⑫不快な旋律

 翌日の午後、大雨の中、紅美はやって来た。

 『雨ひどいから、日にち変更する?』って朝の時点で提案したけれど、『どうしても、今日がいい』と紅美が言うので、それに合わせた。

(深刻な悩みでもあるのかな?相談したいのは、あたしの方なんだけどなぁ・・・)

 そんな事を思いながら待っていたら、『ごめん、めっちゃ遅れる。電車が遅れてる・・・』とメッセージが入った。『だから変更を提案したじゃない?』と返すとやはり、『今日がいい』と同じ返事が返ってきた。

(やっぱり、悩み事があるのかなぁ?・・・紅美が悩むなんて、珍しいな・・・)

 その時、急に窓が光って、ゴロゴロゴロと遠くの方で雷が鳴るのが聞こえた。

 瞬間、あたしは得体の知れない胸騒ぎを感じた。

 

 予定よりもかなり遅れて、紅美はやって来た。

「お邪魔します・・・おばさん、お久しぶりです」

 あたしの部屋に行く途中の居間で母さんに会った紅美は、そんな風に挨拶をした。

「いらっしゃい、久しぶりね~」

 母さんは笑顔で紅美にそう言い、今度はあたしに向かって「紅茶でいい?」と訊いてきた。

「うん!ありがと」

「後で持って行くわね」


 ベッドに腰掛けたあたしの正面に、テーブルを挟んで座った紅美は神妙な面持ちであたしをみつめた。「どうしたの?」と訊いても「何があったの?」と訊いても「うん・・・」とだけ言って押し黙る。仕方が無いから、暫く沈黙の中で過ごした。けれど、その状態に居た堪れなくなってあたしは、再挑戦を試みた。

「・・・悩み事?」

 あたしがそう言ったのと同時に、母さんが紅茶を持ってやって来た。

「積もる話もあるだろうし・・・ゆっくりしてってね」

 紅美にそう言いながら母さんは、持っていたトレイからカップをひとつずつそれぞれの前に移動させ、最後に、クッキーの入った木皿をテーブルの中央に置いた。

「ありがとうございます」

 紅美は軽く会釈をした。

 母さんが部屋から出たのを確認して、紅美はゆっくりと話し始めた。

「・・・咲子、最近・・・時枝くんと、会ってる?」

 唐突に何を言い出すのかと思ったら、怜也の事で拍子抜けした。

「え?・・・何ぃ~?もっと深刻な話をするのかと思ったら~怜也の事?・・・ゴールデンウィーク以来、会ってないよ?怜也、学校やバイトで忙しそうだし」

 あたしはそう言って、テーブルの上のマグカップを持ち上げ紅茶をすすった。

「そっか・・・」

 紅美は暗い表情かおをして、視線を下に落とした。

「どうしたの?怜也が・・・何?」

「今から言う事、冷静に・・・聞いてね?」

「うん・・・わかった」

 そう言われて、少し緊張する。

「あたし、カフェ巡り、趣味じゃん?」

「ぅ・・・うん」

 あたしが怜也と会ってない事とカフェ巡りとの相関関係が理解出来ずに、あたしは困惑の表情で紅美をみつめた。

「でね。先週末、りりあ誘ってカフェに行ったの・・・高校の時に行き付けにしてた『珈琲屋』」

 頭の中に、珈琲屋で語らう紅美とりりあちゃんを想像した。

「うん・・・で?それが怜也と何の関係が・・・あるの?」

「・・・うん・・・でね、りりあがね、『窓際にイケメンがいる』って言うから・・・見たのね、窓際」

「うん」

「そしたらね、それ、時枝くん・・・だったの」

「あぁ!怜也んち、あの辺だし。怜也、珈琲大好き男だからね~」

 言いながらあたしは、だけどやっぱり困惑の表情で紅美をみつめた。

(紅美は何が言いたいんだろう・・・りりあちゃんが怜也に恋をした、とか?!)

 勝手な想像をした自分に苦笑いをしながら、あたしは紅美の口元を見た。すると、次の瞬間、その口元からトンデモナイ台詞が飛び出した。

「それがね・・・時枝くん、女の人と・・・一緒・・・だったの」

「え?」

 心臓がドクンと鳴った。

「でもね、その女の人、ちょっと・・・咲子に、似てたんだ」

 ドクンドクン、と鼓動が早くなる。

「だから、最初、髪を切った咲子かと・・・思ったの。で、声を掛けようと近付いたら・・・その女の人、顔は咲子だったけど・・・全然、知らない人だった・・・」

 瞬間。

 窓を叩く雨の音と自分の心臓の音が、不快な旋律を奏で始めた。

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