⑬微笑み合う二人

「だから、声掛けずに・・・そのまま、席に戻ったんだけど・・・気になっちゃって。・・・で、二人を見てたら・・・その女の人・・・」

 紅美は唇をキュッと結び、悲痛な表情を浮かべた。

「・・・その女の人・・・時枝くんのコーヒーカップで、普通に・・・飲んでた。・・・時枝くんも、それを、笑って・・・見てた」

 途端、目の前の紅美の顔が油絵のように滲み、歪んだ。

「それを・・・それを咲子に、伝えようかどうしようか・・・ずっと、悩んでた」

 目を閉じると、熱い液体が頬を伝って流れ落ちた。

「咲子と、ギクシャクしてたから・・・どうしたら、いいか・・・ずっと悩んでた」

 紅美の最後の方の言葉は、もはや雨音と心音に掻き消されてしまって・・・あたしの耳に届く事はなかった。


 紅美は、その女性とあたしの顔が似ていると言った。

 あたしが髪を切ったのかと思った、とも言った。

 それ程に『あたしに似ている女性』で思い浮かぶのは・・・そう、一人しかいない。


 瞼の裏に、『珈琲屋』の光景が見える。

 奥にある、柔らかな陽射しが差し込む窓際の特等席。

 そこに向かい合って座る、怜也と女性。

「ちょっと飲ませて?」

 そう言いながら怜也のカップを取り上げる、女性の白くて品やかな手。

 その流れの中で当然の様にカップに付着する、鮮やかな紅色。

「美味いだろ?」

 そんな事を言いながら、女性の艶々の黒髪に見惚れる、怜也。

「美味しい」

 そう言いながら上目遣いで怜也をみつめる、女性。

 そして・・・微笑み合う二人。


 紅美が目撃したのは、きっとそんな光景だったのだろう。

 あたしは、閉じていた瞼をゆっくりと上げた。

 目の前に、項垂うなだれている紅美の姿があった。

「ありがとう、紅美・・・そして、ごめんね」

 紅美は顔を上げた。その目尻に、涙が光っているのが見て取れた。

「黙っておくのも、話すのも・・・辛かったよね」

 あたしがそう言った途端、紅美は顔面をぐにゃっと歪めた。

「その女の人、多分あたしの知ってる人・・・だと、思う」

 言いながらあたしはベッドとテーブルの間に座り直すと、テーブルの上のケータイを手に取り、最新の画像の中から一枚を選んで紅美に見せた。

「この人・・・でしょ?」

 あたしは、ケータイを紅美の目の前に差し出した。

 紅美は目を大きく見開いて、差し出されたケータイを凝視した。

「そうっ!この人!」


 そこには。

 頬を寄せ合って満面の笑みを浮かべるあたしと瑛子ちゃんが、いた。

 

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