地の監視カメラにはラウランドの姿が確認された。

 「居たわ。」

 メイファが声を上げた。

 ラウランドの他に後二名が確認された。

 「よし、二人に連絡しろ。全員で追い込むんだ。」

 X32番地は照明がところどころ切れていてかなり暗い。ここは居住地になる予定ではあるのだがまだ建築も途中で建築資材があちこちに置きっぱなしになっていて乱雑さが目立った。

 さて、三名の賊はどこに居るのか。

 監視カメラの映像からX32番地のN6居室に居ることをつきとめた。

 「メイファが扉を開けたらガルーダとカーンと俺が突入して制圧する。」

 制圧は一瞬で終わった。ガルーダがあっという間に三人を殴り倒したのである。

 「凄いな、ガルーダは。皆もご苦労さま。賊は縛って連行するように。」

 その日の事件もあっという間に解決し盗まれた食料も回収できてクレス隊の成果はさらに評価されることとなった。

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