遠き月のアルテミス

@tamager

第1話 アルテミスとアポロン

 月の開発が進む中、地球の大企業が新たな市場を求めて次々と声を上げた。

現在、月には2つの都市がある。

 都市の名前については実は開発計画段階のコードネームがそのまま使われていて、その後何度も正式な都市名を検討する有識者会議がもたれたのだがなまじっか神々しいコードネームを設定したがためにそれを越えるインパクトのある都市名はいまだ決まってはいない。

 どちらの都市も22世紀の末から建造が始まり23世紀の半ばには運用が開始された。

最初に着工されたのは静かの海に建造されたアルテミスであり、その後そこから800キロ離れた位置に時を同じくしてアポロンの着工がなされた。

 両都市はどちらもある程度生活が可能となったところで形式的な竣工式が行われたものの、アルテミスの建設は引き続き行われている状態で、後から建造が始まったアポロンの方が先に運用開始可能なレベルに達したのであった。

 最初の都市としてのアルテミスは言わば実験室としての意味合いが強く、入植者は主に技術者や研究者とその家族がほとんどであり、都市全体が静かに鼓動していて構造も機能優先で遊びがなくどこか重苦しい雰囲気を漂わせていた。

 アポロンは主として月都市で人々が生活することに主眼を置いていて出資者や政治家、その他関連する企業の人々とその家族が入植していたので都市内にも商店が次々と営業を始め活気ある様子が見て取られた。

 アポロンの着工から運用開始までの期間がアルテミスのそれよりも短かったのは、アルテミスの実験作業過多による遅延というよりかは、アポロンの居住者達の様々な思惑によるものではないかと思われる。

 とにかく地球で待っている出資者の興味をつなぎとめるために本来ならしっかりとした体制を整えたうえで開始したかった入植日もある政治家の一言で半年前倒しになってしまった。

 そのことが両都市の今後の性質の差分の要因となってしまったことはこの時は誰も考えはしなかっただろう。

 人類初の宇宙都市は実験という意味では科学者を始めとして政治家や評論家には格好の題材であり、この二つの都市についてありとあらゆる数値データが解析されている。

 このビッグデータの運用をする者達はその結果をもって次に行うべき施策を決定することができたのだが、その中でも彼らが最も重要視したのは年間事故発生件数であった。

 事故件数が多くなると地球の出資者達が月都市の開発に危惧を抱く。

 竣工式直後は技術的トラブルの件数は些細なものまで含むと日に何百件も発生したのだが、幸いなことに少しずつ減少傾向にあったためか出資を取りやめた出資者は全体の10%に過ぎなく月都市建設及び運用は問題なく継続された。

 二つの都市の事故発生件数はアポロンの運用開始から一月単位での統計情報としてはアルテミスの1,000件程度に対してアポロンは2,000件を越えており約2倍にも及ぶ。

 この件数が多いのか少ないのかは今現時点では判断することはできないだろう。

 何故ここまでの違いが現れているのかは明確に証明されたものではないが、この数値を解析した地球の見識者達や評論家、各種コメンテーターによると技術的に優秀な人々によって管理されているアルテミスにおいてはトラブルを未然に防ぐ機能が働いているのだろうということで落ち着いていた。

 このアポロンの2,000という数値の内訳の中でいわゆる犯罪を要因とするものは145件ある。

だが、この犯罪件数のみの数値が注目されることになるにはもっと先になってからの事である。

隠蔽というにはあまりにも小さな事柄である。が、開発を進めるためには少しでもマイナス要因を公表することを憚らざるを得ない。

 特にアポロンの運用開始はビジネスチャンスと捉え世界中の企業がアクションをかけてきている。

そんな企業の一つの中に規模は小さいが宇宙関係に高い技術力を持つクノスがあった。

クノスは宇宙船の窓に使用される硬質プラスチックを始めありとあらゆる素材の加工品を生産している。

クノスの資材担当のアトラスミルズは最終の搬送用貨物船の手配に追われていた。


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