第2話 定期便

地上から600kmの軌道上にある補給ステーション、ダリアは地球からの物資を一時保管し地球と月の間を二週間で一往復運航する輸送船の基地となっている。

 クノスはその補給基地の一角の使用権利を有し地球と月の間の物資の運搬事業者としての認可を受けていた。

 資材担当のアトラスミルズは勤続30年のベテラン職員で半年前にダリアに赴任してきた。

 それまではデトロイトにある倉庫の商品の運搬作業の運用管理を担当していたのだが、その堅実な仕事が認められてのダリアへの転勤だったのだが実はミルズにとってはそれが災いとなったのである。

 何が災いかというと転勤に伴って部署も変わったのだが新しく上司になったのがレイモンド・バークという男でとかく自分の面倒だと思う仕事はすぐに部下に押し付けて、日柄一日事務所でネットサーフィンをしてるか寝ているだけの人間であった。

 口下手なミルズにとって彼は天敵のような人間であった。何を言っても言い負かされてしまい面倒な仕事を常に押し付けられていたからである。

 ミルズは今の仕事についてはやりがいはあると感じていたのだが、バークのほとんどいじめと言っていい仕打ちに半年は耐えたが、今度何かあったら辞職の申し出をしようかというところまで追い込まれていたのである。

 その日もバークの引き金を引くような事態が発生した。

事務員のリサ・ライラがそっと彼のところにやってきて何か書類を手渡して小声で話しかけた。

「ミルズさん、貨物船の出発の予定が一週間延びたことによる損失報告が上がって来ました。

3万ドル越えてます。知りませんよ~またバーク部長にどやされますよ。」

 彼女はベテランの事務員で自身はミルズに対して全く悪気もなく嫌味を言ったつもりもないのだが、バークの事を言われると彼は眉をしかめた。

 遅れによる損失は予想されていた事であり彼に責任はないのだが、バークは待ってましたとばかり彼に責任を押しつけようとするだろう。

 ミルズはぼそっと彼女に答えた。

「メールしておきます。」

 なんだかんだと言ってくることは百も承知でその損失報告書にパスワードを掛けて淡々とメールに添付してバークに送信した。

 バークからの返信は直ぐに返ってきたがそれは遅れたことの叱責と彼の無能さをだらだらと並べた文章、そして週明けには彼自身がやって来て遅れについての説明をミルズから直接受けたい旨の事が書かれていた。

 彼はその返信に対しては何もせずただ大きくため息をついた。

 「ふー。」

 輸送船の到着は一週間後なのでとりあえず今の在庫分を輸送する為の準備を行うことにした。

 彼は先々の厄介事を思い憂鬱な気分になったが、現在の在庫を全て発送する為の梱包作業を行う旨アルバイトの作業員に伝えて彼自身も発送作業にとりかかった。


 アルテミスとアポロンの間の定期便のパイロットを勤めているパレモ・リュージュは週末の休暇を終えて輸送船パンドラでアルテミスの輸送基地を出発した。

 パンドラの構造は全長50メートル、先端から操縦席、クルーの居室、コンテナ収納庫で最大 8機のコンテナを接続できる構造となっていて、今回はコンテナを4機連結しておりその中身は月都市で採掘したイルメナイトが収められていた。

 イルメナイトは月の主要な輸出資源であり、宇宙産業に80%が使用され残りの20%は名産品として加工されている。どちらも補給ステーション内で加工されてステーションの増設用の材料と定期的にステーションへやってくる観光客へのお土産として大きな収入源となっているのである。

 この船は通常パイロット、コ・パイロット、エンジニア2名、そして荷物の管理者1名の5名で運航される。

 月を出発して1時間程でリュージュは操縦モードを自動操縦に切り替え、操縦席から居室の前まで移動した。

 居室は指紋認証の装置が備え付けられており、それで開閉するようになっていた。

 リュージュは装置のセンサー部分に人差し指を押し付けた。

 しかし、扉は開かずに音声メッセージが読み上げられた。

 「認証に失敗しました。」

 三回試みたが結果は同じだった。

 「やれやれ。」

 リュージュは操縦席に戻りコ・パイロットのジェームズ・タイソンに助けを求めた。

 「ジェームズ、すまないがエンジニアのジェーンを呼んでくれないか。居室の認証キーがおかしいんだ。」

 ジェームズ・ウィリアムズは寡黙な男である。返事もせずに居室のコールボタンを押した。

 まもなくコール受付のランプがともり10分ほどするとエンジニアのジェーン・フローレスが操縦席にやってきた。

 みたところ30代のまだ若い女性なのだが彼女はクノス社と契約しているフリーの優秀なエンジニアで、3か月に一度定期便のサポート作業を行うことになっていた。

 「何かありましたか。」

 リュージュは居室の方を指さして言った。

 「ああ、居室の指紋認証キーがエラーで開かないんだ。見てもらえますか。」

 二人はそちらの方に向かった。



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