⑱露呈した真実

「瑛子ちゃん?・・・何言ってるの?・・・大丈夫?」

 暫くの沈黙の後、今度はあたしが眉を八の字にした。

 瑛子ちゃんは、だけど同じ言葉をもう一度口にした。

「私の大事な人は、薫さん。だから、咲ちゃんは私の大事な人を奪ってるのよ?」

「ふっ・・・ふざけないでっ!そんな事言ったら、瑛子ちゃんのおばさんが可哀相じゃないの!」

「ふふふ。お母さんは知ってるわ、私の気持ち」

「え?・・・どういう事?」

「お母さんは、私の一番大事な人が薫さんだって事、ずーっと昔から知ってるわ」

 瑛子ちゃんの口から飛び出す言葉の全てが不可解過ぎて、思考が追い付いて行かない。その状況下で、あたしは言葉を絞り出す。

「ちょっと待って?・・・ずっと昔って、いつから?」

「私が生まれた時からよ」

 瑛子ちゃんは更にワケの解からない事を口走る。

 プッツンと、あたしの脳内で何かが切れる音がした。

「ほんっとうに意味わかんないっ!変に隠さないで、ハッキリ言ってよ!」

 興奮気味に捲くし立てるあたしに、瑛子ちゃんは薄ら笑いを浮かべながらやはり低い静かな声で、言った。

「薫さんが初めて産んだ子は、咲ちゃんでなく私なのよ?」

「?!」

 あたしの身体の中心を、頭の上から下に向けて一本の電流が走る。足まで届いたその電気は、今度は頭を目掛けて全身を万遍まんべんなく逆流し始めた。眩暈がする。

「つまり。私の母親は薫さんで。戸籍上は母親でも、お母さんは伯母さんよ」

 そこまで聞いて、やっと状況が飲み込めた。けれど、まだ不可解な点は沢山ある。

「それが・・・それが事実だったとして。瑛子ちゃんは何故小川原の一人娘として・・・育てられてるの?」

 と、その時、玄関のドアが開く音がした。

 その音が聞こえているのかいないのか、瑛子ちゃんはお構い無しに続ける。

「パパが死んだからよ。パパが事故で死んで、生まれたばかりの咲ちゃんがいて。困っていた薫さんに、お母さんが提案したってワケ。で、四歳の私が当たり前の様に小川原に引き取られ。で、乳児だった咲ちゃんは、薫さんの元に残った。だから・・・薫さんを・・・お母さんを私に返してっ!・・・泥棒っ!」

(え・・・)

 思考が停止して、あたしが次の言葉を返せないでいた・・・その時。

「瑛子っ!」

 パンッ。

 怒鳴り声がして、突然姿を現した母さんの右手が瑛子ちゃんの左頬をつ光景が目に飛び込んで来た。

「だって・・・だって、本当の事じゃないっ!」

 たれた頬を両手で抑えながら、瑛子ちゃんは今度は母さんを睨みつけた。

「何で・・・何で同じ娘なのに・・・咲ちゃんだけがお母さんと暮らせるのよっ!」

 そのままの姿勢で瑛子ちゃんは、目から涙を溢れさせた。

「ごめんね・・・瑛子、ごめんね・・・」

 さっき迄の勢いはどこへやら、母さんは今度は謝りながら瑛子ちゃんを抱き締めた。とても強く抱き締めていた。

(この二人は何をしているの?・・・あたしは一体、何を見せられてるの?・・・)

 ワケが解からないまま、あたしはあたしの目の前で繰り広げられているドラマの様なシーンを、無心で眺めた。それ以外に仕様がなかった。あたしの思考は、停まったままだった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁん」

 母さんの腕の中で瑛子ちゃんが泣き出したのを切っ掛けに、あたしは我に返る。

「ごめんね、瑛子・・・本当にごめんね」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

「ごめんね」

「うわぁぁぁぁぁぁん」

「・・・ごめんね」

 瑛子ちゃんの号泣と母さんの謝罪は、暫く続いた。

 何だか見てはいけないモノを見ている様な気がして、あたしはとりあえず自分の部屋に引っ込む事にした。

 震える脚で立ち上がる。そして、膝をカクカクさせながら自室まで行き、震える手でドアノブを回した。

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