⑭日曜日の約束

 怜也と話すか、瑛子ちゃんと話すか、で迷った。

 けれど。

 怜也を問いただすか、瑛子ちゃんを問い質すか、だと答えはあっさりと出た。

 答えは、瑛子ちゃん。

 怜也にもはらわたが煮えくり返っているが、それよりも、瑛子ちゃんに対する憎悪の方が何倍も大きかった。


(だけど、どうして?)

(一緒に過ごしたあの穏やかな時間は、何だったの?・・・)

(『困った時はいつでも相談して』って言ったじゃない・・・あれは、嘘だったの?)

(深雪の事を『フレネミー』なんて言ったけど・・・優しいフリして裏切ってるのは、瑛子ちゃんじゃないっ!)

 あの日の事を思い返すと、悔し涙が出てくる。

『従姉妹』でありながらこの十八年間、あたしはほとんど瑛子ちゃんと時間を共有する事はなかった。年に三回程、瑛子ちゃんは我が家に泊まりに来るが、目当ては従姉妹のあたしでなく、ずっと叔母の母さんだった。

 それがどうした事か、突然瑛子ちゃんはあたしの部屋であたしと二人だけの時間を持ちたいと言ってきた。更には、『本当は仲良くしたかった』とまで言ってきた。

 あたしは、『お姉さんができた!』と、心底嬉しかった。

 だから、母さんにもその気持ちを正直に伝えた。

 母さんは、『よかったわね。あなた達の事、ずっと心配してたのよ。けど、もう安心だわ』と嬉しそうにそう言っていた・・・それなのに。


 もう、容赦はなかった。

 仕事が大変なんだろう、と気を遣って連絡できないでいた一ヶ月がバカバカしい。


 咲子『話があるの。うちに来れる?』


 日曜日の夕刻、あたしは瑛子ちゃんに淡々とメッセージを送った。

 火曜日の夜、やっと返信がきた。


 瑛子『咲ちゃん、久しぶり。なかなか連絡できなくてごめんね。

    話をするなら、とっておきの場所があるの。

    「珈琲屋」っていうカフェなんだけどね。

    こないだ好きな人に連れてってもらったんだ!』


(なぁに?・・・匂わせ?

 好きな人?・・・どの口が言ってんの?)

 何だか笑えてきてしまった。


 咲子『そうなんだ。

    だけど、大事な話だから・・・うちがいいかな』

 瑛子『そう?

    じゃあ、今週日曜の昼からでいい?』

 咲子『わかった。待ってるね』


 翌日、あたしは早速深雪にシフト交代の打診をした。

「深雪ちゃん・・・お願いがあるんだけど。今週の日曜、バイト代わってくれない?」

 まさかこの台詞を自分が吐く日が来るとは、思いもしなかった。言いながら、可笑し過ぎて吹き出してしまいそうになった。

「いいよ!土曜と交代でいいのー?」

「うん、めっちゃ助かる!」

「全然いいよ~お互い様じゃーん!デート、楽しんでねっ♪」

 彼女は、今日は華やかな蜜柑色の指先でピースを作り、満面の笑みの口元にそれを添えた。

 深雪は、あたしが怜也とデートをするのだと勘違いしているようだった。

「ところでさぁ・・・紅美ちゃんとは、仲直り、できた?」

「ぇ?」

「咲ちゃん、紅美ちゃんとギクシャクしてるってしょげてたじゃん?だから、学食で紅美ちゃんをみつけた時はマジでチャンスだと思ったわよぉ~。咲ちゃん、絶対に自分から行けないタイプだからねぇ・・・あたしに感謝し給えよ?」

 言って、深雪はお道化た表情かおをして見せた。

「うん・・・ありがと、深雪ちゃん」

 あたしはこれまで一体、深雪の何を見ていたんだろう・・・自分が情けなくなってきた。自分の目は節穴なんじゃないかと思う。

 そして、今なら自信を持って言える。

 深雪は、瑛子ちゃんの言う『フレネミー』なんかじゃない。

 深雪は紛れもなく、大切な大切なあたしの友達。


 そして。

 本当の敵は、あたしの一番近い場所でひっそりと息を潜めていた。

 そう。

 きっときっと、永い永い時間あいだ・・・その時を待ち構える様にして潜伏していたに、違いない。

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