第3話 コーヒーブレイク
ジェーンは月都市開発計画の第3期技術者募集による移住者の一人で、ボーイフレンドのトーマス・レイモンドとともに3年前に月へ渡った。ところが、わずか二か月でレイモンドは他の女性と浮気してそれに気が付いたジェーンはすぐさま彼と別れた。
その為当初予定していた二人で希望を出したアポロンの民間企業ユーノス社への入社は取りやめとしアルテミスのレドリック社に職を求めた。
アポロンの方が民間企業の比率が多い為、給与面では有利であり二人で相談してユーノス社を希望していたのだったが別れた後は一緒の会社も嫌だったしどちらかというと研究色が強いアルテミスの資質に惹かれていたのでレドリック社に決めたのであった。
収入面ではほぼ3分の2にはなるが、やっていけない額ではない。移植者には個々に住居が提供されるため生活面には困らない。少し面倒だったのは一度決まっていた就職先を変更することになって手続き面で書類をいくつも提出しなおさなければならなかったことであった。
レドリック社での仕事は残念ながら彼女が望んだ研究開発の仕事ではなく雑用に近いものであった。レドリック社で彼女はデータセンターに勤めながら32あるブロックの中の、第5ブロックのメンテナンスを担当することとなった。主な仕事は外的内的要因によって日々発生する技術的問題のサポートである。
データセンターでの彼女の仕事は大量の動作ログの警告やエラーを検索しその後に処置された施策に問題がないかどうかのチェックを行い、報告書を作成することでとにかく単調な作業ばかりで一日が立つのがとても長い。
それに加えて第5ブロックのメンテナンス作業という名のトラブル対応は酷いときには夜通しかけても終わらず徹夜で作業をしてそのままデータセンターの仕事をするといった感じである。
24時間昼夜関係なくトラブルの連絡が入り対応に追われる日々、いい加減その繰り返しにうんざりしていたのだが、月都市の職に対するシステムは一旦ある企業に雇用された場合はどんな理由があろうとも一年間は転職が禁止される事となっていた。従って今の彼女には他の仕事へ移る事が不可能であったのである。。
トーマスと地球を出発したときは夢と希望を抱いていたのだが、今の彼女の月での生活は地下に建設された都市の中での作業のみで後は自分の居室との往復のみ。それも全く外が見えず月に居るという実感もないままにただ仕事をして時間だけが無為に流れて行った。
そんな日常の中で3か月に一度の月と地球の間の定期便のミッションは彼女にとって数少ない楽しみの時であった。
さて、リュージュに頼まれた指紋認証装置の問題は画像スキャンセンサーの故障であることがすぐにわかりジェーンは早速部品の交換の作業に取り掛かった。
センサーの取り換えはユニット内のカード型の装置を取り換えるだけであるのだが、そのユニットを解体するのには特殊な操作が必要となる。
最初の研修でこのユニットの解体は実習済みであったので難なく取り換えることができた。
センサーを取り換え次に彼女はポータブル端末を近づけて端末に話しかけた。
「スーパーユーザーモード。登録開始、ジェーン・フローレス。」
そして、人差し指をセンサーにかざした。ピコーンというセンサー検知音の後彼女は
「登録完了。」と言葉を発した。
その後、再度人差し指をセンサーにかざすと無事に扉が開いた。
「リュージュさん、直りましたのであなたの指紋登録を行います。登録開始、パレモ・ リュージュ。さあ、センサーに人差し指をかざして下さい。」
リュージュはその通りに指をかざした。
再びセンサーの検知音が鳴るのを確認して「登録完了」と声を発した。
「終わりました。もう、大丈夫です。」
リュージュが次にセンサーに人差し指をかざすと無事に扉は開いた。
「ありがとう、これで寝心地の悪い操縦席で寝ないですみます。」
リュージュは笑顔で彼女にお礼を言った。
「良ければデッキでコーヒーでもどうですか。」
リュージュの誘いにジェーンはうなずいた。
パンドラの居室と格納庫の間には外が見通せる窓が左右に据え付けられていて、その前にくつろぐことのできるテーブルと椅子が床に固定されていた。
「定期便の任務は何回目?」
給湯器から二人分のコーヒーをカップに注ぎテーブルの上に置くとリュージュはジェーンに問いかけた。同世代だということもあって二人はすぐに打ち解けた。
「今回で、7回目になるわ。」
「では、もう慣れたもんだね。」
二人は初対面ではなかった。出向前にクルーの顔見せがあって簡単な自己紹介のみを行っていた。
「まあ、少しは。でも急遽もう一人のエンジニアが同行しなくなったので少し不安はあります。」
「そのことについては申し訳なく思っている。私も上からの指示で出発前に今回の運航の支持を受けた。今回はどうしても我々運航担当二名とエンジニアの君だけでダリアに向かえというのが指示だった。」
「何の為に?」
「理由については極秘ということで教えてはもらえなかった。帰りにある荷物をあなたに預かって月へ持ち帰ってもらいたいという事らしい。荷物が何かということも私にはわからない。でも、上司はこんな事を言ってた。君自身が荷物の鍵を兼ねているので宇宙航路に三人なので問題はないだろうがくれぐれも君の安全を第一にという指示が出ています。」
「何か、危険な事が起きるということでしょうか?」
彼自身もそれ以上の情報は持ち合わせておらず答えようがないという素振りを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます