⑧朝の食卓

「おはよぉ~」

「あら・・・早いのね。瑛子ちゃんと遅く迄起きてたみたいだから、今日こそ起きて来ないと思ってた」

 朝ご飯の準備をしていた母さんが、鍋の中で味噌を溶きながらあたしを見た。

「怜也と街、行くから」

「あぁ~それで早起きなのね~・・・最近、怜也君の話全然しないから、てっきり別れちゃったんだとばかり思ってたわ~」

「何、それぇ~」

 あたしは頬を膨らませた。

「お昼ご飯は?」

「食べてから、出る。夕飯は要らない」

「了解」

 そんな会話をしながらも、母さんは手際良く食卓を賑やかにしていった。

「咲子。瑛子ちゃん、起こして来て」

「え・・・別に休日なんだし、好きな時間迄寝させてあげればぁ?」

 あたしは、ボサボサの髪の毛を手櫛で整えながら母さんを見た。

「瑛子ちゃんに頼まれたのよ、八時に起こしてって。今日、早目の電車で帰るんだって」

「え?!もう帰っちゃうの?!」

(それなら、怜也と会う日、変えればよかった・・・)

 いつものように二泊はすると思っていたから、少し面食らってしまった。


「瑛子ちゃん・・・開けるね?」

 寝てるとは思いつつも一応一言断ってから、あたしは和室の襖をゆっくり開けた。

 瑛子ちゃんは丸まって、顔まで布団を覆って眠っていた。

「瑛子ちゃん・・・八時だよ?」

 襖の所から声を掛けると、その膨らみはもぞもぞと動いて、瑛子ちゃんは眠そうな顔を布団から覗かせた。

「おはよ。ありがと。着替えたら、行くね」


「私、今日、咲ちゃんと一緒に家を出るから」

 三人で食卓を囲んでいる時、瑛子ちゃんが唐突に口を開いた。

「よかったぁ~・・・ご飯終わったら、もう帰っちゃうのかと思ってた」

 あたしは素直に喜んだ。

「昨日は咲ちゃんといっぱい話したから、今日は薫さんと話そうって思って」

 瑛子ちゃんは早起きした理由を、そんな風に説明した。

(瑛子ちゃん、本当に母さんの事が好きなんだなぁ~。あたしなんか、瑛子ちゃんのおばさんと話す事なんて、何もないのに・・・)

 あたしは少し複雑な心境で、隣の母さんと向かい側の瑛子ちゃんをチラ見した。

「にしても。薫さんのお味噌汁、ほんっと美味しいなぁ~」

「そぅ?・・・姉さんの方が、料理は得意じゃないの」

「ううん!薫さんのご飯の方が断然美味しいよ~。羨ましいな、咲ちゃん」

 そう言われたけれど、あたしは正直、瑛子ちゃんの家庭環境の方が羨ましかった。

 あたしは『お父さん』って存在を知らないで育ってきた。そのせいで経済的に余裕がなかった我が家では、世間の家庭に当たり前にある物がなかったりする事も多々あった。現に、瑛子ちゃんの家は二階建ての一軒家だけど、あたしと母さんはこの狭いアパートで窮屈に暮らしている。だけど、今ここでそれを言うのは違う気がして、あたしは黙っていた。

 そしてやっぱり、母さんの事を「薫さん」と呼ぶ瑛子ちゃんには、只々違和感しかなかった。

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