第5話 ダリアにて

 パンドラがダリアに到着する数時間前に定期便オーロラが月に向かって発進した。現状、定期便はこれら2隻の他に航行中の3隻が使用されている。

 パンドラという船の名前についてはあちらこちらから批判の声が上がったが、製造を発注した商社カーライルのホプキンス社長が頑なにこの名前を譲らなかった。

 ダリアの構造は中央の円柱部分から4方向に伸びる通路がリング部に繋がり、リング部は円柱部分と一体になってゆっくりと回転し人工重力を生成している。

 パンドラはダリアの牽引ビームによって誘導され、円柱部分に並ぶように設置されているドッキングチューブと呼ばれる直方体の建造物の方に進んでいった。ドッキングキューブの直方体内にはクノス社の宇宙産業における主力製品であるエアジェルが充満していてパンドラの貨物コンテナもそっくり入るだけの容積を持っている。ジェルは粘度が高く宇宙空間に飛散することはなく、そして完全な気密状態を常に維持する特徴を持つ。

 パンドラは頭からゆっくりと透明のドッキングキューブの開口部のジェルに突っ込んで行きやがて静止した。

 パンドラの扉とダリア側の扉がゆっくりとスライドしてジェルが流れ込む。

 そしてパンドラのハッチ部分がジェルで満たされると気密が維持されて乗組員達は宇宙服を装着しジェルのプールを泳いでジェーン、ジェームズそしてリュージュの順にダリアに渡った。

 ダリアのハッチに着いた三人はジェルクリーナー室を通り、ジェルを洗い流して宇宙服を脱ぎ待機ルームで用意された飲み物を飲み一息ついた。

 そこにダリアの長官であり宇宙飛行士でもあるコリー・タナーが姿を見せた。

 「ご苦労様、リュージュ、ジェームズそしてジェーンだったな。荷物の入れ替えまでゆっくりしてくれたまえ。」

 「タナー長官、例の荷物は準備できてますか。」

 リュージュがそう話すとタナーはうなずいた。

 「私の責任で保管してあるので出発の際に直接渡そう。そうそう、クノス社の製品サンプルをいくつか預かっているのでそれも月に運んでくれたまえ。」

 タナーは時計に目をやり規定の待機時間が経過したのを確認して先頭にたって皆をダリアの中央部に向かうドアへと案内した。

 三人はリング部に案内されて2泊する為の居室を与えられた。

 ダリアの居室は観光客仕様になっており、緊張から解かれた三人はぐっすりと眠りについた。

 翌朝、リュージュはジェームズとともに荷物の搬送作業に出かけた。

 顔見知りのミルズが倉庫区域で既にパンドラの荷物の搬出作業を行っていた。

 「おはようミルズ。」

 「おはようございます。」

 お互い挨拶を交わし、伝票のチェックを双方のハンディPOS端末で通信し合って事務作業を終わらせると搬送ロボットの作業の監視にミルズは戻り、リュージュ達は月へ運ぶ荷物のチェックに向かった。

 リュージュ達がアルテミスの行政局の指示で特に確認することを求められたのが、掌に収まるぐらいの小型のドローン型スーパーコンピューターである。台数は100個収められた箱が予備も含めて11個、総数1100個がランバート社から提供された。

 「数は問題ないみたいだね。」

 機能チェック結果はハンディPOSで確認でき、全てのチェック項目はOKとなっている。後は、パンドラに運び込んで明日の出航を待つばかりであった。


 さて、一方ジェーンはというとダリア滞在時は特に仕事はなく自由な時間が与えられていた。既に7回目の滞在ではあったが巨大な宇宙基地のダリアの全域を全て見て回るには普通10日は必用であった。それに、滞在中の大半は地球の友人たちとの通信に費やしているのでまだまだ全てを見て回るには回数が必用だ。

 与えられた居室で7人の友人達とビデオ通話を終えたジェーンは久々に気分が晴れたようだった。予定の通話を終えようとしたところ見知らぬアカウントからコールが。アカウント名はトム。暫く放置してみたが鳴りやむ気配もないので恐る恐るコールを受けた。

 「ミス、ジェーン。こんにちは。コールを受け付けてくださってありがとうございます。」

 その声は男性のものだが明らかに機械的で人のものではなく直ぐにAIのものだとわかった。

 「私はダリアのメインコンピューターのAIプログラムでトムと言います。少しの時間私にお付き合い下さい。」

 彼女は何だか良くわからなかったが話しぶりも丁寧だし問題なさそうな感じだったので話を聞いてみることにした。

 「いいわよ。何かしら。」

 「明日、あなたは私の分身をアルテミスに移送してもらうことになっています。分身というのは私のAIとしての学習データを蓄積したデータベースと解析プログラムでティムと名付けました。

 このデータを盗もうとする者がこのダリア内部に潜入しているのです。この者からデータを守るため物理的セキュリティと論理的セキュリティを施して明日あなたにティムを託します。論理的セキュリティについてはあなたの網膜パターンをキーに暗号化を施します。」

 トムの話を聞いてジェーンは少し考え込み、問いかけた。

 「データを盗もうとしている人がデータの入手ができないと思ったときその人は何をすると考えられますか?」

 「選択肢は四つあります。データを盗んでしまう、そのままデータの移送を放置する、データそのものを破壊してしまう、そしてデーターキーを破壊してしまう。」

 ジェーンは最後の言葉に肩を少しすくめた。

 「最後の選択肢は私の身に危険が及ぶということ?」

 「その可能性は否定できません。ですが、あなたを守るために最も適任の二人を選別しています。彼らを信じて彼らに守ってもらいなさい。」

 色々聞きたいことが湧き出してきて次の質問をしようとしたところで通話は強制終了されてしまった。

 多少気味悪さも残ってはいたところにスマートウォッチにリュージュからの通知が届いてその気味悪さはあっという間に消え去った。

 「我々の今日の作業が終わったのでこれから食事に行きますがご一緒しませんか?」

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