第23話 台頭
クレス隊のそれからの働きは目を見張るものであった。次々と盗人を捕らえ捕らえた罪人の中で彼が見込みがあると認めた者達も隊に加え彼の隊は早くも20名になった。それはアーバンの全体の社員数の一割を越える程の規模であり彼はその膨れ上がった人数を養う為に会社からの給料の他に、水を生成する装置を購入しそして野菜を育苗する権利をも購入した。先に手配した倉庫には全員が数年は飢えない量の食料が貯蔵されていた。アーバンは会社組織ではあるが、かなり雑な組織で給料の遅配も頻繁にあったので人の入れ替わりもはげしいものがあった。
そして隊の運営も各隊にかなりを任されていたというよりも放置されていたと言ってよい。
それ故に給料は仕事内容の割に少ないので隊員も定着しないのである。しかし、放置されている事がクレスのような男には有利に働く。彼の自由裁量と策でクレス隊への入隊希望者は後を絶たず流石に審査なしでの入隊をやめざるを得なくなった。
クレス隊の状況にナイツは苛立ちを隠せなかった。ナイツ隊の総人数は22名でクレス隊はそれに並びかけている。スパイとして送り込んだシモンズからの横流しの連絡も彼の業務配置の変更で全く来なくなり勢いに勝るクレス隊がナイツ隊を数で上回るのも時間の問題だった。さらに間の悪い事にナイツ隊の一人がアーバン社の金を横領しその責任をナイツに押し付けた。そのことについてナイツはアーバン社長のクイン・リバルに呼び出された。
アーバン社の社屋はクレス達が待機している事務所から7ブロック隔てたエリアにある。
ナイツはその日約束の8時よりも30分早く社屋に来た。リバル社長はほぼ8時丁度にやって来て間髪入れず叱責を始めた。
「お前さんとこの若造が会社の金をいくらくすねたと思ってる。きさまの監督不行届だろうが。」
社長の言う事は正しいのだがそれを全てナイツの責任にしようとしているのがみえみえでありさてどう答えたらと思案しているうちに次の言葉が浴びせられた。
「このことが姿を消したきさまの隊の若造のせいだとしたら責任はきさまが取るのが筋だろう。一月やるから盗まれた金と若造をわしの前に並べる事だな。」
ナイツはアーバンの社長とは反りが合わなかった。彼は入社以来意図的にリバルに会わないようにしていた。話しているとイライラするのとお互いに感情的になり何度となく「辞めてやる。」「辞めてしまえ。」とお互いに捨てゼリフを吐いた事も一度や二度ではなかった。ただ、アポロンで生きていくためには辞めるという選択肢はないので今もアーバンを辞めずにいる。
まあ、そんな感じだから今日の話もリバルはナイツが運転資金を取り崩して肩代わりするだろうと読んでいた。そしてちゃっかり知人の娘というライラをナイツ隊に入隊させるように指示してきた。
その日の午後に彼女はナイツのところにやって来た。
「ナイツ隊長、ライラ・エナです。」
第一印象はショートカットの髪型とショートパンツに半袖のポロシャツ姿の若い活発そうな少女だった。
「出身はダリアとあるがもしかしてダリア生まれなのかい。」
「そうなの。ダリアで職を探したんだけど研究職の求人ばかりで私こんなでしょ。どこも面接で失敗しちゃうの。それで月に来たんだけどアルテミスでもおんなじでようやくアーバンに拾われたの。」
まあ、この調子で面接してたんなら採用は難しかろう。
「仕事は警備とは言っているが、基本的に賊の襲撃があったら駆けつけて捕らえるのがメインになるから危険と隣合わせでもある。知ってると思うがダリアと同じで武器は銃器はない。賊は刃物を使用する事があるが我々はこのような警棒で賊と対峙することになる。」
ナイツは自分の警棒を見せた。
ライラはそれを手に取り頷いた。
「まあ、事件がなければ当番制で当番が夜通し監視するだけなのでその間は好きな事をしていてもいいから。その他の日は週3日は事務所に出て事務処理をする事になる。早速明日から出社してもらおうか。」
翌日、ライラが事務所に入るとそこにはナイツがライラの指導係に指名されたミリアが待っていた。ライラと歳も近いから丁度良かろうと思ったナイツだったが彼女の荒っぽさは気になるところで前の日にミリアに釘を刺したつもりだったがいつもそうであるように上っ面だけの返事が帰ってくるだけで何も変わらないのだろうと思われた。
ミリアの指導は実戦さながらで初日から格闘技の訓練から始まった。
ライラも活発な少女で格闘技も習っていてかなり強い方だったがミリアにはとてもかなわなかった。
こっぴどくやられたその日ライラは自分のふがいなさに泣きながら疲労もあって深い眠りについた。明け方だろうか。スマートウォッチがけたたましく鳴った。いきなり襲撃の呼び出しだ。通話を開始するとミリアの声だった。
「いきなりで悪いわね。襲撃の通報があったから直に第22番倉庫まで行けるかしら。スマートウォッチに地図情報を送ったのでそこに向かってちょうだい。」
ライラとミリアが一番乗りだ。まだ、賊は倉庫内にいるようだ。
二人は入り口のロックが開いているのを確認してゆっくりとミリアから続いてライラが忍び足で中に入った。その途端ミリアめがけて何者かが襲いかかった。彼女は慌てた様子もなく防御したが相手の男もかなりの腕前でどちらかというとミリアが劣勢のようだ。ライラはミリアに加勢しようとした途端潜んでいたもう一人の賊がライラに挑んて来た。だが、こちらの男はかなり弱くライラの蹴りが当たってその場にうずくまった。
「ミリア。」
ライラは苦戦しているミリアの方に駆け寄った。手助けしようとしたがミリアに制されてしまった。
「駄目よ、楽しみを邪魔しないで。」
二人の戦いはほぼ互角だろうか。ミリアの蹴り技中心の戦いに対して賊の男はパンチ中心でミリアの攻撃に対して防御一辺倒の動き。しかし、的確にミリアの攻撃をかわしていた。やがて、ミリアの攻撃が鈍りそして賊の一撃が彼女の腹部に入った。
「うう。」苦痛で彼女の顔が歪む。それを見ていたライラは二人の戦いに割って入りミリアをかばうように賊をにらみつけた。男はそれに臆したのではないのだろうが頃合いと見たのか男は二人から離れて倒れた仲間を引き起こすと引きずるように倉庫を出ようとした。ミリアは辛い表情ではあったが怪我はないようだ。逃げていく男に声をかけた。「きさまの名前は。」
男は少し考えて答えた。「ジャッジ。」
賊は捕獲できなかったが被害はなく一応二人の成果という事になった。
ナイツ隊の新しい戦力のライラとミリアの活躍はアポロンからアルテミスまで噂になって行った。
ナイツ隊とクレス隊の本格的な競い合いが始まったのはその頃だったと言えよう。それと同時に賊との争いで命を落とす者が増えてきた。どうやらミリアとライラが遭遇した手強い男が組織的な窃盗団を率いてアーバンとの戦いを激化しだしたようだ。
特にクレス隊は賊に対して容赦しなかった。賊を捕獲するよりはその場で叩きのめす事が多くその結果賊を殺してしまう事が次第に増えて行ったのである。アポロンの行政はある意味自由を基調としており法も整備が遅れていて警察機構も名ばかりであり食料の窃盗を始めとして賊との抗争での殺人も明確に罰則が決められているわけではなかったため、アルテミスからアポロンに流れてくる不届き者が増え続けた。その結果前にも増して食料等の窃盗が明らかに増加して行った。
クレス隊とナイツ隊の戦力を比較すると戦いに関しては五分五分と見ていいだろう。ただ、情報戦の観点からするとメイファの居るクレス隊が抜きん出ている。
賊が倉庫を襲うとセンサーが働き警報を発する。警報は警備センターに通知されそこに常駐しているアーバンの社員が最も近い隊に連絡するのだが、メイファはその警報通知をハッキングするのでどの隊よりも早く賊の襲撃した倉庫がわかるのだった。
この差はわずかではあるのだが結果には如実に成果差として現れ始めた。
クレス隊発足から半年、結果は右肩上がりでいつの間にか隊員数も50名を越えた。そしてこれまで会社を牽引してきたベテラン隊長二名が引退するのを気にその2隊もクレス隊やナイツ隊に分散し今やこの二隊が抜きん出ていてさらにクレス隊に追加人員があり会社内はもちろんのことアポロンでの存在感も無視できなくなっていた。
遠き月のアルテミス @tamager
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