⑩ローズ色の指先

 楽しみだったゴールデンウィークも、気が付いたらいつの間にか呆気なく終わってしまっていた。

 バイトの関係で、結局怜也とは、最終日に我が家で数時間会ったのが二度目で最後のデートになった。彼のバイト先は居酒屋で、団体予約のお客さんが多い日は休めなかったようで、あたしと映画を観たあの日だけが唯一の休日だったらしかった。

 高校の頃は嫌でも毎日会えてたのが、懐かしい・・・まだ二ヶ月と少ししか経っていないというのに。


 「怜也ロス」というのも手伝って、休み明けの学校が本当に憂鬱だった。

 紅美とも結局、あの不穏な空気の電話を最後に何の連絡も取り合っていなかった。何度かメッセージを送ろうとしたのだけれど・・・文字を打ったり消したりしただけで、送信するに至らなかった。

 深雪とも五日ぶりになる。そして今日からは、深雪の事を色んな角度で警戒して過ごさなければいけない。果たして、そんな事があたしにできるのだろうか・・・?


「咲ちゃん、おはよーっ!」

 背中から声がして、ビクッとした。

「お、おはよ」

「何なにぃ~?めっちゃ冴えない顔してるじゃん~・・・どうしたー?彼氏くんと喧嘩でもしたぁ?」

 言いながらあたしの隣に腰を下ろす深雪のその均整のとれた顔は、どことなく楽しんでいるように見えた。

「ううん、大丈夫・・・紅美とはギクシャクしてるけど」

 あたしはジャブを入れてみた。深雪はどんな反応をするんだろう・・・。

「紅美?・・・あぁ!学食で会ったボブの子ね~」

「・・・うん」

「まぁ学部も違うし、ギクシャクしたって別にそんな落ち込む程気にする事もないんじゃない?」

 深雪は、ローズ色に塗り上げた綺麗な長い爪をひらひらさせながらそう言った。

(あたしと紅美を引き裂こうと・・・してる?)

 疑心暗鬼になる。

「人間関係なんて、いつか壊れるもんなんだしさぁ~」

「え?」

「環境が変われば、友情や愛情なんて簡単に終わっちゃうんだから~いちいち気にしてたらキリ無いよ~」

 そう言うと深雪は、今度はそのローズ色の指先でケータイをカチカチとタップし始めた。彼女のふわふわとカールさせた髪から、シャンプーの香りが漂っている。

「・・・終わらないもん」

 あたしが小声でつぶやくと、「なぁに?」と深雪は明るい表情と声で返してきた。

「終わらないもん、あたしと紅美は。あたしと怜也も、終わらないもん」

 少し強い口調でそう言うと、深雪は途端に冷酷な表情になった。

「そうなんだ・・・ふっ」

 深雪は鼻で笑った。

「何が可笑しいの?」

「紅美ちゃんや怜也くんとは終わらない。けど、そこにあたしの名前は無いんだね」

「え?」

 あたしは、深雪の言ってる事の意味が解からず一瞬ポカンとしてしまった。

「紅美ちゃんや怜也くんとは終わらないけど、あたしとはいつか終わらせる感じなのね?・・・ま、いいけどっ!」

 そう言うと深雪は、またケータイに視線を落とした。

 あたしは何も言えず、只々、その綺麗なピンクの爪先をみつめていた。

「あっ!そうだ、咲ちゃん。今度の土曜、バイト、替わってくれない?」

「ぁ・・・うん」

 不意打ち過ぎて、思わず返事をしてしまった。

(これが『フレネミー』のやり方なの?にじり寄ったり、突き放したり、笑ってみたり、無表情になってみたり・・・)

 万全の心構えをしていたつもりだったのに・・・休み明け早々早速、あたしは深雪に振り回されてしまった。

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