第7話 増殖

 パンドラの月への航海は平穏なものであった。周回軌道から着陸軌道に乗り、ゆっくりとアルテミスへと向かった。

 アルテミスの定期便の収容ゲートは都市の南西部に設置されており地上に巨大な穴が3個掘ってあってそれぞれエアジェルを満たしている。パンドラはその中の一番アルテミスに近い穴へと水ではないのだが着水したかと思うとそのままジェルのプールに潜水していった。

 三人は収容ゲートのエアジェルプールからジェルクリーナー室でジェルを洗い流して待機ルームで到着手続きを済ませ、休む間もなくダリアで受け取った荷物とともに行政庁舎へと向かった。

 オートウォークとエスカレーターで30分程の移動時間で彼らは庁舎内の受付で市長への面会を申し出るとすぐさま応接室に案内された。

 「皆さん、ご苦労様でした。それが私が依頼した荷物ですね。」

 ムーア市長はソファに座るようジェスチャーしながら荷物に注目し、自ら荷物の梱包を解き始めた。中には50体の蟹ロボットと何やらセンサーがいくつか取り付けられた高さは1メートル程度のいわゆる監視装置が収められていた。そう、その蟹ロボットはパンドラで勝手に何やらやっていた3体と同型のものが。

 「さて、これを見せたのはこれからのアルテミスの市制において過去地球で繰り返されてきた愚行を決して犯さない為の仕組み作りを皆さんにも手伝ってもらいたいからなのです。それぞれに既に仕事を持っている上にさらに負担を強いることにはなりますが、アルテミスの今後の運営に非常に重要な任務となります。わずかですがその分の報酬もお支払いします。そしてこの件についてはあなたたち3名以外には口外しないこと。これを守っていただきたい。」

 突然の市長の依頼に戸惑いながらも断る大きな理由もないことからリュージュとジェームズは即答した。しかし、ジェーンは今の仕事のことを考えると負担がさらに増えるので少し考えこんでいたらムーア市長は彼女の今の境遇を知っているのかこう付け加えた。」

 「ジェーン、君の今の仕事は労働時間がかなり長く無理がありますね。そこで、日々のトラブル対応の部分は代わりの者を用意するようにしましょう。週明けにはその者をあなたの職場に派遣します。データセンターの仕事についても週明けにすぐにお願いしたい仕事があるのでそれをお願いしたい。その仕事に詳しいものを同じように派遣します。そちらの方は一緒に仕事をしていくことになるので名前をお伝えしておきます。ローマン・フェラーと言います。彼にやり方を教わって下さい。」

 彼は秘書アンドロイドが運んできたコーヒーを彼らに勧めた。

 「条件的にも今よりは少しは良くなるので引き受けてもらいたいのですがいかがでしょう。」

 なんだかわからないうちに自分の境遇が大きく変化することに戸惑いながらもリュージュとジェームズも目で大丈夫と後押ししてくれたので彼女も申し出を受けることにした。

 「わかりました。ご協力させていただきます。」

 ムーアはそれを聞くと嬉しそうな顔を浮かべてインターフォンで別室に控えているらしい部下に入ってくるように伝えた。

 「紹介しよう。今回の君たちの仕事をサポートするレイモンド・ワインバーグ君だ。彼は優秀なエンジニアでもある。今後は彼と連絡を取って行動してもらいたい。」

 ワインバーグは均整のとれたスタイルをしていて少し眉が濃かったが穏やかそうな40代くらいの男であった。

 「レイモンド・ワインバーグです。よろしくお願いします。」

 彼は丁寧にお辞儀をした。そして30分程別室で打ち合わせをするというので4人は応接室を出て同じ階にあるワインバーグの仕事部屋に案内されそこで週明けには連絡することと連絡の為の音声登録をして行政庁舎を後にした。

 「何だか面白いことになりましたね。」

 滅多に話をしないジェームズがそういうとリュージュもうなずいた。

 ワインバーグは3人を見送った後、市長から渡された蟹ロボット、愛称はそのまんま蟹を意味するクラブを自室の横に併設されている研究室に運びそこで作業しているまだ20代ぐらいの職員達にそれを渡して指示を出した。

 彼らはクラブを研究室の一角に作られたスチール製の長さ5メートル四方高さ3メートル程の大きな直方体の端にある小さな扉を開けてクラブをそこから丁寧に入れ込んだ。

 直方体の側面は透明の硬質プラスチックで中の様子が見えるようになっている。

 中に入れられたクラブは暫くはじっとしていたが既に予め中に入れられていた部品のようなものを3体が一組になってなにやら組立作業を始めた。どうやらクラブを組み立てているようだ。一時間程かかっただろうか。やがて3体のクラブが1体のクラブを組み上げてそしてすぐさま新しいクラブが動作を始めた。

 「うむ、素晴らしい。聞いていた通りだ。」

 そこにはいつの間にやってきたのかムーアの姿があった。

 「ワインバーグ君、早速週明けにクラブの増産を工場でやらせてくれたまえ。それと各市民への割り当てと配布計画を出してもらえるかな。」

 「わかりました。市民情報の設定プログラムはこれからジェーンに操作方法を連絡しておきます。週明けから予定通り増産を始めさせます。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る