⑪仲直り

 何だかんだで結局、あたしは深雪のペースに飲まれてしまっていた。『精神的に距離を置く』、なんて不可能だ。少なくとも、あたしにはできそうにない。

『フレネミー』という言葉を検索しまくって、ネットで色んな記事を読み漁ったりもしたけれど、『物理的に離れる』というアドバイスしか載っていない。

 瑛子ちゃんに相談しようかとも思ったが、あれ以来、瑛子ちゃんから一切連絡がなかったから、(忙しいんだろうな・・・)と思いあたしからはなかなか連絡できないでいた。

 そうこうしている間にも、あたしの生活は深雪に振り回されていった。


 梅雨入りをした、六月上旬の金曜日の事だった。

 学食で深雪とランチを摂っていたら、トレイを持ってキョロキョロしている紅美を見掛けた。

「紅美ちゃんっ!」

 みつけて紅美を呼んだのは、深雪の方だった。

 あたしが紅美とギクシャクしている事を知っているのに、こういう事を平気でしてしまえる深雪は、やっぱりフレネミーなのだろう。

 あたしの中で疑惑が確信に変わった瞬間だった。

「あ~。深雪ちゃん・・・だっけ?お久しぶり」

「席探してんなら、ここ座りなよ~」

 深雪は、紅美と紅美と一緒にいた子に自分達の隣に座るよう促した。

 そう言われた紅美は一緒にいた子と目を交わし頷き合うと、素直に着席した。

「じゃあ・・・お邪魔します」

「初めまして・・・で、お邪魔します」

 挨拶通り、初めて見る子だった。ショートカットで背が高いその子は、あたしとは全く真逆のタイプだった。何だか不思議な感じがした。

 紅美は迷わずあたしの隣に座った。

「元気してた?」

 小さい声で紅美があたしに訊いてきた。

「うん」

 あたしも小声で返した。

「あたし、深雪!あなたは?」

 深雪は早速、自分の隣に座ったショートカットのその子に話し掛けた。どこかで聞いた台詞だと思ったら・・・入学式の日にあたしが深雪に掛けられた言葉だった。

「りりあ、だよ」

「へぇ~素敵な名前ね!」

(あたしには、そんな事は言わなかったな・・・)

 微苦笑しながら、あたしは箸を進めた。

「どんな字、書くの?」

「平仮名なの・・・みゆきさんは、どんな字書くの?」

 りりあと名乗ったその子は深雪にたじろぐ事もなく、普通に会話している。

(こうやって深雪は、利用できる子を手当たり次第に模索しているんだろうか・・・)

 そんな事を考えながら肉うどんをつるつるやっていると、右から「ごめんね」という単語が聞こえた。あたしはゆっくりと首を右に回す。そこには、少しバツの悪そうな紅美の横顔があった。

「ううん。あたしこそ、ごめん・・・紅美、全然悪くないのに」

「いゃ。あたしが無神経だった」

 そこで初めて紅美はあたしを、見た。

 目の前で盛り上がっている二人とは対照に、あたし達はヒソヒソと会話を進める。

「怜也にも言われちゃった。前田はいいヤツだから、早く仲直りしろ・・・って」

 言いながらあたしは首をすくめた。

 けれど、紅美との時間は、「何~?・・・二人でこそこそして~・・・内緒話ぃ?」という深雪の質問に割り込まれた形で終了した。


 その夜、(そろそろ寝ようかな)と思っていたら、突然紅美からメッセージが送られてきた。瞬間、あたしの目は覚醒してしまった。


 紅美『久しぶりに咲子とランチできて、今日は楽しかった」

 咲子『あたしもだよ~』

 紅美『あ・・・起きてたんだ』

 咲子『寝る寸前だった』

 紅美『ごめんね』

 咲子『いいよ~』

 紅美『ところで、話変わるんだけど』

 咲子『何?』

 紅美『明日、空いてる?』

 咲子『うん、空いてるよ~』

 紅美『咲子んち、お邪魔してもいいかな?』

 咲子『え?カフェとかじゃなくて?』

 紅美『うん。じゃない方がいい・・・かな?』

 咲子『わかった。お昼からならいつでもいいよ』


 紅美は確か、カフェ巡りが趣味だった筈。週末になるとカフェ巡りに付き合わされた高校時代を、ふんわりと思い出す。

 その流れの中で、当時の紅美との色んな想い出があたしの脳内を駆け巡り始めた。

 一緒に回った修学旅行、土もぐれになった体育祭、怜也との恋に協力して貰った事、紅美の恋に協力した事・・・そんな事を考えていたら、いつの間にか眠ってしまっていて・・・気が付いたら、朝になっていた。

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